第19話 オークの襲撃4
「良かった。まだ生きている……」
意識はなさそうだけど、息はしている。
エレナさんは、生きている。
自分の左手を見る。
まだ、確証がない。だけど、選択肢もない。そして、時間もない。
最悪、グチャグチャに壊してしまうかもしれない。
だけど、それをしない選択肢は取れなかった。
俺は、祈りながら目を瞑り、左手の魔法陣でエレナさんに触れた。
「頼む……。怪我の部分だけ"収納"してくれ」
目を開ける。
エレナさんを見ると、綺麗な顔が元に戻っていた。
"収納"の中身を確認する。
『川の水:200リットル、雪:900リットル、熱量:200キロジュール、土砂:1000キログラム、オーク:1匹、負傷:重度×2』
「ふぅ~。成功したぁ……」
力が抜けてしまった。
ここで、意識的に行ったからだろうか……。左手の魔法陣の意味が理解できた。
「左手は、物質を"収納"するんじゃないんだな……。
そして、"収納"時に物質に影響を与えることができる……。それも、かなりアバウトな感覚で……」
想像力を巡らせる――。
左手の魔法陣の意味。右手の魔法陣は生物を収納できたという事実……。右手は最強の盾になり、左手は……、最強以上の鉾になりえる。
俺の収納魔法は、攻撃と防御だけじゃない。回復やバフ・デバフも思いのままだ。
後は、俺の発想力次第!
「行ける! 今度こそ間違いなく!」
俺は立ち上がり、開拓村の西側に向かった。
失った血は、元に戻らなそうだ。貧血みたいな症状が出ている。
服が血で濡れているし、固まった血が動くたびに剥がれ落ちている。変質した血は"収納"できないのかな? そう考えれば、辻褄は合うな……。まあ、検証は後だ。
頭がクラクラするけど、構ってはいられない。終わってから休めばいいだけだ。
まあ、後はオーク1匹だけだ。
6人いるし、戦闘後は大丈夫だと思う。
息切れが酷く、走れなかったので、俺はそのまま歩を進めた。杖が欲しいな……。
「トールさん!? エレナはどうなったの? なぜ一緒ではないの? オークは倒せたの?」
セリカさんの悲鳴めいた声が響く。
「……エレナさんは、もう大丈夫です」
俺も余裕がないので、回答は簡素に。セリカさんは、困惑気味だ。
そのまま、オークに近づく。
「ちょっと!? トールさん、なにを!?」
再度、セリカさんの悲鳴めいた声が響く。他の5人も困惑気味に俺を見ている。
オークの射程距離に無防備に入ったからなのかな? オークが俺に攻撃して来た。
このオークの石斧は、柄が長い。両手で扱う武器だった。知能は低そうだけど、武器の種類を考えるだけの知能はあるのかな? まあ、どうでもいいか。
「……五月蠅いよ」
もう、恐怖心はなかった。耳障りな怒号……、殺気を当てられても、視線を合わせても――何も感じない、俺がいる。
俺は、体の右側に範囲指定の"収納"を展開した。魔法陣の直径は、俺の身長と同じくらいとする。初めに比べれば、大分大きくする事ができるようになっていた。
オークの斧が右手の魔法陣に触れる。
タイミングなどどうでも良く、俺の作った魔法陣に斧が触れると消し飛ぶ。
来ることが分かっていれば、待っているだけで良かったんだ。
オークは、一瞬たじろいたけど、斧の柄の部分を捨てて俺に再度攻撃して来る。
だけど、その攻撃は、俺に触れる前に拳ごと消えてしまった。
失敗を繰り返してくれた。しかも、修復不可能なほどのダメージを受けて。
オークは、混乱しているようだ。まあ、いきなり、石斧や左手が消えれば驚きもするか。
今のオークは隙だらけだ。今だけは、反撃はないと思う。
俺は間合いを詰めて、
「……これ、返すわ。まあ、お仲間を恨んでくれ」
俺は、……"開放"した。
──グチャ、ボキボキボキ、ベキベキベキ……
オークの体から不快な音が鳴り響く。
そして、オークの悲鳴がさらに響き渡る。
