終章:私の居場所はきっと、これからも
第59話:私の思い描く未来には
夏休みが明けて、9月11日土曜日。
今日は松原さん達とのダブルデート。
待ち合わせ場所の駅前に向かうと、女性に囲まれる背の高い人が一人。その人は私に気付くと手を振った。その人を囲んでいた女性達が私の方を振り返り、残念そうにとぼとぼと去っていく。
「百合香、おはよう」
「…おはよう」
白いシャツに黒い上着とパンツ。相変わらず、白や黒を基調としたモノトーンコーデがよく似合う。
胸元には、私があげたルビーのネックレスがきらりと光る。
そんな、周りから視線を集める彼女の隣に座る。
「君と出会って、来月で半年が経つんだね」
「逆にまだ半年経ってないのよね」
彼女と出会って数ヶ月、付き合って数ヶ月。その事実を確認するたびに不思議な気持ちになる。何年も一緒にいる気がするのにねというやり取りはあと何回するのだろうか。少なくともこの一年の間は同じやり取りを繰り返す気がする。
「ふふ。私達、前世でも恋人同士だったのかも」
「…どうかしら」
「えー…そこは『そうかもしれないわね』一択でしょ。来世も、来来世も、例え世界線が違っても、私は君と結ばれたい」
「重い人ね」
「ふふ。でも君も同じ気持ちでしょう?」
「さぁ、どうかしら」
「素直じゃないなぁ」
彼女と恋人になってから、彼女の居ない人生を考えられなくなってしまった。未来を想像しても、当たり前のように隣に彼女が居る。彼女の居ない未来が想像出来ない。
「お、イヤリングが紅葉だ」
ふと、彼女が私の耳のイヤリングに注目する。今日の私の服装は、ベージュのシャツにブラウンのフレアスカート、トップスと同じ色のスニーカー。彼女からもらったネックレスをつけて、耳には紅葉のネックレス。少し早いかもしれないが、秋色でコーディネートしてみた。
「可愛い」
そう言いながら彼女は私の髪を耳にかけ、紅葉のイヤリングに触れて揺らす。耳を掠める指の感触がくすぐったくて目を閉じてしまうと、ふと彼女の気配が近づく。
「ふふ。ごめん。隙があったからつい」
目を開けると、そう言って悪戯っぽく笑う彼女が視界を満たす。憎たらしい顔を睨みつげながら、ほんのりと赤く染まった彼女の唇をティッシュで拭き取り、ゴミ袋に入れる。
ふと、見てはいけませんと言うように両手で連れの女性の視界を遮る女性が視界に入った。松原さんと笹原先輩だ。目が合ってしまうが、逸らされた。
隣に座る彼女と共に二人を迎えに行く。
「…公共の場でああいうのはどうかと思います」
目を逸らしたまま、松原さんが言う。
「あははっ。
「初心だねぇ〜…じゃないよ!もー!」
目を隠されたままの先輩の顔はほんのりと赤く染まり、固まってしまっている。
「もー…百合香が隙を見せるから悪いんだよ?」
「あなたねぇ…」
「あははっ。ごめんね。行こうか」
目的地に向かって歩き始める。今日の目的地はここから徒歩数分の遊園地だ。以前、海菜と来たことがある。
「…二人ってさ、なんか…あれだよね。並んでるだけでアダルトな雰囲気あるよね。同級生とは思えない」
「それは…褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる。ね、未来さん」
「…う、うん」
先輩は私達の方を見ようとしない。キスしているところを見てしまって気まずいのだろう。
「…海菜の馬鹿」
「あはは…ごめんね。つい」
「『つい』じゃないのよ」
「あはは…」
そうこう話しているうちに、目的地についた。入場料を払って中に入る。
「さ、どこ行く?」
「鈴木くん達、絶叫系平気?」
「私は全然平気だよ。むしろ大好き」
「…物による」
「わ、私…苦手…」
両手と首をふるふると横に振る先輩。顔が真っ青だ。それを見て松原さんは「じゃああれ乗ろうか」と先輩の方を見て笑顔でジェットコースターを指さす。観覧車より高く上がり、そこから急速落下している。あれは私も無理だ。先輩も松原さんの指差した方を見て、青ざめた顔でぶんぶんと大きく首を振る。
「冗談ですよ。無理矢理乗せたりしないんで安心してください」
