第9話 だから違うんですって

「……はい。それでは次に現在のステータスを確認させていただきます。お名前をおうかがいしても?」


 いよいよステータスの確認だ。


 俺の知る限り、ほとんどの転移者や転生者は、ここでうちに秘められたるものすごい力を発見されるのだ。


 もちろん、俺も転移者なわけで、そうなる可能性は十分にある。


 このことは完全に忘れていた。風前の灯火ともしびであった俺の異世界生活に、希望の油が注がれる。


 何も、特典がタワシだったくらいで、課された使命が神器回収だったくらいでそう悲観的になる必要などこれっぽっちもなかったのだ。


「星川慧です」


 神器は手に入れられなかったにしても、ここで自分のチート級の力に気づき、数日のうちに小指一本で魔王討伐なんて話もありえるかもしれない――なんて期待を抱きながら、上の空で答える。


「え!? なんですって?」


 今まで落ち着いた印象だったお姉さんは、動揺したように目を見開いて大きな声でそう聞きなおしてくる。


 名前を聞くなりこの驚きよう、これはいい感じの流れではないか。


「だから星川慧です」


「その変な名前にその変な格好、もしかして、いや、もしかしなくても異世界からの転移者ですか!?」


「ええ、そうですけど。そんなに変です? 俺」


 変な名前に変な格好って……。


 顔を下に向けて、あらためて自分の格好を見てみる。この世界の人々にはスウェットが奇妙な衣服に見えるらしい。


「変です! 大変変です! 変態態です!」


 最後のだけは断じて違う。語呂ごろは似ているが、断じて違う。


 俺に訂正する間も与えず、興奮で顔を赤くしたお姉さんが続ける。


 鼻息は闘牛のようにあらく、完全に我を忘れているようなギラギラとした目をしている。


 恐ろしい。


「良かった……。これで世界は救われるのですね。今までこの世界には神器を扱えるものがおらず、魔族がやりたい放題でした。そこに異世界からの転移者サト・ホシカワさんが、神器とともに救世主として駆けつけてくれたのですね!」


「いえ、違います。違うというか、なんというか。これから俺がこの世界を救う可能性は十二分にあるのですが……神器を持っていないというか、不本意ながら無責任女神の尻拭いをすることになってしまったというか……」


 これから明かされる予定である常軌を逸した能力値によって魔族を撃退する、ひいては魔王城を陥落かんらくさせることができるかもしれないというのは否定できない。


 しかし俺は神器を獲得できていない。


 それどころか、それらを回収するという重責をなすりつけられている。


 この世界へは何をしに? と問われれば、神器を集めに来ましたと答えるよりほかないのだ。


「またまたご冗談をー。もう、救世主様ったらっ! まあ、真相はここに手をかざして頂ければ分かることです。きっと職業欄にはすでに、『無職』ではなく、神様から与えられた職業である『救世主セイバー』の記載があることでしょう」


「いやだから俺には……」


 神器がないんですって――俺がそう言い終えるのを待たずして、お姉さんは俺の右手を取って、受付に設置された石版のような物の上にのせた。


 きゃあ冷たい。


 すると、石版が青白い光を放って輝き始め、それと共にお姉さんの手元の紙に何やら文字が浮かび上がってくるのが見えた。


「職業、回収者コレクター…………。ってなんですか! 救世主じゃないんですか!」


「だからさっきから言ってるじゃないですか。俺は神器を持っていないただの無責任女神の尻拭い要員だって」


「本当だったのですか……。すみませんでした。気持ちがたかぶるあまり、醜態しゅうたいをさらしてしまったようです。どうかこのことは忘れてください」


 そんな笑顔でこちらを見られても、そう簡単に忘れられるわけ、ではない。


 それにしても「回収者コレクター」って……。


 もっと格好良い職業名も付けられただろうに。


 多分ミラが面倒くさがって、これまた適当につけた名前だろうが、今回はいくら、か気が楽だ。


 ――そう、転職すればいいのだから。


「すみません、早速ですが転職させてください……。ほら、魔法使いとかになりたいんです、俺」


 俺は迷わず魔法職に転職することに決めた。


 せっかく魔法のある世界に来たのだ。


 魔法職に就かない手はない。


「それが、剣使いや魔法使いなどの一般職に就いている方の転職は問題なく行えるのですが、神様から与えられた天職となると、我々には変更することができないのです」


 マジかよ……俺はこの先もずっと回収者なのか。


 せっかく転移して来たのだから、世界に名をとどろかす大魔法使いでも目指そうかと思っていたのに。


「まあ、回収者もそこはかとなく格好良い名前だと私は思いますし……わかる人にはきっと分かるのではないでしょうか! ですから、そんなに気を落とさないでください。回収者サトさん」


 俺の落胆が彼女にも伝わったのだろうか、お姉さんは引きつった笑みを浮かべながら俺の肩をたたいてくれる。

 

 俺を慰めようとしてくれているのだろうが、憐憫れんびんの眼差しを向けられて、変に気を使われる方がかえって精神的にこたえる。


 少しの間を置いて、お姉さんが口を開く。


「そしてステータスなのですが、レベルは1。……その他は知力と魔力を除いて平均値といったところでしょうか」


 知力が平均値から外れているということは、この世界を担当する女神を見る限りでは、俺は平均より知力がかなり高いということなのだろうと見当がつく。


 しかし、魔力についてはまったく見当がつかない。


 見当がつかないというのは、うちに秘められたる俺の溢れでんばかりの魔力が一気に解放されて、ものすごい魔力値を示しているというのは前提で、一体どれほど強大な魔力値を示しているのか予想もできないという意味だ。


 知力と魔力以外は平均値というのは残念である。


 が、昨年学校で受けた体力テストの結果を見る限り文句は言えない……というか、感謝しなければならないくらいだ。


 まあ、残す二つの力が常軌を逸しているのだから大した問題ではないだろう。


「サトさんの知力は平均値をかなり上回っていますね。それと……魔力は……」


 ゴクリと唾を飲み込む。

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