「ぶもおおおぉぉ~……」
「ふむ。重度の負傷二人分でも致命傷にはならないのか……。頑丈だな。それと"開放"時にも物質に影響を与えると……。それも再現付きで。ふむふむ、なるほどね」
オークを見ると、体の右半身が潰れており、左わき腹から出血している。
まあ、全身から血を噴き出してもいるのだけど……。俺が、地面をバウンドした時に負った傷も再現されているみたいだ。
少し観察していると、オークが動かなくなった。
膝をつき、
そのオークを、感情なく観察する、俺がいる。
心は自然と落ち着いていた。波紋一つない水面と表現される心境とは、この様な状態なんだろうな。
今の俺は、オークに怒りも憎悪もない。嫌悪感も持っていない。全て取り戻せるのだから。そして、俺の成長に協力してくれたのは、ありがたかったな。
「これ、検証の必要があるな。負傷の度合いの再現度とか、失った部位がある場合は、どの様に"開放"されるのかとか……。いや重要なのは、その意味か?」
冷酷な目でオークを観察する俺が、そこにいた。
「トール……。どうなっているのだ?」
ザレドさんが質問して来た。
ザレドさんに視線を移す。いや、6人全員が驚愕の表情を浮かべていた。
だけど、俺も限界のようだ。
「エレナさんは大丈夫です。俺も限界ですけど、死にはしないと思います」
それだけ言って、右手でオークを触り、"収納"を展開した。
そこで意識を失う……。
◇
「……」
気絶していたみたいだ。この天井は、村長宅だと思う。
右側を見ると、エレナさんが寝ていた。
「怪我人とはいえ、男女を同じ部屋で寝かすのは問題だと思うんだけどな……」
「あらそう? 私はもっと重要な問題の説明を求めたいと思っているのだけど?」
左側を向くと、セリカさんが座っていた。看病してくれていたのか……。それと、監視も含まれているとも言っている。
上体を起こす。
「どれくらい寝ていましたか?」
「数時間よ。今は夜中」
「怪我人は……、出ましたか?」
「重傷者は、2人だけ。まあ、オークに当たった6人は、それなりに負傷しているけどね」
死者なしか……。まあ、結果から言えば最上と言えると思う。
「ねぇ。説明して欲しいのだけど?」
「……オークは、俺が"収納"しました。とりあえずまだ生きてはいますけど、"解放"した時に死亡するでしょう」
「トールさんは、生き物を収納できたのね……」
「検証もなくいきなりの本番だったのですけど、できてしまいました」
「それで、なんで怪我していないの?」
ここで、両手で魔法陣を起動させる。
「俺の左手の魔法陣なのですけど、先ほどまで使えませんでした。その〈条件〉が分かったので、生き延びられました」
「説明して……」
凄い怖い顔で、俺を睨んでいる。
「俺の左手は、〈概念〉を"収納"できます。先ほどは、〈負傷〉を"収納"しました。咄嗟だったので、まだ詳細は不明ですけど、時間回帰かもしれません。いや……、それすらも怪しいですね」
セリカさんは、驚いている。でも理解はできていないようだ。
「概念……、ね。良く分らないのだけど、突然目覚めたの?」
「いえ……。川にいた時に偶然ですが、〈熱量〉を"収納"しました。そして、先ほどは意識が途切れる寸前に発動したみたいです。偶然……かもしれませんが、追い詰められて発現したと考えるのがいいでしょう。それと、収納できる〈概念〉の種類が分かりませんね。検証が必要です。それも膨大な実験になるでしょう」
「まあいいわ。ヴォイド様には、私からそのように報告しておきます。もう少し寝ていなさい」
そう言われて、上体を倒された。目をつぶる。
目が覚めてからが怖いな……。でも、エレナさんの無事が確認できたのは良かった。
少し安心したのか、そのまま、また眠りに就いた。
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