第29話 ケルベロス
にらみあっていたリタとカノウ、カノウが突然かじっていたソーセージを投げながら、叫ぶ。
「こい、地獄の番犬、ケルベロス」
ソーセージは、公園の奥の林に飛び、物陰に落ちる。すると、その匂いに誘われるように、林の奥から巨大な怪物がやってくる。
リタが驚愕の表情を浮かべる。
「まさか、まさか、そんな。ありえない、ベッキー、私……」
奥からやってきた十メートル以上もある怪物は、頭がいくつもついた犬の怪物だった。だが、その中央にあるシェパード犬の顔は見覚えがあった。
「ラッキー、あなた、ラッキーね」
立ち尽くすリタ、そこへ、ルークからの通信が入る。
「こちらルーク、リタ、何をしているんだ。危ないぞ。早くドリルボットに乗り込むんだ、急げ」
ルークのドリルボットが、遠くから、突進してくる。リタは、どうしたらいいかわからず、ドリルボットに飛び込む。
カノウは、笑いながら逃げ去って行く。
「フヒャヒャ、フハハハハハ」
しかし、ルークが見逃さなかった。
「あいつだな。逃がすか」
ルークのドリルボットが方向を変え、公園の奥へと走り出す。
だが、その時、ケルベロスが、大きくジャンプし、ルークのドリルボットに斜め後ろから襲いかかる。
今までの怪物にない敏捷さにリタは驚きの色を隠せない。
「なんて身軽な怪物なの」
不意をつかれ、防戦一方のルーク。ケルベロスは危険なドリルを避け、ドリルボットの後ろ側から、操縦席やキャタピラのあたりをうまく噛み付いてくる。
「まずい、リタ、なんとかしてくれ」
リタがあわててボタンを押す。
「殺菌ミスト!」
殺菌処理に使われる薬剤が撃ち込まれる、催涙弾と同等の効果が有ったようで、ケルベロスは、苦しそうに離れて行く。
「そうだ、冷凍弾で、足止めをするんだ。リタ、冷凍弾で足元をねらえ」
ルークとリタが冷凍弾を放つが、ケルベロスはなんなくよけ、それどころか、口から何かを吐き出した。
「うおっ!焼ける…。なんて高温なんだ!」
熱風が押し寄せる。近くにあった木立がチリチリと燃え上がる。
ケルベロスは熱放射を思い通りに圧縮し、相手に向かって噴き出すのだ。
…このままではやられる!…二人とも今までにない危機感を感じた。ケルベロスの口から噴き出す熱放射は、まさしく地獄の炎だった。
両者、しばしにらみあう。本部から緊急通信が入る。
「どうした、ルーク、リタ隊員、不審人物の追跡結果は?」
ルークが応答する。
「本部、こちらルーク。身長175cm、二十代後半の男性と思われる不審人物を発見、確保しようとしたところ、巨大生物を呼び出した模様。犬の遺伝子を吸収した、非常に敏捷で運動能力の高い個体と遭遇。不審人物の追跡を中止し、応戦中です。現在、戦いは膠着状態にあり、長期戦になる模様です」
ケルベロスとにらみ合う2台のドリルボット、操縦席のリタは複雑な表情をしている。
「ベッキー、あなたの苦しみが、やっとわかってきた……」
大きな会議室
市長、警察署長、軍の指令、サキシマ、アレックス博士などが集まっている。
市長が怒りをあらわにする。
「なんたる失態、警察や、軍、国際警察まで出動しながら、テロの拡大を抑えきれないとは」
警察署長が汗をふきふき言い訳を言う。
「すみやかに処理に当たりますので、心配するなというのは無理でしょうけれど。もう、逃げた個体のうち、1個体は確保しましたし……」
軍の指令が厳しい口調で意見を述べる。
「我々としても、今現在、無人エリア内での重火器の使用を、原則禁止している状態では、思うような成果が挙げられないのです。ですから……」
