第35話 薬師1

 なんとか開拓村に着いた。

 冬場の移動と言うのは大変なんだな。

 魔法が使えなければ、死んでいたかもしれない。

 そう思えるほどに、雪の降る地域の移動は大変だった。それと、魔物の襲撃だ。

 初めて開拓村に向かう時には出なかったので、想像すらしていなかった。氷点下以下の襲撃は、精神も肉体も消耗させられるんだな。

 でも、エレナさんは疲れも見せずに、涼しい顔で馬車を操ってくれた。


 合図を送り、開拓村の門を開いて貰う。


「ふう~。きつかった~。やっと着いた~」


 力が抜けて、だらしない座り方をする。

 そんな俺をエレナさんが、ジト目で見て来る。


「なにか?」


「分かっていて、冬場の移動を選択したのでは、ないのですよね?」


「……俺は、インドア派でしたので。豪雪地帯を甘く見ていました。それと、襲撃があるとは思ってもみませんでした」


 エレナさんは、呆れ顔だ。

 事前に教えてくれれば、王都に残ったかもしれないのにな。





 開拓村内を移動する。

 除雪はできているけど、雪の捨て場がないみたいだ。雪が高く積まれている。

 日暮れまでには、まだ時間がある。

 今日中に、雪の撤去だけでも行おう。


 そのまま、ヴォイド様の村長宅へ。

 旅の汚れを落としていると、ヴォイド様が屋敷から出て来てくれた。

 一礼して、出迎えを受ける。


「……随分と早かったのだね。20日くらいか? まず、セリーヌ姉上様の話を聞きたいね」


 ヴォイド様は、何とも言えないといった表情だ。

 セリカさんは、俺を睨んでいる。結構怖いな……。


「セリーヌ様の担当地区は、開発が終了しました。

 スミス家に報奨金も支払われています。

 家長のダニエル様より、ヴォイド様への物資も受け取って来ましたので、お納めください」


 エレナさんが、端的に説明してくれた。


「ふむ。とりあえず、家に入ろう。詳細を聞きたい」



 セリカさんが、お茶を入れてくれた。

 お茶に口を着ける。

 ほっとしてしまった。少し気が抜けた感じだ。

 白い息が出たけど、すぐに消えてしまった。


 その後、エレナさんからセリーヌ様の土地で起きたことの説明が行われた。

 俺は、補足説明を時々行う。

 ヴォイド様は、渋い表情だ……。


「そこまでの大規模工事を一人で行え、また、オークをも倒せる魔力……。

 凄まじいね。いやはや、凄い人材を買ってしまったものだ」


「ヴォイド様。トールさんは、もう奴隷ではありません」


「おっと、そうだったね。失礼した。それと、スミス家と再契約して戻って来てくれた訳だ。感謝しかないよ」


 驚いた、ヴォイド様が頭を下げて来たのだ。

 仮にも貴族だろうに。平民に礼を言う必要もないと思うのだけど……。

 この世界の封建制度は、俺の知っている制度とは異なるみたいだ。

 ここでノックが鳴った。


 ドアを開けて入って来たのは、薬師の人だった。

 名前は聞いていない。俺とは接点がなかったからだ。


「……ヴォイド様。薬草を大量に頂きました。早速調合に移りたいと思います」


 常にフードを被って顔を隠していたのだけど、女性であることが分かった。

 30歳前後と思われる。そして、見えてしまった。


『左手が、義手なんだな……』


 その後、少し話をして解散となる。

 エレナさんは、セリカさんと共に侍女の仕事に取りかかった。

 俺は、日が暮れるまで除雪作業かな……。



 日が暮れて、夕食となった。

 今日は村長宅で夕食を頂く。今は4人だ。

 ザレドさんやアンソニーさん達は、仕事があるらしい。

 ……気になるので、聞いてみるか。


「薬師の人は、何処に住んでいるのですか?」


 少しの沈黙……。やはり触れてはいけない人だったかもしれないな。


「この建物には地下室があってね。そこで暮らしている」


「紹介して貰ってもいいですか?」


「……なにかあるのかい?」


「話したことがなかったので、なにか困り事でもあれば聞きたいです」


「……彼女は、ちょっと暗い過去があってね。特に若い男性が近づくと、取り乱してしまう。余り刺激しないで欲しい」


「精神疾患と考えてもいいですか?」


「まあ、そうだが?」


 少し考える。俺の収納魔法でできること……。『暗い過去』という言葉……。


「〈混乱〉と〈嫌な思い出〉を取り除いてあげたいですね。精神が安定すれば、地下室からも出て来てくれそうですし」


 俺の言葉に、全員が驚いているよ。





 地下室に案内された。

 薬師の人が、俺を見ると驚いて暴れ回る。

 それを、エレナさんとセリカさんが押さえつけた。

 俺は、左手の魔法陣で、薬師の人の頭を触り〈混乱〉を"収納"した。バットステータスの"収納"も可能であったのだ。

 その後、薬師の人を椅子に座らせる。

 話を聞くと、異性に暴行を受けたらしい。その時の傷が元で腕も失ったと。

 薬師なのに、隻腕となり職を失って彷徨っているところを、セリカさんに保護して貰ったのだとか。

 ヴォイド様は、真摯に接して、信頼を得たらしい。


 話を聞き終わり、まず〈嫌な思い出〉を"収納"した。記憶の削除に関しては、左手の魔法陣で行えた。意外とできるんだな。

 この辺は、曖味な感覚でも問題がない。薬師の女性が〈最も嫌と思う思い出〉を条件とした。

 もちろん、精神に異常をきたすことはない。それは、感覚で分かっている。

 薬師の女性は、放心状態だ。まあ、明日には精神も安定すると思う。

 そして左手の義手を見せて貰う。

 鎧の手甲と言った感じだ。指もある。指には開いたり閉じたりするギミックが備わっていた。バネと磁石だな。

 思案する。


「スケルトンやリビングアーマーは、どうやって動いていたのかな? 骨だけだったり、中身がないのに動いてたよな……」

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