第41話 苺色の唇
「
夕方に帰ってきた詩絵と、夕方まで帰らなかった僕。
舞彩は何も問いただそうとはせず夕食の支度をしてくれていた。
迷った上で買ってきたのは、老舗っぽい和菓子屋に並んでいたいちご大福。大きめで、餡とホイップクリームを混ぜたコンビニスイーツを真似たものらしい。
ご飯の跡で食べるように冷蔵庫にしまってお風呂の掃除をしている間、詩絵はPCで何かを確認していた。
何も聞けなかった僕に、夕食後に詩絵が告げた。
背背が死んだと。そして。
「すみません、司綿」
「何を……」
なぜ謝るのか不安になる。
勝手に背背を殺してしまったということなのかと。そんな憶測が勝手に広がってしまう。
「ニュースにもなっていたというのに気づきませんでした。私の不注意です」
「そんなこと……」
この家にはテレビもない。情報収集は詩絵のモバイルPCが主だった。
死亡事故としてネットニュースで取り上げられても、他の大きな話題に掻き消されてしまうだろう。
新年を迎えて新成人が無謀運転で事故死だとか。そういうものの方が圧倒的に衆目を集めやすい。
「昨夜、
「……知らなかったんだね」
詩絵が嘘をついているのかもしれないが、そんな風には思いたくない。
こうして話してくれたのだ。本当のことなのだろう。
「背背、死んじゃったの?」
「海に転落死ということで……本当にただの事故のようです。残念ですが」
「ふぅん」
残念、と。
故人を悼むわけではなく、背背があっさり死んでしまったことで申し訳なさそうな詩絵と、何とも言えない落ち着かなさを覚える僕。
食器を片付けて大福の袋を持ってきた舞彩が、そんな空気を払うかのように明るい笑顔を浮かべた。
「わぁぁ、美味しそうっ」
薄っすらピンク色の餅が大きないちごを丸ごと包み、わざと少しだけ開いている一部からクリームが零れている。
僕も美味しそうだと思った。
「最近のいちごは年中作れるんだって。だけど冬の方が成長が遅くて、その分味が濃厚になるって。お店に書いてあった」
「そういうものですか」
店先で見たうんちくを語り、僕も気持ちを紛らわせる。
詩絵が嘘なんてつくはずがない。当たり前じゃないか。
「喜んでもらえたらいいんだけど」
「あたし、いちご大好き」
「司綿が買ってきてくれたんです。嬉しくないはずがありません」
背背のことで冴えなかった詩絵の顔も少し柔らかくなった。
よかった。こんなことで少しでも詩絵の気が休まるなら。
「いただきまぁす」
「うん」
可愛い口を開けて、かぷっと齧る舞彩。
甘さと酸っぱさにきゅうっと目を閉じる姿が可愛い。
唇の端から、濃厚ないちごの果汁が少し零れた。
「んんぅ、おいひぃ」
「はしたない」
舞彩が親指でそれを拭うと、ただでさえ綺麗な唇が艶やかに濡れた。
赤く。
「気になったんだけど」
「なに?」
齧りかけのいちご大福を片手に、舞彩が少しだけ首を傾げた。
僕に向けて。
「なんで司綿さんは背背が死んだこと知っていたのかな?」
「……」
言われて、僕の手が止まる。
詩絵は舞彩の言葉を聞いてから一秒静止して、それから僕の方を見た。
「いや、それは……」
「姉さんが言う前に知ってたよね?」
謝ることを優先していた詩絵は気づいていなかったが、舞彩は違う。
詩絵から聞かされた僕が安堵した様子を見ていた。
次の一口で舞彩は残ったいちご大福を口に入れて、また溢れた赤い汁が唇を濡らす。
「……警察が来たんだ。今日」
「警察?」
「そう、背背の事故を調べている刑事」
詩絵のことを疑ったりしていたが、変な隠し事をしていたのは僕の方だ。
僕が知らなかったように彼女らも知らなかった。それだけなのに。
「事故死だけど調査しているって。僕が最後に会ったみたいだから」
「司綿は何もしていません」
「もちろんだよ」
こんな形で終わってしまうくらいなら僕が突き落とせばよかった。そう思う気持ちもあったけれど、今はこれでいいと思う。
僕なんかの為に詩絵や舞彩が殺人者になるなんて。その方が怖い。
「あたしたちの事件の時にはちゃんと捜査しなかったくせに」
「本当にそうですね」
詩絵に目線で促されて、食べようとして止まっていたいちご大福に食いついた。
甘酸っぱい。
なるほど、新鮮な良いいちごを使っているようで確かに果汁が多い。
「少し見てほしいんです、司綿に」
詩絵からの要望を断る理由なんてない。
一緒に食べ終わってからモバイルPCを開いて、画面を見せる。
動画ファイルにカーソルを。
「背背は駄目でしたが、ちゃんとやりましたから」
「……なにを?」
「見て下さい、司綿」
詩絵の唇も赤く濡れて、自慢げに動画ファイルを起動した。
「今度こそ確かに復讐をしました。楽口です」
嬉しそうに。
誇らしげに。
◆ ◇ ◆
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