市長が先に進める。
「…サキシマ特殊処理班指令、テロリストの狙いと、今後の見通しをお願いします」
サキシマが立ち上がり、モニター画面を指差す。
そこには空になったコンテナとトラックが映っている。
「テロ組織ソドムは、この都市の機能を完全に麻痺させようと、さらに強力なクリーチャーボムを送り込んできたのです」
モニターに人間大の歩くヤドカリのような個体が映る。
「これが現場近くで唯一確保されたクリーチャーボムです。遺伝子を調べたところ、甲殻類のカニを中心に、昆虫やいくつかの生物の遺伝子を組み合わせたもので、最初から怪物化させて、こちらを混乱させようとしたものでしょう。他の二体の怪物は、残された細胞から、哺乳類に近いものとワニやトカゲに近いものだと推測されます」
市長が腕組みをする。
「逃げたやつらの方が、どう考えても危険だな」
サキシマがさらに続ける。
「注目したいのは、この背中に取り付けられたカプセルです」
みんなが注目する。
「カプセル?」
「これは取り外して調べたところ濃縮された栄養剤と成長促進剤が入っていました」
市長があわて出す。
「それじゃあ、早く見つけないと、あっという間に巨大に……」
警察署長がそこに割り込む。
「今、全力を挙げて、残りの2体を追っていますのでご安心を」
軍の指令が難しい顔をする。
「しかし、警察の特殊処理班のドリルボットだけでは、どんどん凶暴化する怪物に対処できなくなっていると聞いています」
警察署長が口ごもる。
「そ、それは……」
「これ以上爆弾の脅威が続くようならば、無人地域での武器の使用を認めていただきたい」
「しかし、そうなるとあちこちで爆発が起こり、街が廃墟になる可能性が」
弱気な警察署長に軍の指令は強引に意見を言う。
「そんなことをいつまで言っていられるかです。日々強まる怪物の脅威を考えるなら、あるいは、街をゼロに戻す選択もそろそろ必要では!」
市長がそれを打ち消す。
「それは、まだ早すぎる。まだ市の大半はそのまま機能できる状態にある。それをみすみす見捨てるような選択はまだ考えてはいけない」
軍の指令も負けてはいない。
「でも、もうこうなっては、黙って見ているわけにはいかないでしょう。もちろん大きな爆発は避けなければいけない。でも、万が一に備えて、最低限の軍の武器の使用を認めていただきたい。よろしいですか」
警察署長が問いただす。
「最低限の武器の使用というのは具体的にはどういうことですか」
「被害が拡大しそうな場合、無人化地域においてのみ、せめて、グールやワーム、デーモンなどの小型固体に限り、重火器の使用を認めていただきたいのです」
市長がしぶしぶうなずく。
「わかりました。ただ、巨大な個体への対応は必ず我々と連絡・協議の上、対応を決定してもらいたい」
「わかりました」
戦車や装甲車両がどんどん動き出し、無人地帯へと進行して行く。
レベッカの病室
うなされているレベッカの夢の中にさまざまな思い出が浮かんでくる。
小さなころの思い出、家に子犬がやってきた。まだ、少女のレベッカ。ころころとしたラッキー。少し大きくなって、走り回るラッキー。おもちゃで遊ぶラッキー。大きくなり、公園に散歩に行くラッキー。おすわり、ふせ、おて、などをかしこくやってみせるラッキー。
ところがそのラッキーが、公園の奥に去って行き、帰ってこない。暗い森の中をさまようレベッカ。ラッキーの悲鳴…うごめく影…追いかけると、信じられないものが目の前に…!巨大なキノコに取り込まれ、怪物になっているラッキー!
