第12話:私の恋の相手は私が決める

 入学して二週間が経った。来週からはゴールデンウィークに入る。

 部活は予定通り私とはるちゃんが裁縫部。海菜、満ちゃん、星野くんが演劇部。北条さんが薙刀部。そして、財前さんと夏美ちゃんが音楽部に入った。

 音楽部に入った一年生は二人を含めて八人。五人と三人でグループに分かれてバンドを組んだらしい。夏美ちゃんと財前さんが所属しているのは五人組の方。バンド名はひらがなで"あまなつ"。リーダーの夏美ちゃんの名前が日向夏をイメージさせることに因んだ名前らしい。ひらがなで書くことで可愛らしさを表現しているのだとか。

 ちなみに、一組の学級委員の加瀬くんもあまなつのメンバーの一員だ。意外にも彼はギターを弾けるらしい。彼以外は全員女子ということで、クラスの男子から『ハーレムじゃん』と茶化されていた。

 加瀬くんといえば、いつの間にか海菜は彼を『いずみくん』と下の名前で呼ぶようになっていたが、加瀬くんの方は変わらず『鈴木くん』呼びのままだ。しかし、距離が縮まったのは確かだろう。


 彼女が様々な人達とどんどん仲良くなっていく様子を見ていると、もやもやしてしまう。彼女の中での私の優先順位が下がっていってしまうのではないかと不安になってしまう。早くこの想いを打ち明けてしまいたいのに、やはりフラれるのが怖い。今の距離を壊してしまうことが怖い。それ以上に、始まってしまったら終わりが怖くなることを、私はあの時知ってしまった。ただの友人のままでいた方が良かった、隣に居たいなんて望まなければ良かったと後悔した。

 何より、私は異性を好きになることが出来る。

 こんなこと思うのは海菜を含む同性を愛する人たちに失礼だと分かっているから絶対に口には出さないが、後ろ指刺されたり物珍しい目で見られたりしないの恋愛をすることが出来る。人の目を、母の目を気にして生きてきた私には、海菜や満ちゃんのように人の目を気にしない生き方はなかなか難しい。


 しかし、あれから母の心境に少しだけ変化があった。制服でズボンを穿くことを許可してくれたのだ。

 ただし、冬だけだが。寒いから選択肢としてズボンがあったら嬉しいと説得したら許可してくれた。もちろん、一度は『LGBTの人だと思われちゃう』と言われたが、周りにLGBTじゃなくても好きでズボンを穿いている生徒がいることを話して、彼女が特に浮いているわけでもないことを説明したら渋々許可をくれた。

 こうやって少しずつ理解を含めていけば、私の本音もいつかは理解してもらえるかもしれないという希望が見えた気がした。

 しかし、仮に私が男性で『夏は暑いからスカートが良い』なんて言っても許可は下りなかっただろう。この時だけは自分が女性だったことに感謝をした。

 ズボンを穿いている女子は普通に受け入れられているが、スカートを穿いている男子は周りから物珍しい目で見られ、よく声をかけられているのを見かける。はあまり気にしていないが。


「おっ、小桜さんと菊ちゃんだ。おはよう」


 気さくに声をかけて来た彼が裁縫部の同級生、もり雨音あまねくん。小柄で可愛らしい少女のような見た目をしているが、声は低くて男らしい。

 喋らないと男子だとは気づかない。『喋ると見た目と声のギャップに初対面の人は大体同じ顔をするんだよなぁ』と彼は笑っていた。私やはるちゃんも同じ顔をしていたらしい。今まさにきょとんとしている夏美ちゃんと顔をしていたのだろうか。


「あれ?よく見たらあんた、3組の女子じゃん。俺のこと知らない?」


「えっ…と…あっ!森くんか!制服姿初めて見たからびっくりした!てか、スカートめちゃくちゃ似合ってんじゃん!可愛い!足綺麗すぎん!?ほっそ!」


 物珍しい目で見るわけでもなく、ただ羨ましそうに、スカートから覗く彼の脚を見る夏美ちゃん。はるちゃんも初対面の時は似たような反応をしていた。海菜達三人を見ていても思うが、やはり幼い頃から一緒に居ると考えや仕草が多少なりとも似るのだろうか。

