第34話 移動3

 その日のディナーは、盛大なものとなった。

 立食式のパーティーと言った感じだ。スミス家の庭に即席で作られたとは思えない、とても整った会場が突如として現れた。これだけでも、スミス家の人材がいかに優秀かが分かる。

 ダニエル様の、長くもなく短くもないねぎらいの言葉を受けてから、パーティーが開始される。

 作業者達が、料理に群がる。彼らは、皆涙を流して食べていた。

 侍女……、この場合はメイドと言った方がいいかな? 給仕? 彼女達は、忙しく働いていた。エレナさんも給仕の仕事に勤しんでいる。

 俺はと言うと、セリーヌ様に言い寄られていた。

 ヴォイド様の開拓村が終わったら、またスミス家に残って欲しいとのことだけど、流石にその先は決めていない。

 言葉を濁しながら、逃げている状況だった。


「セリーヌ。そう無理強いしても、逃げられるだけだぞ」


 ダニエル様が、助け船を出してくれる。

 それとエレナさんは、スミス家と長期間の契約を結んでいると言うことを教えて貰った。これが、俺を縛る一番の理由になると考えているらしい。

 まあ、否定はできないのだけどね……。

 時間が経つと、作業者達が寝始めてしまった。

 久々のアルコールは、酔いが早かったらしい。侍女達が、毛布を掛けて行く。

 ここで、コッソリとワイン一樽を"収納"した。宴会用の安酒だと思う。まあバレない事を祈ろう。これは、アルコール殺菌として使いたいと思ったのだ。

 その後俺は、ダニエル様達に挨拶をして、貰った個室で休むことにした。





 日が昇った。物資を詰め込んだ馬車で、再度開拓村へ向かうことにする。

 慌ただしいかもしれないが、俺がそう決めたのだ。

 なんとなく、王都には長く留まりたくなかった。襲撃もあったし、身の危険を感じる。俺の収納魔法の解析を行いたい人がいるとかも聞いているし。

 ……俺の前の世界の知人がいる可能性も捨てきれない。だけど今は会いたくない。

 馬車が動き出した。エレナさんを伴って、スミス家を後にする。

 一応、ダニエル様達の見送りも貰った。

 次に会うのは、ヴォイド様の開拓村で税が取れるようになってからかな。

 そのまま、城門を出て開拓村への旅路へ着く。


「……寒いですね」


「雪の降る時期に、長距離移動をするのは、大変なのですよ? しかも開拓村は、豪雪地帯ですからね。今回の移動は、かなりの日数がかかると思ってください」


 そうなんだ……。今、俺とエレナさんは、防寒着を着ている。

 王都には、数日しか滞在しなかったのだけど、開拓村へ向かうとなると旅路は厳しくなるのかな……。


「ちょっと、無謀でした?」


「まあ、天候が悪化しないことを祈りましょう」


 運次第か……。





 夜になり、馬車を止めて休む。馬は、森の中に繋いであげた。防風林となると思う。

 俺達は、馬車の中で休む。一応索敵と言うことで、エレナさんの布魔法で馬車の周囲を覆った。

 近づく者がいれば、すぐに察知できるのだそうだ。

 それと、俺達は、馬車の中で荷物を退けて、寝袋で休むことにした。

 若い綺麗な女性とこんな近くで寝るのは始めてだな……。かなりドキドキして来た。


『平常心だ……。今休まないと明日の移動に支障をきたす』


 自分に言い聞かせて、衝動を抑える。

 エレナさんは、何事もなく寝ている。俺だけが、意識し過ぎか……。寝よう。



 数日が過ぎた。

 毎日、干し肉と乾燥野菜だ。一応、〈熱量〉を加えて温めてから食べるようにもしている。

 エレナさんの料理を食べたいと思ったけど、雪が降っており道が悪く移動は遅い。魔法で除雪できるといっても、天候次第ではほとんど進めない。馬の世話もしなければならないので、食事に時間を取られると、移動がままならないんだ。

 馬車での二人旅というのは、色々と制約があるんだな。マンパワーが足りない。

 冬場の移動は、準備を整えてからということが良く理解できた。


 その日は、森で立ち往生となった。

 吹雪といった天候だ。前も見えないほどの雪が降り続き、移動は困難と判断したからだ。ホワイトアウトと言うのかな?

 する事もなかったので、焚火を作って暖をとる。防風林と馬車で風を防いで簡易的なキャンプ場とした。崖でもあれば、洞窟を作ったのだけど、今日は地形に恵まれなかった。

 馬も焚火に近づいて来て暖を取り出した。飼葉も食べてくれている。

 馬には、毛布をかけてあげた。この馬が倒れたら、移動が困難になってしまう。できる限り労う。

 エレナさんは、鍋料理を作って入れくれた。こちらは、美味しく頂く。久々の手料理は嬉しいな。

 その日は、吹雪が止まずに、このまま野営かなと思った時だった。

 音を拾った。


「……なにあれ?」


「……アンデッド類ですね。スケルトンとリビングアーマーかな? デュラハンはいなさそうですね。

 それと、グールがいないのは助かります。あれは……、匂うので」


「魔物ですよね? なんでそんなに冷静なのですか!?」


「まあ……、出ると思っていたので」


「教えておいてくださいよ!」


「えっ?」


 えっ、じゃなくて!

 状況としてまずくないか? 馬車は、動かせない。馬を外してしまったからだ。

 しかも、今は夜で氷点下の温度で、灯りは焚火のみ。

 アンデッドの数は不明。目視で10体だけど、まだわいて来そうだ。

 エレナさんを見ると、馬車から片手用のメイスを2本取り出していた。今日はナイフではないみたいだ。


「さて……」


 そう言って、エレナさんが馬車から飛び降りた。

 そして、次々に破壊して行く。

 俺は、馬を守った。収納魔法により、襲って来たアンデッドを"収納"して行く。"射出"にて魔方陣を連発して、中距離で仕留めて行く。少し考えて、地面に魔方陣を"設置"する事も覚えた。地雷系のトラップだ。

 左手の魔法陣は、相手を理解していないと、ほぼ役に立たない。有効な〈概念〉も今は"収納"の中にはない。

 アンデッドは、動きが遅く、俺達からすれば、雑魚と言えた。

 朝日が昇るまで、断続的に襲撃は続いたけど、何とか撃退できた。


 そして、朝日と共に吹雪も収まっていた。


「トールさん。地面に散らばっているアンデッドの残骸を"収納"してください」


 金属の材料にするのであれば、いい素材になると思う。骨は……使い道があるのだろうか? まあ、持って帰ろう。

 俺に反対意見はなかったので、片っ端から収納した。

 その間に、エレナさんは馬に飼葉を与えており、馬車と連結させていた。


「出発しましょう」


 エレナさんは慣れているな。

 その後、馬車を移動させながら、朝食を頂く。


「アンデッドは、冬に出るのですか?」


「う~ん。季節や月の満ち欠けに影響しますね。でも、これから数日は出続けるでしょう」


 ……知らなかったとはいえ、急ぎ過ぎたかもしれない。

 この世界の冬場の移動は、命掛けになりそうだ。

 さて、除雪からだな。





 2022年ですね。

 新年あけましておめでとうございます。

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