第23話 持つ者の視座



「……ごめんなさい」

「謝らないでよ」


 姉妹の会話が聞こえてしまう。

 同じ部屋で寝ているのだから仕方がない。


「姉さんは何でもあたしにくれようとするけど、違うんだからね」

「……」

「あたしは姉さんと司綿さんがいるから生きていられる。どっちも大事なんだから」



 舞彩との性交渉は、まあ何度か。何度となく。

 詩絵も交えてという世間ではかなり非常識なことをしている自覚はある。


 同じ生活をしているのに二人はいい匂いがする。不思議だ。

 舞彩の方が少し体温が高め。抱きしめるとしっとりとした肌が吸い付くよう。

 詩絵はさらさらとしていて色素が薄い。あまり表に出さないけれど、高まってくると首筋がほんのり赤く色付くのがわかる。


 美人姉妹の両方となんて、昔の僕なら切望して止まない最高の結婚生活。今だって夢じゃないかと疑うくらい。


 配偶者である舞彩が生理中や体調不良だったら控える。

 という暗黙のルールだったのに、今夜は舞彩に言われた。詩絵だけを見てほしいと。

 渋った詩絵だったけれど、僕がしたいと言うと受け入れてくれた。とても気まずそうに、だけど次第に唇の熱を強く伝えあって。



 詩絵は舞彩に小さい頃から僕への憧れを言い聞かせてきたのだと思う。

 二人で話すうちに、その幻想は彼女らの中で恋心になった。まるで好きなアイドルについて話すように。

 彼女らを取り巻く現実は綺麗ではなく、正しくなくて。あの夜の僕という存在に狂信めいた気持ちを強くした。


 小学生の頃から親代わりとして舞彩を守ってきた詩絵。そんな姉に対する感情も普通ではない。

 僕との結婚を望んだ舞彩に、詩絵はその座を譲る姿勢を見せる。けれど最初の誓いの夜もそうだったように、舞彩は姉をないがしろにしたくないのだろう。


 嫉妬心などないのかと考えたが、少し違う。

 この二人は互いを他者と認識していないのだ。同じ境遇のもう一人の自分。

 一人では生きられなかった。十数年そうして暮らしてきた異父姉妹の絆は異常なまでに強く、いびつなほどの依存関係なのだ。


 いびつな関係。

 それも仕方がない。彼女らは世間で普通に与えられる環境を得られなかったのだから。


 最初はそうしたことを考えるまでの余裕がなかった。

 童貞だったから仕方がない。童貞だったのだから、仕方ない。

 詩絵と舞彩の優しさとぬくもりにただ甘えた。本当に年長者として情けない。


 落ち着いて考えられるようになったからわかることもある。

 だからと言って、彼女らなしの生活なんてもう考えられないけれど。



「これであたしも遠慮しなくていいし。でしょ?」

「……そうして」


 今夜と逆になる場合もあるだろう。

 舞彩は次から遠慮がいらないと笑うと、詩絵も溜息交じりに返した。


「私だけこんな姿を見られたのは許せない」

「あたしだって見られてるんだけど……ほら、姉さんって負けず嫌いなのよ。司綿さん」

「うん」


 気が弱いわけじゃないことは知っている。

 姉として舞彩の前でずっと気丈に振る舞ってきた。妹に可愛いところを見られたのが不本意らしい。



 童貞を失って……卒業してみてわかったことがある。


 むやみに他人を怖がることはない。

 他人だって結局は自分と同じ人間。

 昔はすれ違う女の子はみんな僕を蔑み嫌い馬鹿にしているように感じていたけれど、それは考え過ぎだ。


 仮に誰かにそう思われたとしても、そうではない人がいる。

 詩絵と舞彩は違う。

 何も武器を持たず、僕を傷つける言葉も用いず、ただ僕を受け入れてくれる。

 彼女らがいてくれるのだから、他の人間などにどれだけ嫌われてもどうだっていい。そう思えるようになったら気が楽になった。

 これが持つ者の視点で見る世界なのか。



「僕も……二人に何か返せたらいいんだけど」


 もうすぐ年も暮れる。だと言うのに働きもせずただ筋力トレーニングや詩絵に言われて勉強など。

 年長者の僕が一番何もしていない。


「別にいいのに、ねえ」

「……いつか」


 否定した舞彩とは違う言葉を囁かれた。


「私のお願いを聞いて下さい」

「うん、いつでも言ってほしい。なんだってする」

「……」


 無条件に僕を受け入れてくれる詩絵の望みなら、内容を聞くまでもない。


「約束するよ」


 僕にできることならなんでもする。

 確かにそう約束した。



  ◆   ◇   ◆

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