第15話 ゼルさん、アカリを抱き上げる


 夜遅く――時間にして0時を目前にした頃。


「マリス様、アカリが無事任務をこなし、教会を建てた……というよりは、時間がないため元々あったものを改装したようです。あとは白化させるだけだと手紙が届いております」


 グティア・ブンバーダの立ち位置が微妙過ぎて、トルーダ帝国から侵攻されたことは記憶に新しい。

 あの地はゼァガルド王国領で、アトラス教の力の及ぶところだと主張して、アトラス教も参戦した。だが、あの地のものはアトラス教の援助を断ったのだ。

 それから力が及ばないと知るや、アトラス教に媚を売ってきた。


 ムカつく奴らだが、それを助けることができなければ、アトラス教の権威が落ちてしまう。そんなことは許されない。


「そうですか。では参りましょう」


 マリス様の言葉に、我ら第6師団1番隊の面々が準備を始める。


「いやー、よかったですね! 副隊長!」


 部下であるキースが俺の背中を叩く。

 思わずギロリと睨みつけた。


「うひょー! 怖い怖い。副隊長〜、そんなんじゃ振り向いてくれませんよ?」


「……そういうものではない」


「いやー怪しいですね! なぁみんな!」


「「おー、そうだそうだ!」」


 こいつら……!


「いい加減、付き合ったらどうです? 誰もいない場所で2人きり! そのあと出てきたアカリちゃんは慌てて走っていきましたし、副隊長もちょっと顔赤かったじゃないですかー!」


 ああ、確かにそんなこともあった。

 だが、あれは、たぶん、違うと思うんだが、違わないかもしれない。


 もしアカリに好かれていたらどうしよう。

 アトラス教の信徒となってから3ヶ月ほど面倒を見たが、料理もできるしちょっとした服のほつれにも気付き、新しい服を買う私事にも多々付き合ってくれた。

 隊員たちがデートと囃し立てるのも無理はないし、我輩だってそう思った。


 だが、我輩のことを好きになるだろうか?


 我輩は難しい顔をよくしているらしいし、あまり笑わないし、笑えば凶悪犯罪者みたいだと笑われる。

 アカリにも相談したことがあったが、アカリには可愛いと言われてしまった。

 それからだ。

 我輩が、女性のこととなるとアカリを真っ先に浮かべてしまうのは。


「ニヤニヤして気持ち悪いですよー!」


 キースがニヤニヤしながら、そんなことを言う。


「黙って手を動かせ」


「副隊長、腕組んで仁王立ちしても、準備は進まないですよ」


 そうだな。

 しかし、もしアカリが好いてくれているなら、男から付き合いの打診をするのが筋だろう。

 やはり夜か。

 それともアカリが言っていた、どらいぶとやらをしている最中か。

 二人乗りの馬車でどこか観光地へ行き、最後に夜に言うのはどうだろう。

 夜にしか咲かない花畑が、ゼァガルド王国の北東にあるし、位置的にもちょうどいい。

 あの国を少し観光するか。

 下見はいるか?

