第13話 僕は孤児の大移動を率いる



 次の日、僕は議会場の休憩室で目を覚ます。

 レンたちは無事だろうか。

 様子を見に行きたいけれど、僕にはやることがあった。


「まずはムタくんと合流して、店を作らなきゃ……」


 ひとまずこちらに来てもらえるように手配するため、朝一でアトラス軍の基地に向かった。



「え? 不在?」


「はい。えっと……妹が聞いた話ですが、エルバースに向かったそうです。時間的にはもう到着していてもおかしくはないかと!」


 ヒルゼンにそう言われ、夫人と会って土地を購入したことを思い出す。

 元々エルバースに出すつもりだったのだ。土地を買ったら、建物を建てるために現地の設計士と会って計画を煮詰める予定だったはず。


 ムタくんはその通りに動いているのだろう。

 建物を発注してしまったのは仕方ないし、どのみち出すつもりではあるから問題ない。

 問題なのは、次に作れるコンビニは一つだけということだ。

 ムタくんがコンビニとして設定してしまう前に、ムタくんに事情を知ってもらわないといけない。


「わかりました。ありがとうございます」


「いえいえ! アカリ様の頼みであれば、いつもで言ってください!」


 僕は苦笑いを返し、あっと思い出す。


「枢機卿猊下をこちらに呼んでほしいんです。実は――」


 議会場を教会に改装することやこの辺の状況の情報交換をする。

 すると、グティア・ブンバーダ自治区の最前線は随分と押し込まれていて、トルーダ帝国側に動きがあったようだ。


「バルドさんたちと話さないと……この場所を離られない……。これなら3時間くらいで往復できるんだけど……」


 ムタくんには手紙を書くしかないか。

 特急便で手紙を出せば、今日のお昼には届くはずだ。

 電話はあるのだけど、まだそこまで普及していない。だからお金もかかるし、手続きも必要になってしまう。

 その点、手紙なら安い。


「まずはレンたちの様子を見に行くかな」


 愛車の中で手紙をしたためると、議会場の近くにある何でも屋に依頼を出す。手紙を今日の昼までに、エルバースのムタくんに届けてほしいというものだ。

 ヒルゼンが知っていたのだし、たぶん軍関係者なら知っているような気がする。

 知り合いの知り合いの知り合いまで行くと、世界中の人と繋がれるというし。



「レンはいる?」


 昨日レンに案内してもらった家まで行くと、玄関前に2人の男の子が立っていた。少しばかり目に光が宿り、昨日までとは違う。


「すぐ呼んできます!」


 僕を見て、2人とも安堵したようだった。

 片方の男の子が家の中に入っていき、残った男の子が物欲しそうな目で見てくる。

 そりゃそうだ。昨日あんなことを言って、本当にそんなことができるのか不安だっただろう。


「今日は何も持ってないんだ。ごめんね」


 そういうと、しゅんとなった。

 少し元気を無くした男の子を元気付けようとしたとき、家からレンが出てくる。


「アカリ姉ちゃん!」


 僕を見て、パァッと瞳を輝かせた。

 突撃してきたレンを抱きしめ、頭を撫でる。

 たった1人で、これだけの人数の命を背負っているのだ。よく頑張っているし、僕にも真似できない。


 すると、レンが恥ずかしそうに離れて頬を掻いた。


「ごめん、姉ちゃん……」


 全然気にしなくていいのに。

 むしろ、弟ができたみたいでとても嬉しい。


「レンだけずるーい!」


 レンと一緒に出てきた女の子や男の子たちが一気に突撃してくる。その物量に思わず押し倒された。

 密着度が凄い。

 そんな中、離れたところで羨ましそうにこちらを見ている女の子を見つける。

 見覚えがあり、すぐに昨日助けた女の子だと気づけた。


「こっちにおいで」


 手招きすると、ふらふら寄ってきた。

 ほかの子たちが少しずつ離れ、その子に僕の正面を譲る。


「……お姉ちゃん。ぁ、ぁり、がと」


 かすれた声。

 目から溢れ出る涙が、彼女の顔を濡らす。


 助けてよかった。

 心底、そう思う。


「ほら、おいで。もう飢えさせたりしないから。レンも、みんなも」


「うん、うん……! あたし、ジュリアっていうの。お姉ちゃんの役に立ちたい。なんでもするから」


 ジュリアと名乗った昨日の少女が、僕を涙目で見つめる。

 困って周りを見ると、周りの子たちも似たような目をしていた。僕に縋り、離れると死んでしまうかもしれない、飢えてしまうかもしれないという不安が、後ろに見える。

 目のやり場に困ってレンを見た。


「アカリ姉ちゃん、みんなで働かせてほしいんだ。教会を作る仕事をしたい」


 あ。

 そうだった。もともと、そういう話をするためにここまで来たのだ。説明しないわけにはいかない。


「実は、議会場を教会に改装することになったんだ。だからすぐに工事は終わるし、、アトラス教の信徒としての洗礼が終わりさえすれば、食糧に困ることはないよ」


 たぶん。軍の基地に行っても食糧が少ないとは言われたけれど。

 でも、ここで不安要素を出しても意味がない。


「そっか。やっと、食べられるんだな」


 これまで泣かなかったレンが、ほっとした衝動からか、目じりに涙を溜める。


「とりあえず、今日から改装作業をするからね。みんなで議会場に移動しよっか」


「おうっ!」


 レンが元気よく返事し、ほかの子たちにも号令をかけた。

 これでここにいる50人ほどは、ちゃんと食べていける――はずだ。ムタくんのコンビニもあるし。手紙が予定通りに届いていれば、ムタくんが到着するのは遅くて夕方……晩御飯には間に合うのだ。

 無理だったら人脈を駆使するしかない。


 僕の愛車を先頭にして、孤児たちの大移動が始まった。


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