 そんな夏美ちゃんを見て彼は「菊ちゃんと同じ反応してる」とおかしそうに笑った。


「なんか、すげぇな。ギャップ。…あ、でもちょっとちるに似てるかも」


「ちる?」


「演劇部の月島満ちゃん。私と同じ一組の子」


「んー…分からんな」


「次の駅で合流するよ」


 電車が停車する。扉が開くといつもの三人がおはようと笑って乗り込んで来た。


「あれー?なんか一人増えてる」


「部活の友達よ。四組の森雨音くん」


「うっす」


「鈴木海菜です。こっちは月島満ちゃんと星野望くん」


 それぞれ自己紹介をする。


「鈴木海菜って…あぁ、学年代表で挨拶してた?」


「うん」


「…」


 不思議そうに海菜を見つめる森くん。何?と海菜が苦笑いしながら首を傾げる。


「いや、近くで見るとめちゃくちゃイケメンだな。あんた」


 森くんの言葉に海菜は一瞬きょとんとし、くすくすとおかしそうに笑い出した。


「ふふ。ありがとう。よく言われる」


「だろうな。言われ慣れてそう。そっちの二人も。三人ともモテるでしょ」


「「まぁね」」


「いや、俺は二人ほどは…」


 謙遜しない海菜と満ちゃん。星野くんも謙遜しているように見えてモテること自体は否定しない。


「ははっ!自覚あんのかよ。良いね。俺、あんたらのこと好きだわ。めんどくさくなさそうで」


「うみちゃんは意外とめんどくせぇけどな」


「めんどくさくなさそうに見えてな」


 満ちゃんの言葉に頷く星野くん。

 二週間前のあの日——星野くん抜きで音楽部の見学に行った日——の翌日から、彼の海菜に対する態度は少しだけ変わった。気まずい空気を作り出していた時は心配していたが、一日経ってみればさらに絆を深めて戻ってきた。あの日、彼女達三人が何を話したのか詳細は分からないが、彼も彼女も憑き物が落ちたように明るくなった。あの気まずかった空気が嘘のようだ。


