第77話 交渉の行方1

 その後、数日間は、開拓村で過ごした。

 仕事の内容は、肉体労働だ。

 俺の収納魔法を使わない仕事を与えられた……。なんでだ?

 村民は、俺が混じっても、なにも言って来ない。

 ザレドさんもだ。


「なんで、なにも言って来ないのですか?」


「……君の主人はエレナ嬢なのだろう? 従うことを勧めるよ」


 笑いながら、背中を叩かれた。

 ため息しか出ないよ……。


 わさびは、擦りおろしてくれた。懐かしい味だ。

 でも、生魚もしょう油もない。焼き魚に少しだけ乗せて食べる。香辛料がないよりはいいかな。

 村民は、そんな俺を奇異の目で見ている。


「……それ、美味しいのかい?」


「人によりますね。俺は、故郷の味でして。食べ慣れているので」


 そういえば、他国でわさびを食べる文化はあったのかな? アメリカで人気とかニュースで読んだ気がするけど、どうやって食べるのかな?





 それから数日後、ヴォイド様が戻って来た。往復でこの日数となると、馬車を飛ばしたんだと思う。馬は大丈夫かな? 後で、〈疲労〉を"収納"しておこう。

 これから皆で、結果を聞くことになる。

 何時もの主要メンバーとシュナイダーさんが、村長宅へ呼ばれた。


「まず、シュナイダーだが、開拓村には置いておけないとの結論になった。奴隷紋を一時解除して他の領地に移動して貰う。とりあえず、王都のスミス家預かりになったよ」


「えっ!?」


「そうなりますよね……」


 驚いて、エレナさんを見たけど、こうなると思っていた?

 次に、シュナイダーさんを見る。諦めたような表情だ。

 だけど、納得できないな。


「理由を聞いてもいいですか?」


「エルフ族には、テレパシー能力があるのだよ。この開拓村の情報は筒抜けと判断された。そして、武力で押し寄せて来たのだ。一時的であれば友好関係を築けるかもしれないが、長期的には人族に不利に働くと結論付けられたのだよ」


 ……そうなると。


「俺の結んで来た条約は……」


「言いにくいのだが……、トール個人が結んで来たので、人族には関係がないと判断された。人族は、今後とも他種族との関わり合いを持たない方針で行くそうだ。これは、王命でもある」


 頭をガリガリと掻く。それと、ため息が出た。

 そこまで、根深い問題なんだな。


「もっと言うとだな……。スミス家だけは、秘密裏に関係を維持することになった」


「……えっ? 分からないんですけど? スミス家だけ?」


「この条約を読んだ、父のダニエル・スミス侯爵は、驚いていたよ。逃げた異世界召喚者と水面下で繋がりがあったみたいだ」


 岩瀬さんかな?

 そうなると俺が、暴露したことになる?

 スミス家に恩を仇で返した?


「まあ、王家は日和見だ。スミス家の敵対勢力は、これを口実に追及して来たらしいが、もうスミス家の取り潰しはない。無視していい内容だな」


 ……分からないな。


「それと……、戦争だ。軍を起こして進軍した。昔、亜人族に取られた領土の奪還だね」


 ああ……、あれだ。本物の空間収納使い……、アナスタシアさんが言っていたな。

 俺に誘いは来なかったけど、興味はある。


「成功したのですか?」


 ヴォイド様が、考え出す。


「成功とは言えなかった……、が正しい表現だね。旧王都には、亜人族はいなかったのだよ。それで、奪還から復旧に王命が変更された。住める土地にすれば、功績として認めるという内容で纏まったらしい」


 契約内容の途中変更って、いいのかな?

 前の世界では、問題になっていた気がする。


 ここで、ケビンさんが来た。


「会議中失礼します。海岸で狼煙が上がっているのを確認しました!」


 あれ?

 エルフ族からの合図? このタイミングで?

 シュナイダーさんを見る。

 頷いた。


「ヴォイド様。エルフ族が呼んでいるみたいです。俺個人だけの条約になりましたけど、行かせて貰えませんか?」


 ここで、エレナさんを見る。

 当然の如く、無表情で怒っているな……。


「私からもお願いしたい。エルフ族は、今度こそ友好を結びたいと思っている」


 シュナイダーさんも援護してくれる。

 その言葉を聞いて、ヴォイド様が考え出す。


「ヴォイド様……。今回は、私も着いて行きます!」


 エレナさんからの、あり得ない提案が出た。


「エレナ……。生物として違うのだ。人質にでもされたら、トールも動けなくなるよ?」


 今回は、ヴォイド様が正しいな……。


「それでも……」


「この奴隷紋には、そんなに緩いモノなのかな? エレナ嬢に危害が加わったら、私の命を差し出そうと思う」


 シュナイダーさんからの援護だけど……、ダメだな。もう、グダグダだ。





 結局、3人での移動となった。誰もエレナさんを止められなかったんだ。


「エレナを命にかえてでも守りなさい!」


 セリカさんからの厳命が下る……。まあ、守るけどね。

 馬車での出発だ。馬は疲れていそうだったけど、〈疲労〉を"収納"すると動いてくれた。

 無理に働かせ過ぎているかもしれない。


 それと、〈疲労〉の"開放"だ……。意味合い的には、〈カロリー〉の反対になるはずだけど、"合成"はできなかった。

 俺の認識にズレがあるんだと思う。

 〈疲労〉の有用な開放先の検討……。難しいかもしれない。

 デバフ効果としてなら有効かもしれないけど……、使いたくないのが本音だ。

 馬車の中で考えていると、馬車が止まった。


 海岸に着くと、エルフ族が待っていた。

 3人かな。伏兵とかいないで欲しい。

 シュナイダーさんは、命乞いが伝わっていると言っていた。

 俺一人だけ馬車から降りて、エルフ族の前に進む。


「いきなりすまない。だが……、人族の混乱の内容はこちらにも伝わっている。それで、交渉材料を持って来た」


「どうも……。王都の情報も得ているのですね」


 マジで、エルフ族は優秀だな。スキルで電話を持っているようなもんだろう。そうなると、王都にもエルフが住んでいるんだな。

 いや、王城か……。

 こうなると、王家が分からない。本当に、なにを考えているんだ?


 ここで、豪華な箱を手渡される。

 受け取ると、頷いてくれた。

 箱を開けてみる。

 ご丁寧に、説明書きされていた。


「ポーションとエリクサーですか?」


「うむ、交易品として持ち帰ってくれ。人族の王家で今必要な物だ。それと、駿馬を1頭引き渡そう」


 不思議に思ってしまう。


「どうして、そこまでの情報を持っているのですか?」


「……王城に幽閉されているエルフがいる。断片的にだが、情報を得ているのだよ」


 幽閉? 王都じゃなく王城に? 予想通りだけど。

 テレパシー能力が、危ないとか言っていなかったかな……。

 そんなリスクを冒してまで、王城にエルフがいるのか?

 それと、気になること……。


「開拓村の情報も得ていますか?」


「君達がシュナイダーと名付けた者からは、情報を得られていない。だが、君の怖さは伝わっているよ」


 この話を何処まで信じていいんだろうか……。

 テレパシー能力。前世では、電話やスマホがあったので気にもならなかったけど、科学のない世界だと面倒だな。

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