第8話 魔術を使ってみましょう

私はグリムのいる用具入れへと、3日間の食事抜きが解除されたあとも通い詰めることになった。

 1つはグリムに読み書きを教えるため、そしてもう1つはグリムの使っていた無属性魔術を私が教わるためだ。

 いまでこそグリムは私に無属性魔術を教えてくれているけれど、最初は少し渋られた。

 なんでも、貴族は無属性魔術を【野蛮】な魔術として忌み嫌っているらしい。

 

「なんでかは僕も分からないのですが……ですからシャルロットお嬢様も無属性魔術を使うのは避けた方がよいのでは……」


 グリムはそう言って、親切心からやんわりと私を無属性魔術から遠ざけようとしてくれたのではあるが、


「ふーん。まあどうでもいいから教えてくれる?」

「えぇっ⁉」

「貴族の道徳観なんて知ったことじゃないし。私は魔術が使えればなんでもいいのよね」

「えぇ……」


 そういうわけで、私のあっけらかんとした態度に少しばかり引いているグリムに、半ば無理矢理に無属性魔術を教えてもらうことになった。

 

 ――ちなみに貴族が無属性魔術を嫌う理由については、私にはなんとなく見当がついているんだけどね。


 おそらく、平民が使える魔術を自分たちが使いたくなかったんだと思う。

 逆に、血筋の問題で貴族たちにしか使うことのできない属性魔術のみを使用することで、自分たちは平民とは違うのだと優越感に浸りたいのだろう。

 前世の世界史でもそういう貴族の優越感を覚えたいがための振る舞いについての記載はあった。

 いわゆる【ブルーブラッド】。

 貴族に流れる血は平民の血の色とは違って青い、というやつだ。

 

 ――まったく、バカバカしいったら。

 

 使えるツールは多いに越したことはないというのに、自ら縛りプレイを選ぶなんて。

 そんな貴族の生態に呆れつつ、私はひたすら無属性魔術の習得に励んだ。

 

 * * *

 

 そしてグリムと出会ってから1週間が経った。

 

「むぅ~……来いっ!」


 その言葉と同時に、離れた場所にあった本が手元に飛び込んでくる。


「やたっ」

「すごいです、シャルロットお嬢様! まさかこんなに早く使えるようになるなんて……!」


 グリムは私の成功を見て我が事のように喜んでくれる。


「ありがとう。グリムくんの教え方が上手かったからよ」


 魔術とは人であれば誰でも持っている魔力を利用して使うもので、イメージをどれだけ正確にできるのかが肝だった。

 その点、前世でファンタジー要素のあるゲームやらなにやらに触れていた私のイメージは固まりやすく、割と簡単に無属性魔術を使うことができた。

 

 ――ただ、いまのところこの無属性魔術がなにか役に立つのかっていうと微妙かなぁ……。

 

 無属性魔術は遠くの物を取り寄せるとか、物を持ち上げるとか、そういった単純動作しかできないのだ。

 でもまあ、使えるツールが増えたってだけぜんぜん嬉しいし、なんといっても曲がりなりにも魔術ですから?

 心は躍ろうというものよね。


「あ、そういえば教えてもらったといえば、グリムくんは無属性魔術を誰に教わったの?」

「僕は祖父に教わったんです」

「そうなんだ。おじいさんがいたのね……でも、あれ? 一緒には暮らさないの?」

「一緒に暮らしてはいたのですが、1年前に亡くなりまして……」

「あっ……」


 しまった、やらかした!

 魔術を覚えられて調子に乗っていたのか、つい立ち入ったことを聞いてしまったみたいだ。


「それは……ごめんなさい」

「いえ、そんな謝っていただくようなことではありません」

「そう……? それでも不用意だったわ。ごめんね?」


 グリムは困ったように黙ってしまう。

 うーん、しまったなぁ……。

 

 ――でもこの際だし、正直これまでずっと聞きたかったことも訊いてみよう。


「あの……気分を悪くしてしまったらごめんなさい。立ち入ったことを訊いてしまったついでで申し訳ないんだけど、もう1つ訊かせて? グリムくんはまだおじいさんが居た時もここで生活していたの?」


 私はこの用具入れを見渡してそう訊ねた。

 なんでもグリムには彼の生活空間としてこの狭い用具入れをあてがわれているというのだ。

 てっきりディルマーニ家の部屋がある本宅から少し離れた場所にある、使用人用の別宅の方に部屋があるものだと思っていたから、それを聞いたときは驚いた。

 

 私の問いに、グリムは首を横に振る。


「いえ、祖父が居た頃は別宅に部屋があったのですが、その……」

「まさか、おじいさんが亡くなってから部屋を追い出されたの?」

「……はい」

「……誰に?」

「その……ご当主様のご意向だとうかがっています」


 その答えを聞いて、私ははらわたが煮えくり返る気分だった。

 おじいさんを亡くし、身寄りがなくなってきっと寂しくて仕方がなかっただろう少年に対し、あろうことか部屋まで奪い取った挙句、用具入れに押し込むだと?

 

 ――そんなの、心を持つ人間のすることじゃないでしょ……ッ!

 

 ラングロのクソ野郎。

 それに対して周りの使用人もなにも言わなかったの? 見殺しは消極的殺人よ?

 そうは思うけど、しかし、私がこの場で怒り散らかしたところでグリムを困らせるだけだ。

 私は感情を心の中に抑え込み呼吸を整えると、持参してきたバスケットの中身を取り出した。

 

「……実はね、これをグリムくんにと思って」

「え……?」


 私が差し出したものを見て、グリムが目を見開いた。

 別に大したものではないのだ。

 私が自分の部屋で使っていたシーツとタオル類、それにキッチンでもらってきたフルーツを数種類。

 

「私が用意できるのって、いまはこんなものしかないんだけど」

「い、いえ! むしろ僕にはもったいないくらいです……ほ、本当にもらってもいいんですかっ?」

「ええ、もちろん」

「ありがとうございます!」


 グリムはこんな差し入れでも目を輝かせてくれた。

 まずはそれは良かった。

 いまはこんなことくらいしかできないけれど、ゆくゆくはきっと、この心優しい少年の生活水準をどうにかして上げてあげたいと切に思う。


 ――そのために必要なのは、やはり力よね。

 

 腕力、知力、そして魔術の力。

 それらを駆使して、きっとこんな生活からは抜け出してみせる。

 私はそう、決意を新たにする。


 そして、その時からまたたく間に月日は流れ、季節が1周を果たす。

 そこからようやく、私たちの迫害への復讐の、第1歩が始まろうとしていた。

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