第29話 治水5

 一晩で嵐は去って行った。

 これから、皆で戻る事になる。その前に朝食かな。


 朝日が昇ったので、俺もセリーヌ様の宿泊場所に行くことにした。

 侍女達が、朝食を作っている。行動が早いな……。


「おはようございます」


「「「……おはようございます」」」


 エレナさんもいる。風邪はひいておらず、体調は良さそうだ。


「薪は足りていますか?」


「……全部濡れてしまいました」


 予備として"収納"しておいた、薪を全て出す。まあ、燃える物と言った方がいいか。


「使ってください」


「ありがとうございます」


 侍女達が、一斉に持って行った。

 やはり湿った薪では、火が付きにくく、困っていたみたいだ。

 周囲を見渡すと、切り株があったので、"収納"して水分を抜いた状態で"解放"する。

 最近は、"解放"時の大きさくらいであれば制御できるようになっていた。

 今日は、腕の骨くらいの大きさで"解放"する。これならば使いやすいと思う。

 ウッドチップくらいの大きさにしてしまうと、火が大きくなりすぎてしまう。これは、失敗談として経験済み。

 ただし、元の形を保つことだけは、どうしてもできなかった。

 ついでに生木を一本収納しておくか。



 そのまま、作業者の避難場所へ。

 洞窟の入り口に布がかけられていた。

 中に入ると、やはり寒そうにしている。毛布があるので一晩はなんとか過ごせたといった感じだ。

 ここでも、薪を提供する。

 ついでに火も起こすと、作業者が群がって来た。

 焚火を三ヶ所作り、洞窟内の温度を温める。


「換気には、注意してくださいね」


 一応の注意だ。一酸化炭素中毒には気を付けて貰いたい。

 ここで、エレナさん達が来た。朝食の準備ができたみたいだ。

 温かいスープ。冬の朝には、とても染み込む味だ。


「美味しいです」


 俺がそう言うと、エレナさんは嬉しそうに笑った。





 中州に戻ると、形を保っていた。土地の低い場所は、浸水していたけど、かさ上げした場所は、被害は出ていなかったのだ。

 作られた堤防が機能することが証明された。

 上流側に建てられていた家も無事だ。堤防で一区画区切っただけだったけど、浸水を防いでくれている。これで、次からは避難などせずに済むと思う。

 次に、用水路を確認して行く。

 所々、削られてはいるけど、こちらも上手く機能してるみたいだ。

 用水路が作られたことにより、予定通り川の水位が下がったのだと思う。

 ここで俺は、堤防に登り、対岸を見てみた。


「……対岸は、堤防が決壊しているよ」


 思った通りだ。今まではこちらに水が流れ込んで来ていたけど、それがなくなったので、他が氾濫したのだ。

 セリーヌ様は、以前「関係がない」と言っていた。

 今まで、散々煮え湯を飲まされて来たんだろうな。

 だけど、被害を受けるのは、庶民なんだ。


「賠償責任とかどうするのかな……」


 西洋の中世の話を思い返す。

 確か領民が災害に会ったら、領主はパンというか小麦を提供する義務があったはずだ。間違った解釈として伝わっており、後から修正された話だな。

 日本では、そんな法律はなかったけど。

 この世界の貴族は分からない。まあ、災害時のマニュアルくらいはあると思う。


 俺になにかできるわけでもないので、その場を後にする。

 エレナさんを見つけて、窪地の確認に向かうことにした。まあ、往復だな。



「馬車の車輪が滑りますね。地面がぬかるむほど雨が降ったのか……」


「この土地では、数ヵ月に一回くらいこんなことが起きます」


「雨量の多い土地なのですね」


「住みやすい土地は、他種族に取られてしまいました。こんな王都でも、まだましな方ですよ?」


 そういえば、100年前に戦争していたとか言っていたな。

 少し雑談しながら、まず沼地へ向かった。


「元に戻ってしまいましたね」


「……いえ、昨日より悪くなっていますね」


 俺が、地表面を削ったので、もう湖と言った感じになっていた。

 ヘドロ臭はないけど、これから地面が腐って行き元に戻ると思う。

 そういえば、貝があると、ヘドロを食べてくれるとか聞いたことがあったな。今度探してみるか。川辺を調べて、この沼に持って来るのもいいと思う。大繁殖したら……、まあ、今の俺であれば駆除できるだろうし。


 ここで、エレナさんが馬を木に繋いだ。

 そして、魔法の布を生成する。


「乗ってください」


 言われるがまま、布に乗ると浮き上がった。魔法の絨毯そのままだ。


「……飛べるのですね。それも二人も乗せて」


「速度と高度が出ないのですが、多少の実用性はありますよ?」


 ふむ……。応用を考えたいな。それとどうすれば、レベルアップするのかな? 後で考えてみよう。

 そのまま低空飛行を続けて、丘の反対側の窪地へ向かう。


「上手いこと窪地に水が流れてくれましたね」


「時間が経てば、ここは池になるでしょう。そうすれば、ヘドロを肥料として活用できますよね」


 まだ、何年も先の話だ。でも、実現はできそうだな。

 今日の状態では、できることがなかったので、中州に帰ることにした。土地の改良が上手く進んでいると確認できただけでも良しとしよう。

 馬は足を取られて、馬車を上手く牽けないようだ。ゆっくりと帰ることにした。





「セリーヌ様が、王都に招集ですか?」


 侍女の一人が、俺が不在の間の出来事を教えてくれた。


「そうなんです。急遽呼び出されてしまい……。この土地の開発の中止を指示されるみたいなのです」


「ここまで作ったのに?」


「対岸に被害が出てしまいましたからね。そもそも、できるわけがないというのが、本音でしたし」


「スミス家への損害賠償とかの話になりますか?」


「それは……、作業前に取り決めがあったので、ないでしょう」


 ため息しか出ない。

 ここまで作って、放棄か……。

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