第58話:恋の寿命はあと何年?

 新学期が始まり、体育祭と文化祭に向けて本格的な準備が始まった。

 クラスでは出し物と合唱コンクールの練習、体育の時間には体育祭の競技練習、部活では演劇部の衣装作りと展示作品の制作—と、とにかく忙しい。


 部室ではミシンの音が忙しなく響いているが、雰囲気はいつも通り緩い。クラスで行っている合唱練習のようなピリついた空気はない。

 というのも、一部のやる気のないクラスメイトと、コンクールで優勝を狙って燃えている生徒の衝突が起こっているのだ。練習を重ねるうちに落ち着いてくると良いのだが…。


 そして私はというと、それに加えて伴奏をやることになってしまった。クラスにピアノを弾ける人が私と海菜しか居ないため仕方ないのだが、私はともかく海菜は引き受けて良かったのだろうか。部活と学級委員で私より忙しそうなのに。心配だ。

 あと、ピアノを弾いている彼女がカッコ良すぎて、違う意味でも心配している。


「あ、そうそう、今年も体育祭で部活対抗リレーあるんだけどさ、出たい人居る?」


 部長が問うが誰も出たいとは言わない。「今年も不参加で良いよ」と三年生から声が上がった。下級生もそれに賛同する。私も頷いておいた。走りたくない。


「運動嫌いの集まりだもんねうちは」


「じゃあ、今年も不参加ってことで」


 演劇部は出ると聞いている。衣装を着て走るらしい。音楽部はカスタネットをバトン代わりに叩きながら走ると言っていた。流石にギターやベースは重いからだろうか。他にも各部活それぞれ個性を出しながら部活の宣伝を交えて走るようだ。


「文化祭は楽しみだけど体育祭要らないよねぇ…」


 先輩も言っていたが、裁縫部は私も含めて運動嫌いが多い。部長、森くん、はるちゃん以外はほぼ全員インドア派だ。部長は元吹奏楽部だったらしい。笹原先輩と松原さんが中学の頃一緒に部活やっていたと言っていた。笹原先輩はともかく、松原さんが吹奏楽部なのは意外だ。運動部のイメージなのに。


「文化祭といえばさ、一組の合唱の伴奏、王子が弾くって聞いたけど」


「えぇ。私が自由曲、海菜が課題曲よ」


「マジか。あいつすげぇな。ピアノまで弾けんのかよ」


「…初恋の人の影響かな」


「そうらしいわね」


 はるちゃんの言葉に何気なく返事をすると、彼女はハッとして気まずそうに私を見る。別に気にしていないし、事実だ。従姉妹—空美さん—から習ったと言っていた。その従姉妹が初恋の人だということも知っている。だからなんだというのだ。今の恋人は私だし、私は彼女が好きで、彼女は私が好きだ。疑いもせずにそうはっきりと言えてしまうほど、たくさん愛をもらっている。


「別に妬いたりしないわよ。終わったことだもの。それに…彼女がピアノを弾いている姿、好きだし…」


「ピアノ弾いてる姿っつーか、どんな姿も好きじゃん」


 森くんに苦笑いしながら指摘されてしまう。


「う、うるさい…」


 言い返せない。事実だから。ちょっと憎たらしいところもあるけれど、結局そこも好きだ。その事実がたまに悔しくなる。彼女がそのことを理解していることもムカつく。ムカつくけど、好きで好きで仕方ない。何をされても結局許してしまうほど好きだ。もはや病気だと思う。惚れた弱みとはよく言ったものだ。

 恋の寿命は三年なんて言うけれど、私は、彼女に会うたびに恋をしている。会うたびに、恋の寿命が伸びていく。私の恋が冷めるのは何年後なのだろうか。まだまだ先は長そうだ。

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