星夜に種を〜人が樹から生まれる異世界で聖母になりました(22歳OL)〜

はーこ

プロローグ

 OL時代からそうだ。アラームが仕事をしないときは事件が起きるって、相場が決まってる。


 現代でも異世界でも、それは変わらない。


 まだ慣れない高級シルクのようなシーツの感触に、カモミールアロマの香り。

 居心地のよい空間とは裏腹に全身を締めつけられる息苦しさで覚醒したあたしは、起き抜けに薄ら笑いを漏らさざるを得なかった。


「……おっとこれは、初のパターン……」


 ほぼゼロ距離にあるアホみたいに整った寝顔を目にするのは、何度目かになるけど。


 そりゃあ、高級ホテルのスイートルーム顔負けなお部屋におひとり様とか、持て余しちゃうなぁとは思っていたけども。

 何かと心を読んでくるあたし専属の騎士さんは、夜も寝静まった後に、気を利かせてくれたらしい。


「ほんっと、寝顔は天使なんだよねぇ……ゼノ」


 スリープ機能をインプットされて間もないゼノは、睡眠の前後に無防備になる。

 それだけあたしの隣を心地いいと思ってくれてるってことで、いいんだよね。


 存外やわらかい鴉みたいな濡れ羽の猫っ毛を撫でつけるように梳いていると、嫉妬しちゃうくらい長いまつげがふるりと震えた。


「ん……」


「起きた? おはよ」


「…………おはよう、ございます」


 ぼんやりと宙を漂っていた琥珀のような瞳が薄明るい朝陽に煌めいたと思ったら、再び彫りの深いまぶたの裏へ姿を隠す。


 それから頬に、くすぐったい感触。

 癖のある黒髪が繰り返し掠めているのだと、何故なら頬ずりをされているからにほかならないのだと、遅れて気がついた。


「わっ、ゼノ!」


「おはよう、ございます」


「ちょ、っひ、くすぐったいってば!」


「おはよう、ございます、セリ様」


「わかったわかったから、待っ、あははっ!」


 壊れた人形みたいに同じ言葉を口にされる。もちろん、戦闘に特化した護衛型ドールである彼がそんな繊細なわけもなく。


「今日も、いいお天気です」


 ほーら始まった。寝ぼけまなこで、ろくに見えてもいないくせに。

 こうなってしまったゼノを落ち着かせるには、飴と鞭が重要だ。


 ベッドから出るというミッションを達成するためには、長い腕を巻きつけられてゼノの抱き枕と化したこの状況を打破する必要がある。

 ポイントは、適度に好きにさせること。時には思いきり押してみること。


「ゼノー、あたし顔洗いたいんだぁ」


「はい」


「ゆっくりでいいから、起きよっかー?」


「はい」


 頭を撫でながら声をかける。されるがままに瞳を細めた姿は、黒猫みたいだった。とっても気持ちよさそう。


 朝の気だるい心地よさを堪能したんだろう。ひとしきり頬をすり寄せていたゼノが、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。

 それからシーツに肘をつくと、緩慢な動作で上体を起こした。手を取ったあたしの身体をも、抱き起こすように。


 頭ひとつ以上高いところから、あたしを見つめるこがねの双眸。すっきりした目鼻立ちに、長いまつげが落とす影。


 何度目にしても、控えめに言って顔がいい。この物憂げな表情を浮かべた美青年がただ寝ぼけているだけだとは、誰も思うまい。


「じゃ、ちょっと行ってくるね」


 顔を洗って身支度を済ませる間に、ゼノも意識が冴えてくるはずだ。

 服を見繕うためにクローゼットのほうへ向かおうとするけど、ベッドから投げ出した足は、床を捉えることが叶わない。


「どこへ行かれるのですか」


 くいと右腕を引かれた勢いで、振り返らされる。


「え? 着替えを持ってバスルームに」


「そうではなくて」


 寝言……じゃないみたいね。


 ふわふわ漂っていたこがね色は、いまやあたしの真正面から頑として動かない。突然の覚醒を見せた彼は、続けて沈黙に言葉を乗せる。


「セリ様はこれから、どこへ行かれるのですか。私は……ずっとここにいてほしい。どこにも行かないでほしいです」


 ゼノはふいに、ひどく抽象的な話をすることがある。言葉の意味が、そっくりそのままなわけではないだろう。


「ゼノ……?」


 切実なまなざしで、何を言わんとしているのか。彼は一体何に苛まれているのか──


「──失礼」


 ふと、こがねの瞳が逸らされる。


 遅れて我に返ったあたしは夢中で首を巡らせる。そうしてドアを背にしなやかな腕を組んだ美貌の騎士の、険しいペリドットの瞳に行き当たった。


「淑女の寝室に無断で忍び込む不届き者がいたようで。許可なく御前に侍りますことをお許しください、レディー」


「ヴィオさん! あの、これはですね!」


 起こしに来てくれたんだろうか。それにしたってタイミング悪すぎじゃない?


 わたわたと言葉を探してまごついていると、肩をぐっと引き寄せる腕があって。


「ひがみですか」


「……何だと?」


「セリ様が添い寝してくれないから、嫉妬してるんですね」


 ふっ……と頭上でこぼれたのは、笑い声?

 えっ、ゼノが……笑ってる?


「セリ様の寝顔は、とても可愛らしいですよ」


 とす、と頭に乗せられる重み。


 あたしを囲い、ぎゅうと抱きしめたゼノは、見たことのないような笑みを浮かべているんだろう。

 見上げなくてもわかる。いつもは抑揚に乏しい声音が、可笑しげに震えていたから。


 ちょっとあの、ゼノさん? なんでまたそうやって火に油を……!


「あぁ……そうだろうとも。わざわざ聞かされるまでもないがな」


 クッと、喉の奥を鳴らす音。カーテンのすきまから射し込む朝陽にダークブロンドを煌めかせたヴィオさんもまた、微笑んでいる。

 笑っていることには違いないのに、尋常ではない迫力が背後で揺らめいている気が。あれ、鳥肌が……


「──下がれ。レディーの貴重な時間を無駄にさせるな」


 すかさず放たれたひと言は、鋭利な氷の温度で、容赦なくこがね色を貫いたのだった。



 ◆  ◆  ◆



数ある物語の中から本作品をご覧いただき、ありがとうございます!


異世界ファンタジーものは初めてになります。イケメンの息子ができたり、魔法が飛び交ったり、コントときどき真面目な話をしたり。


とても特殊な世界観です。男性・女性両方から迫られるハーレム(?)を書くのが夢でした。その他好きなものを無差別に詰め込んでおります。


楽しく書いていきたいと思います。

どうぞごゆるりとお付き合いくださいませ。

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