「…咲ちゃんは…絶叫マシン好きなの?」
「好きですけど、苦手な人を無理矢理連れて行くようなことはしませんよ。でも、ちょっと乗ってきていい?あれすっごい気持ち良さそう」
「私は待ってるわね。あれは無理」
「じゃあ私も」
「えぇ!?私一人!?せめてどっちかついて来てよー!」
「…しょうがないな。二人とも、ちょっと待っててね。あぁ、百合香、これ持ってて」
そう言うと海菜は私にネックレスを預けて、松原さんと共に行ってしまった。
「…大丈夫かな。落ちたりしないよね…」
「大丈夫でしょう。ちゃんと点検してるでしょうから」
近くのベンチに座り、入り口から出て来てゆっくりと上がっていくジェットコースターを見守る。頂点にたどり着くと、そこからほぼ垂直の坂を一気に落下し、加速していく。ぐるぐると勢いよく何度もループし、再び上がり…急速落下し…回り…それを繰り返すコースターを目で追いながら、隣に座る先輩は「ひぇぇ…」と怯えるように小さな悲鳴を上げる。列に並ぶ松原さんは対照的にテンションが上がっているのかぴょんぴょんと飛び跳ねている。海菜も緊張している様子はない。
こっちを振り返って手を振るほど余裕だ。乗らないはずの笹原先輩が一番緊張している。
「よ、よし…も、もう見るのやめよう」
先輩はそう呟いて、ジェットコースターに背を向けた。そしてソフトクリームの屋台を見つけ「ちょっとあれ買ってくるね」と言って小走りで行ってしまう。慌てて追いかけると、バニラ味とさつまいも味で悩んでいるようだった。
「半分こしましょう」
「いいの?」
「はい」
「じゃあ、えっと、お、お芋と、バニラ一つずつ」
「毎度あり。はい。お芋刺さってる方が焼き芋ソフトね」
「ありがとうございます」
私が頼んださつまいも味のソフトクリームには一口サイズの焼き芋が刺さっていた。写真では一本だが、出てきたソフトクリームには2本刺さっている。
「お芋、一本おまけしといたよ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。先輩、座りましょうか」
ベンチに戻り、ソフトクリームを分け合う。熱々の焼き芋と冷たいソフトクリームの組み合わせが丁度いい。
「あー!先輩達ずるーい」
「一口ちょーだい」
戻って来た海菜はそう言いつつも私の許可を待たずに、私の腕を掴んで勝手にソフトクリームを自分の口元まで寄せて一口齧り付いた。
「お芋だ」
「そう。買った時は焼き芋が刺さってたの」
「あー。いいねぇ。私も買いに行ってこようかな。松原さん、何味がいい?」
「…んー…じゃあ、抹茶」
「はーい。お金は後でもらうね」
そう言ってさっさと屋台に小走りで行ってしまう海菜。
「せーんぱいっ、私も一口ください」
「ん。どうぞ」
隣に座ってソフトクリームをねだる松原さんに先輩はずいっとそのままソフトクリームを突き出す。松原さんは「違うでしょう」と苦笑いして、ソフトクリームに刺さるスプーンを指さす。要求を察した先輩は恥ずかしそうに彼女から顔を逸らしながらスプーンを彼女の方に突き出した。
「あーん。…んー!美味しい」
「松原さん、ほれ」
「おー。ありがとう。お金は食べ終わってからでいい?」
「うん」
「先輩、あーん」
「あ、あーん…」
お返しにと自分のソフトクリームをスプーンで掬って先輩の方に突き出す松原さん。
「美味しい?」
「……い」
「ん?」
「…恥ずかしい」
そう呟いて、松原さんに背を向けて黙々とソフトクリームを食べる先輩。松原さんも先輩も真っ赤だ。初々しすぎてこっちまで恥ずかしくなる。海菜は微笑ましそうに二人を見ていた。
「百合香も一口食べる?」
「…味同じじゃない」
「あはは」
「…」
「お?」
海菜の腕を掴み、引き寄せ、ソフトクリームを一口齧る。
「…さっき奪われたから。仕返し。私の分はもうあげない」
自分でやっておいて恥ずかしくなってしまった。そっぽを向く。
沈黙が流れ、甘酸っぱい空気が流れる。
「…でもなんか、こういうの良いね。…普通のカップルって感じで」
