徒歩13年

春夏あき

徒歩13年

『3時の方向より嵐接近中。至急観測を中止し、シェルターの作成に取りかかれ』



背中に重くのしかかる機械リュックから無機質な声が聞こえた。言われるがままに3時の方向を見てみると、遥か彼方に荒れ狂う嵐が確認できた。



「また嵐か...。いくらこの時期とは言え、さすがに多すぎないか」



俺は舌打ちをしながら歩行をやめ、機械リュックを地面に下ろした。文字通りが離れるこの瞬間はいつになっても落ち着ける。

リュック側面の幾つかのスイッチを入れ、ガチャリと開いた取り出し口から専用のペグと強化合成プラスチックの板を取り出した。いつもの手慣れた手つきで板を組み立て、ペグで地面に固定する。ペグは惑星カヴラルの硬い地面を楽々と穿ち、80cmのその身を沈ませた。

シェルターの準備が完了すると、俺はリュック内部から自立型天候観測機を3台取り出し、シェルター周囲に等間隔に配置した。こいつは上空3万mを浮遊している無人環境データ収集人工衛星(固有名は無い。未探索の星の軌道には山ほど設置されている)に周辺環境のデータを送ってくれる代物だ。



「さて...神よ、嵐が過ぎ去るまで我が身を守りたまえ」



神とやら実在するのなら、果たしてこんな辺境の星にも目を向けてくれているのだろうか。気休めにしかならない祈りを捧げると、リュックを引きずってシェルターの中へと入っていった。

このシェルターは最低限身を置けるスペースしか無く、中の人間がくつろぐことなどまったく考えられていない。それでも唯一の安心できる空間なこともあり、俺はほっと溜め息をついた。



『衛星より通達。嵐は直径約2000km、最大風速300mの予想。十分に注意されたし』



注意もくそもありゃしない。俺はリュックから小型バーナーと折り畳み式フライパンを取り出しながらぼやいた。一体何を注意すればいいのだろうか。もし生身の俺が嵐に巻き込まれれば、あっという間にお陀仏だっていうのに。

バーナーに火をともし、フライパンを上へ固定する。残り少ない油を慎重に注ぎ、これまた残り少ない培養ソーセージと万能エッグを慎重に置いた。味はお世辞にも美味しいとは言えないが、暖かい物を腹に入れるだけでもありがたかった。

バーナーは特殊合成された水素を燃料としており、調理と同時に水の精製も可能だ。水は精製された端から減圧チューブを通ってリュックの貯水タンクへと送られる。こんな乾いた惑星での水不足は死に直結するので、この水は俺にとって文字通りの生命線だった。



「おっ、そろそろ焼けたか?」



バーナーの火を止め、合金でできた箸でソーセージをつついてみる。中まで暖まっていることを確認してから、俺はそれに食らいついた。



「いつまでこんな食事なのかなぁ...」



疲れた身体にエネルギーが補給される。味にさえ目をつぶれば、これは立派な食事だ。

俺は少しずつ強くなる風音をBGMにしばしの食事を楽しんだ。フライパンに残った卵のひとかけらまで食べ尽くして、食事を終えた。



「ごちそうさん」



フライパンと箸を水がいらない特殊洗剤で洗い、バーナーと共にリュックに仕舞った。そして変わりに圧縮寝袋を取り出した。このリュックには生活必需品は揃っているが娯楽は一つもない。この星では月に一度補給の為に投下されてくる物資に入っているクッキーや飴ぐらいが限界なのだ。コーヒーを飲みながら月明かりで読書でも、なんて思うがそんなことはできない。俺は素直にリュックの電灯を消し、寝袋に潜り込んだ。

しばらくの静寂。まるで宇宙空間を一人で彷徨っているかのような感覚にとらわれ、酷く苦しくなる。俺はそんな自身の精神を落ち着けるため、この星へ来てから日課となった質問をリュックへ投げかけた。



「あと残りはどれくらいだ?」

『地球周期換算で9年と8ヶ月と18日です。カラヴル周期換算で2年と9ヶ月と11日です』



俺はため息をついた。勿論この答えはわかりきっている。昨日も一昨日も同じ質問をしたのだから。しかし俺は、自分のがあとそんなにあるのかと思うとうんざりしてしまう。自分以外誰もいない惑星を13年も歩き続けるのなら、地球刑務所で無期懲役になった方がいくらかましだ。

俺は殺人と強盗の容疑で起訴された。偶然一緒になった見知らぬ奴らとのギャンブルで、つまらないいざこざを起こしてしまったのだ。そして判決が言い渡された後、俺は裁判長から取引を持ちかけられた。



『現在の宇宙調査はかなり進み、残すは太陽系が属する銀河の辺境の星々となった。だがそれらはたどり着くだけでも時間がかかるし、なにより過酷な環境のせいでなかなか調査が進んでいない。そこでだ、調査員に志望してみないか。今のままなら懲役30年だが、調査員になれば10年前後の調査で釈放されるぞ』



30年間も暗所にいるなんて冗談じゃない。そう思った俺は調査員を志望した。だが、それこそが冗談だったのかもしれない。

土と石と砂しかないこのカラヴルで13年間もデータを送るだけの生活を続けなければならないことに俺は早くも後悔しているのだ。



『嵐接近中。残り2時間で強風域に達します』



リュックの音声に思考を中断され、俺は特大のため息をついてやった。

もう寝よう。俺は頭を振って余計な考えを追い出し、寝袋に深く埋まった。

嵐は長くなりそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

徒歩13年 春夏あき @Motoshiha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