第48話 召喚魔方陣4

「この近くに、召喚用の魔法陣はありませんか?」


 目の前の、粗末な服を着た少女に聞いてみる。


「モグモグ。アぺマスポありますよ


 どうやら、あるようだ。……あるんだよな?

 とりあえず、食べ終わるのを待とうか。

 時間はまだある。急ぐ旅でもない。

 ……少し落ち着こう。


 目の前の少女が食べ終わった。食べ方からなのだけど、貴族ではないと思う。

 まあこの際身分など、どうでもいいか。


「……対価と言ってはなんですが、魔法陣まで案内して貰えないでしょうか?」


「……帰ってください。見せることはできません」


 え? いや……。食べたでしょ? お支払いをお願いします。

 なんだろう……。俺が間違っているかな……。

 とにかく話が合わない。

 まあいい。この先にあるのは分かっているんだ。

 自分で探そう。

 俺は立ち上がり、歩を進めようとした。


 ──カチャ


 次の瞬間に、首筋に刃物が当てられてた。もう一人いたのか? 背後に立たれたので、姿は見えない。

 少女と目が合う。

 殺気を放っている。本気の眼だ……。この先に進むのであれば、命をとると眼で訴えかけている。

 頬を冷汗が伝わる。


「こらこら、シーナ。殺気が漏れているよ」


 俺の背後を取った人が、注意を促した。

 俺としても、今の怖い顔より、先ほど夢中で食べていた時の顔の方が好みだな。

 さて、どうしようかな…。

 喉元に刃物を突き付けられている状況だけど、刃物を"収納"すると面倒なことになりそうだ。

 それと気配を消して、俺の背後を取った人物は、暗殺者タイプと思われる。

 俺とは、相性が良くない。

 気が付いたら死んでいましたでは、収納魔法も使えない。

 狙撃を受けた場合は、致命傷を避ければなんとかなりそうだけど、そもそも怪我をするのは避けたい。

 視線を再度前に向ける。

 目の前の少女は、殺気を放ち続けている。話し合いに応じる気はなさそうだな。

 姿を現した時は、無表情であり、食事中は緩んでいた。そして、奥に進もうとしたら殺気を放つ。

 どういう娘なんだろうか……。


「最後通告です。帰ってください!」


 さて、どうしようかな。

 俺が思案していると、背後の人物が口を開いた。


「……この状況でも余裕があるのだね」


「余裕はないですよ。このまま手ぶらでは帰れないだけです。まあ、命令されて来たわけではないんですけどね」


 俺がそう言うと、喉元の刃物が降ろされた。

 後ろを振り向く。

 驚いてしまった。

 猫の顔をした人型のなにかが、そこにはいたからだ。


「……もしかして、あなたは亜人ですか?」


「そうだが? 見るのは初めてかな?」


 頭から生えた獣耳に動物の鼻。

 そして全身が毛深い。

 そうか、これが亜人か。





 屋根のある建物に入る。

 俺は持って来た絞った果汁のジュースを振舞った。

 二人は、美味しそうに飲んでいる。

 余り長居する気はない。用件だけ済ませて、ここを離れようと思う。


「先ほども聞きましたが、召喚の魔法陣を見せて貰えないでしょうか?

 もう動いていないのですよね?

 ここを荒らす気はありません。調査したら帰ります。あなた達のことも他言はしません」


 二人が顔を合わせる。


「……何をしようというのかな?」


「なぜ俺がこの世界に呼ばれたのか、手がかりを探しています」


「そうか、異世界召喚者なのだね。それも、まだ来て間もないと見える」


 ここで二人が話し合いを始めた。

 どうやら、俺には見せたくない物があるみたいだ。

 それと、召喚の魔法陣を見たところで、何かが分かるわけでもないらしい。

 しばらく二人の話を聞いていたら、結論が出たみたいだ。


「まず、私達のことなのだが、逃亡者と思ってくれ。土地を追われて、ここに流れ着いた。私達以外にも大勢いる。その者達を危険に晒したくない」


 話せば、俺を始末すると言っているのかな?

 もしくは帰さないとか?

 しかし、逃亡者か……。人族の領地で亜人がいるのは問題あると思うのだけど。

 彼らの状況を説明して欲しいな。


「あなた達に関わる気はないんですけどね」


「その言葉、信じるよ」


 それだけ言って、移動となった。



 道中は、廃棄された都市と言った感じの風景だった。

 何の手入れもされていない建物が並んでいる。

 そして、一際大きい建物に入る。

 地面となる石畳には、直径5メートルくらいの紋様が描かれていた。


「これが、召喚用の魔法陣だ」


 紋様に触れてみる。

 魔力は感じなかった。だけど、土地の力は利用しているはずだ……。


「気の済むまで調べるといいと言いたいが、君を余りここに置いてはおけない」


 この建物に入ってから複数の視線を感じる。住人がいるみたいだ。

 人族の少女は、まだ殺気を放っている。少しでも変な行動を取れば攻撃されそうだ。

 さてどうしようか。

 本音を言うと時間をかけて調査したかったのに……。


「この魔法陣は、あなた達にとって必要なものですか?」


「……いや、使ってはいないよ?」


「貰ってもいいですか?」


「……構わないが、どうやって運ぶと言うのだ?」


 俺は、魔法陣の中央に移動して、右手の魔法陣を展開した。

 次の瞬間に、石畳ごと魔法陣が"収納"される。

 俺の収納魔法の中であれば、色々と検証できるはずだ。

 といっても、もう戻せないのだけれどね。

 顔を上げると、二人が驚愕の表情を浮かべていた。


「貰って行きますね。それではこれで」


 一礼する。


「いや、そうではなくてだな。説明を求めたい。今のは〈空間収納〉か?」


「少し違いますけど、その認識で合っています」


「王都の復興や、戦争で活躍できるだろうに……。なぜこんな辺境になど来たのだ?」


「俺がこの世界に呼ばれた理由を知るためです。そうしないと、最終的な目的が決められません。その理由が、戦争に関わっているのであれば、戦争に行く事もあるでしょう」


「……そうか。君も随分と変わっているのだな」


 その後、見送りを受けて廃墟を後にした。

 帰り道で気が付いた。


「あの亜人の人の名前を聞いていなかった……。いや、こんなところで生活している理由が知りたかったかもしれないな」


 もう会うことはないかもしれないけど、『シーナさん』だけ覚えておこう。


 それと、俺の悪い癖が出た。他人と距離を置き深くは踏み込まない。

 今の俺は、力を得ている。何かしら助けられたはずだ。

 ため息が出る。


「……いや、傲慢だな。彼らは静かに暮らしたいらしいし、助力も求められなかった。食料は喜んで貰えたけど……。最小限の接触……。あれで正解だったのかもしれない」


 後は、俺が誰とも出会わなかったと言い張れば、終わるはずだ。

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