しばらくの沈黙の後、ぽそっと先輩が呟いた。
「そうだね。…偏見を持っていたのはむしろ自分達の方なのかなぁってたまに思うよ。まぁ、実際、偏見的なこと言われて傷つくことが無いわけじゃないから、差別なんて無いとは言える時代ではまだ無いけどね」
「生物の本能として同性愛を否定する言う人もいるけど、人間以外の動物間でも同性愛ってあるしね。有名なのはイルカとか、キリンとか。あと、ボノボとか」
「同性同士でも子供が出来ればいいのにね。異性愛と同性愛の違いなんてそこくらいでしょ」
「…そうだねぇ…」
「でもまぁ…子供ができるとそれはそれで困るんだよなぁ…」とぼそっと呟く海菜の頭を叩く。先輩は聞こえなかったのか、意味がわからなかったのか首を傾げていたが、松原さんは苦笑いしていた。
それから四人で様々なアトラクションを周り、気づけば日が落ちてきた。
「最後に観覧車乗ろー」
「うん」
「あ、でも未来さん、高いところ駄目だっけ」
「うん…でも観覧車は大丈夫…外見なければ乗れる」
「意味ないじゃんそれ。…無理しなくて良いよ。嫌なら一緒に下で待ってよう」
「ううん…大丈夫…乗るよ。…咲ちゃんと…乗りたい…」
「…ん。…じゃあ…乗ろうか」
二人ずつに別れて観覧車に乗り込む。扉が閉まると彼女はすぐに私の膝に頭を乗せた。
「…やっと二人きりになれたね」
「楽しくなかった?」
「ううん。楽しかったよ。楽しかったけど、いちゃいちゃする隙がなかったからさぁ…」
「充分いちゃいちゃしてたでしょう」
「ふふ。そう?」
彼女の髪を撫でながら窓の外を眺める。地上がどんどん遠ざかっていく。ふと振り返るとジェットコースターのレールが見えて、彼女にネックレスを返していなかったことを思い出す。
「海菜、ネックレス。忘れてた」
「ん。あぁ、そうか。預けてたね」
起き上がり、つけてとねだる彼女。
「仕方ないわね」
首に腕を回し、ネックレスをつける。つけ終えたところで離れようとすると抱き寄せられてしまった。仕方なく甘える彼女を抱きしめ返す。
「…百合香はさ」
「ん?なぁに?」
「…子供ほしいとか、思う?」
さっきの話を気にしているようだ。
「分からないわ。考えたことなかった。私の想像する未来にはあなたはいるけど、あなたとの子供は分からない」
「…私が居るなら、いっか」
「ふふ。子供がほしかったら授かる方法なんていくらでもあるじゃない。養子をとっても良いし、体外受精でもいいし」
「…でも、体外受精で生まれた子は君の子であっても、私の子じゃないじゃん?あるいは逆かもしれないけど」
「そうね。私達二人の血が繋がる子は生まれない。けど、血の繋がりってそんなに大事かしら」
「関係無いと思う。…って、口では言えても、ふとした時にちょっと気にしちゃうかもしれない。君と血がつながる子なら尚更」
「ならいっそ、どちらとも血の繋がらない子を迎え入れるのが一番良いかもしれないわね」
私はどちらでも構わない。彼女と未来を歩めるだけで充分だ。正直、そこに子供はいてもいなくてもどちらでも構わない。
「そうだね。…ふふ」
「何?」
「…君の描く未来に、当たり前のように私が隣に居ることが嬉しくて」
「どうせあなたの描く未来にも私が居るのでしょう?」
「…うん。いるよ。君のいない未来が想像出来ない」
「…私もよ。…出会って半年もたたないけど、もうすでに、あなたのいない未来は想像出来ないの。だから心配しなくても大丈夫よ」
「…うん。ありがとう。…君、本当に私のこと大好きだね」
「えぇ。大好きよ」
「…うん。…でもそっか、君が子供を望まないなら、ずっと二人でも良いかもしれないね」
「あなた、子供に嫉妬しそうだものね」
「えー…逆じゃない?」
「…絶対あなたの方が拗ねると思う」
私の想像する未来には当たり前のように彼女がいる。そこにもう一人加わることは考えたこと無かったが、案外それも悪く無い未来かもしれない。彼女と一緒ならきっと、どんな未来も明るいだろうから。
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