 何度も訪れたことのある国だが、任務でしか行ったことがない。


 うむ。

 やはりこれしかない。

 最後に指輪の一つでもプレゼントしよう。アカリの故郷ではそれが女性にとって素晴らしい贈り物になるのだと聞いた。きっと、アカリも喜んでくれるに違いない。


「隊長ー、副隊長が動きませーん。サボってまーす」


「はぁ、まったく。お前たちはゼルをからかい過ぎだ。ゼル、お前もお前だ。いつまで花畑にトリップしている? もう出発するぞ! 時間はないのだからな!」


「「「はっ!!」」」


 隊長に叱られてしまった。

 計画は後ほど時間をとって立てることとしよう。



「では、頼んだぞゼル」


「はい。アカリを知るのは我輩だけですからね」


「おっとぉ!? 自分の女アピッ」


 我輩をからかおうとしたキールが、隊長から頭を叩かれて盛大に舌を噛んだ。まったく。

 ほかの面々も我輩をからかおうとしていたのか、隊長が睨みを効かせて一同を静かにさせる。


 マリス様は女性を守るための守護を祈っており、アトラス神に最も近い6人のうちの1人。

 そのマリス様を守護する我輩たちは、いつでも女性の元へ駆けつけることができるマリスを得ている。この第6師団の1番隊の面々すべてがだ。その人数、24名。


 名を己の名に刻み、マリス様のアトラスを共有する御業。

 だから我輩の名はゼル=マリス・ガールイドなのだ。


 そして、駆けつけられるのは知っている女性に限られる。女性を、アカリを思い浮かべ、我輩はマリスを使った。



「マリス様、到着いたしました」


「え?」


「それでは、アカリさんをこちらへ」


「え? え? 何?」


「はっ」


 我輩はアカリと向かい合った。

 寝る直前だったのか、ベッドに入ろうとしたところだった。寝巻き姿はラフな格好で、胸元が大きく開いている。

 下着も着けていないのか、その白磁のような肌を直視する。


 アカリがゆっくりと胸の前に腕を交差し、見えないようにした。


 慌てて目を逸らし、我輩はアカリがボタンを首元まで締めるまで待った。


「アカリ、枢機卿猊下が白化を行う。アカリも見学することを許された。来るか?」


「えっと……」


 いきなりの展開で、アカリが困惑している。

 周りの面々を見回したアカリが、おずおずと我輩に近寄った。周りすべてが甲冑姿であり、威圧感を与えているのかもしれない。

 知っている者に近寄ろうとするのは不思議ではない。


「ひゅ〜!」


 キースたちが口笛を吹く。

 殺気を飛ばして塵芥どもを黙らせると、余波がアカリにぶつかってしまったのか、突然腰を抜かした。


「っ、すまない!」


 咄嗟に手を差し伸べる。

 アカリが少し顔色を悪くして、我輩に笑いかけた。


 なんて強さだ。

 これまで戦いをしたことがないと聞いた。

 戦争も経験していない。

 まともな殺気を浴びたことがない。


 それなのに、殺気を飛ばした我輩に笑いかけたのだ。


「すまない、アカリ」


「いえ、その、大丈夫です。えっと、白化、見ます」


「そうか」


 アカリが手を伸ばす。

 我輩も手を伸ばし、アカリを起こそうと引っ張った。


「うおっ」


 すると、アカリが立てずに我輩に倒れ込んだ。

 優しく抱き寄せ、甲冑で怪我をしないよう気をつける。


「す、すみません! すぐ離れるので……」


 アカリが離れようとする。だが、足に力が入らないのか、一向に動かない。

 じっと見ていると、うるうると瞳が濡れてきた。


「ぁ、いや、すまない。だが、いや、うーん……」


「副隊長、アカリさんを抱っこしてあげたらどうです? それならアカリさんも白化を見られるし、副隊長も――万々歳ですよね?」


 そうだな。

 キースもたまにはいいことを言う。


「アカリ、抱き上げるぞ」


「……はい」


 膝裏と肩甲骨あたりに腕を入れ、持ち上げる。

 軽いな。鎧を着るより軽い。


 そして、顔が近い。


「では行くぞ。アカリ殿、道案内を頼まれてくれるか?」


「わか、りました」


「うむ」


 隊長がアカリの指示に従い、マリス様と我輩たちを伴って祈りの間にやってきた。

 今日一日で改装すると手紙にはあった。

 本当にできているのか不思議だったが、無事できているようで何よりだ。


「では、始めます」


「「はっ!」」


 我輩はアカリを下ろし、マリス様と同じように祈りの体勢に入る。


「アカリはそこで見ていてくれて構わない。今回はマリス様を主軸とし、我輩たちが補佐をするのでな」


「は、はい」


 そうして、元議会場――現教会の白化が始まった。


 このような無骨な石造りの建造物ではなく、終わる頃には各地に存在する教会と同じくして、白亜の教会に染め上げられているだろう。


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