「ラッキー」
いつの間にかレベッカの枕元にヴァイオレットがいる。
「ねえ、レベッカ、知っている?ラッキーの心は、何も変わってはいないのよ」
レベッカの大きな瞳が開く。
「ああ、ラッキー……。リタ、お願い」
ケルベロスとのにらみ合いを続けるリタ。
「どうしたらいいのかわからない。でも、このまま逃げ帰っても、何も解決しない」
うなり声をあげながら、こちらの様子を伺うケルベロス。
ふと見ると、体の一部に鎖と、首輪のちぎれたものがぶら下がっている。
「そうね、他の犬の顔も、プードルやら、ダックスフントやら、よく公園で見かけた顔だわ。この悪夢をどこかで断ち切っていかなければ……」
気を引き締めるリタ。ルークから通信が入る。
「これから私がおとりになってケルベロスに突進する。私のドリルボットにケルベロスが噛みついたら、背後から、冷凍弾で動きを止めるんだ。それがうまく行けば、ドリル攻撃を加える」
「それは、危険すぎませんか」
「なあに、リタさえうまくやってくれれば問題ないよ」
「了解」
ケルベロスに突進して行くルークのドリルボット。
ふわっと飛び上がり、ドリルボットの背後から、攻撃を加えて行くケルベロス。リタの目の前に、大きな尻尾が揺れる。
「今だわ」
ケルベロスの腰のあたりに見事冷凍弾が命中する。
「ギャウウーン。」
あわれな声を出して横たわるケルベロス。
ルークが叫ぶ
「こっちはキャタピラをやられて動けない。今だ、ドリル攻撃だ」
「了解…。ラッキー!」
目から涙を流しながら、突進するリタ。だが、もう少しというところでひとつの犬の口から熱放射が発射され、至近距離からリタの操縦席に直撃する。
まさかの地獄の炎の直撃だ。一瞬前がまったく見えなくなり、ドリルボットはバランスを失う。
体が焼け焦げるように熱く、気が遠くなる。
ルークの声がとぎれとぎれに聞こえる。
「リタ平気か? ケルベロスがそっちへ向かった。すぐ体制を整えろ」
リタ、首を振りながらあたりを見回す。一瞬視界がぼんやりする。操縦席の外を見るとケルベロスがこちらに向かってくる。
冷凍弾や、殺菌処理弾のボタンを押すが、反応しない。
リタがあわただしく操縦桿を動かす。
「だめだわ、今の直撃で、回路が焼けたんだわ!」
ケルベロスが、その恐ろしい口を開け、操縦席のリタを威嚇する。
リタ、顔を上げ操縦桿を動かすが、反応なし、万事休すだ。
だが、すぐ目の前まで迫ってきたケルベロスが、リタと目が合った瞬間、動きを止め、一瞬おだやかな表情を取り戻す。
リタの瞳のなかにラッキーが…。
ケルベロスの大きな瞳の中にリタが…。
しばしの沈黙。
「ラッキー、ラッキーなの?!」
だが次の瞬間、巨大な矢のようなものが、ケルベロスの体を貫く。
「ギャウウーン!」
血しぶきのような熱放射。
「危ない、リタ!」
崩れ倒れるケルベロス、その体に、さらに巨大な剣がとどめをさす。
噴き出す熱放射。そこに来ていたのは、メタルタイタンのタロスを操縦するケンであった。
タロスは、下半身は戦車だが、上半身は人間型で強力なボウガンやソード、冷凍弾などを発射できる砲門などを備えている。
「タロス、殺菌処理キャノン。」
粉々になったケルベロスは薬剤の霧に包まれ、静かに消滅していった。
ケンがタロスから飛び出し、リタを救助する。
「ルークからの連絡を受けて、急遽、実践訓練から駆けつけたんだ。よかった間に合って」
ルークも外に出て来る。
「リタ、無理な作戦をよくやってくれた。そっちのドリルボットは、エンジントラブルだな。どうする、救援車両を待つか。それとも……」
ケンがやさしく言う。
「メタルタイタンで俺と先に一緒に帰るか。疲れただろう」
しかし、リタは首を横に振った。
「ありがとうございます。でも、少しの間だけ、一人にさせてください」
「リタ……」
リタの足元には、見覚えのある、首輪とひもが転がっていた…。
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