小さな幸せを紡いでいく。

秋月一花

第1話:子どもの頃。

「ただいまー」


 元気よく言葉を発して、玄関の扉を開ける。すると、すぐにおばあちゃんが顔を出した。


「おかえり、お腹空いたかい?」

「うん、とっても!」

「それじゃあお昼にしようねぇ。食べたいものはある?」

「今日、お父さんもお母さんもいないから、いつものがいいなぁ」


 靴を脱ぎながらそう言うと、おばあちゃんはうなずいて「手洗いうがいしてね」と言ってからリビングへと向かう。

 学校が早く終わる日。お腹をペコペコに空かした私。そして、きっと一緒に食べようと待っていてくれたおばあちゃん。両親は仕事で日中は留守だけど、こうやっておばあちゃんがいてくれるから、寂しさが紛れるのだ。

 スリッパに履き替えて、手洗いうがいをしに洗面所に向かい、次におじいちゃんにただいま、と声を掛ける。おじいちゃんは私に気付くと嬉しそうに笑って、「お帰り」と言ってくれた。


「おじいちゃんも一緒に食べよう?」

「うん、そうだな」


 おじいちゃんを連れてリビングに向かい、おばあちゃんが手にしているものを見てぱっと明るい表情を浮かべる。


「赤いきつねと緑のたぬき、どっちが良い?」

「赤いきつね!」

日葵ひまりは本当にうどんが好きだねぇ」

「うん、大好き!」

「はは、大人になればそばの良さもわかるようになるさ」


 おじいちゃんはそう言って私の頭をくしゃりと撫でた。

 おばあちゃんはお湯を沸かしにキッチンへ向かう。その間に、いつでもお湯を入れられるように準備をするの。おばあちゃんとおじいちゃんはいつも緑のたぬきを選ぶ。

 ぺりぺり剥がす音を聞きながら、自分の分の用意を終えると、おじいちゃんがおばあちゃんの分も用意していた。

 お湯が沸いたらおばあちゃんがお湯を入れてくれる。赤いきつねは五分だから、先に私のから入れてくれるんだ。その後、自分たちの分もお湯を注いでやかんを戻しに行くついでに箸の準備もしてくれた。


「はい、日葵の箸」

「ありがとう!」


 私は時計を見ながら、今か今かとワクワクしながら待つ。三分経って、私が「おじいちゃんたちのもう大丈夫だよ!」と言うと、おじいちゃんたちは「先に食べるぞ?」と蓋を剥がした。両手を合わせていただきます、をしてからずるずると啜る音。おじいちゃんの食べ方はいつ見ても豪快だ。代わりにおばあちゃんの食べ方はちゅるちゅると言う感じで上品。ふたりとも美味しそうに食べるなぁって思っていたら、私の分も出来上がる。蓋を剥がして、両手を合わせ「いただきます」と言ってから箸でうどんを持ち上げて一気に啜る。

 熱いけど、この食べ方が一番好きなんだ。


「やけどしないようにね」

「だいじょうぶ!」


 やっぱり美味しい。うどんを啜ったり、おつゆを飲んだり、半分くらい食べたところでおあげを食べると、じゅわ~っと美味しいお出汁が口の中に広がる。


「……美味しそうに食べるなぁ」

「美味しいもん」

「そうだねぇ、美味しいねぇ」


 おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に食べるのも、美味しさのスパイスなのかもしれない。

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