「あんたら三人は幼馴染ってやつ?」


「そう。保育園から一緒」


「通りで仲良いわけだ」


「ちなみに、ここも幼馴染です」


 はるちゃんが自分と夏美ちゃんを交互に指差す。「小桜さんは?」と私を見て首を傾げた。


「私はみんなとは高校で知り合ったの」


「ふぅん。菊ちゃんと仲良いから中学一緒かと思ったらそうでもないのか」


「えぇ。私の中学からは私一人」


「俺んところは二人。俺と、あと二組の福田ふくだ祐介ゆうすけ


「あぁ、福ちゃんか」


「星野くん仲良いよね」


 二組の星野くんとはるちゃんはピンときているようだが、私にはまだ他クラスの生徒のことはよく分からない。他クラスで交流があるのは星野くん達と部活仲間くらいだ。


「ふぅん…ところであんたらさ、俺の服装についてはなんも言わないんだな」


「学校の規則で認められてるし、何か言う必要ある?私だって女子だけど好んでズボン穿いてるし」


「……女子?」


 きょとんとする森くん。どうやら海菜のことを男子生徒だと思っていたようだ。そんな彼を見て彼女は「初対面の人はみんなそういう顔する」とおかしそうに笑った。


「す、すまん…完全に男だと思ってた」


「いいよいいよ。いつものこと。けど、いつも思うけど、声で気づかないのかなぁ。私の声、結構女性寄りだと思うんだけど」


「いや…あんたは微妙なラインだろ」


「そう?森くんは顔に似合わず渋い声してるよね」


「あぁ…けど割と気に入ってる。このギャップも俺の魅力の一つだからな」


 なんだか聞いたことある台詞だ。思わず満ちゃんを見てしまう。目が合うと、なんだよと苦笑いされた。


「ふふ。そうだね。あぁ、私が女だからって女扱いはしなくていいからね。そういうの苦手だから」


「あぁ。ちなみに俺もスカートを好んで穿くけど、別に女になりたいわけじゃないし、男が好きって訳でもないんだ。よく勘違いされるけど」


「うん。分かるよ。私も男性になりたくてズボンを穿いてるわけじゃない。自分を男性だと思ってる訳でもない。恋愛対象は女性だけどね」


「そうだよなぁ…」


 うんうんと頷いてから、ん?と首を傾げる森くん。海菜もニコニコしながらどうかした?と一緒になって首を傾げる。


「…いや、えっ?今すげぇサラッとカミングアウトしたな」


「ふふ。言わないと当たり前のように異性愛者にされちゃうから。それが嫌なんだ」


「あぁー…確かに。俺も言わないと同性愛者にされがちだから分かるわ。恋愛対象なんて見た目じゃ分かんないのにな」


「うん。そもそも恋愛することが当たり前の世の中だけど、恋愛をしない人だっているからね」


 恋愛をしない人と言えば、音楽部の一条柚樹さんを思い出す。彼は『遊べなくなるから』という理由で恋人を作らないと、きららさんが言っていた。


「恋愛しない人と言えばさ」


 夏美ちゃんが、思い出したように私が思い浮かべた人物の話を切り出す。


「そういや、意外と良い人だったよ。柚樹さん」


「柚樹さん?」と星野くんと森くんが首を傾げる。そういえばあの日は星野くんも居なかった。


「クロッカスのギターの人」


「クロッカス…あぁ、天宮先輩のとこの」


「きららさんのことは知ってるん?」


「中学時代の部活の先輩。つっても、基本は男女別だったから直接関わることはたまにしかなかったけど」


「何部?」


「合唱」


「えっ、合唱って男女混合じゃないん?」


「うちの学校、男子合唱部があったんだよ。女バス男バスみたいな感じで、独立してたの」


 私も中学で合唱部に入っていた。他校との合同コンサートで男子だけの合唱部があった学校のことは強く印象に残っている。


「森くんって、もしかして柊木ひいらぎ中?」


「そう。まぁ、男子合唱部がある中学ってこの辺だとあそこくらいだもんな」


「私も合唱やってたの。桜山中で」


「おぉ。そこそこ強豪じゃん」


 確かに、桜山中学の合唱部は全国コンクールにいけるほどの強豪だった。しかし私は柊木中の合唱部の方が羨ましかった。決して、技術が高いとはいえなかったが、コンサートではダンスを取り入れるなど観客を楽しませるパフォーマンスを魅せていた。私達の合唱はプロからは評価されるが、素人が集まる地域のコンサートでは圧倒的に柊木中の方が評価されていた。


「私、柊木中の合唱部のファンだったの」


「ファンって。全国行くような強豪の人から言われるとちょっと恐れ多いわ」


 しかし「ありがとね」とまんざらでも無さそうに森くんは笑う。


「けど、俺も桜山の合唱好きだったよ。毎回毎回レベル高ぇなって思ってた。特に伴奏。俺もピアノやってるから分かるけどさ、ピアノだけでもコンクールで賞取れるレベルだと思う。特に去年のコンクールのピアノはヤバかった。課題曲だけでも難易度高かったのに続けて自由曲も弾いてて…一人で二曲とか、よく練習時間足りるよなぁ…」


 去年のコンクールといえば、伴奏を担当していたのは私だ。習い事の方のコンクールの曲の練習もあり、物凄く忙しかった上に、部活の方ではミスをする度に、同級生に舌打ちをされたり陰口を言われたりした。引退するまでの辛抱だと必死に言い聞かせながら頑張っていたが、母以外からはほとんど褒められたことはなかった。


「きっと裏ですげぇ努力してたんだろうなぁ…」


「…そうね。ミスする度に文句言われながらも必死に頑張ってたわ」


「あぁ…コンクールの前って緊張感高まるから空気悪くなりがちだよなぁ…俺もよく部員と喧嘩したわ。部長だったから真面目にやらんやつを叱らんわけにはいかんからさぁ」


「部長は大変よね…」


 部長経験があるのか、星野くんと夏美ちゃんがうんうんと頷く。

 私は部長ではなかったが、よく居残り練習をしている時に部長から愚痴を聞いていたから大変さは分かる。


「…海菜は部長やったことないの?」


「あぁ、あるよ。小学生の頃だけど。中学は望が部長で、私が副部長」


「で、ちるは番長か」


「絶対言うと思った」


 苦笑いする満ちゃん。そういえば、番長というあだ名もあったと藤井先輩が言っていたことを思い出した。


「森くんが部長経験あるなら私らの代の部長は森くんで決まりだね」


「おいおい菊ちゃん、気が早すぎだろ…」


 裁縫部の一年生は私達三人を含めて計五人。私達以外の二人は大人しい性格だ。部をまとめる役割はきっと荷が重いだろう。彼の言う通り気が早いのは確かだが、五人の中で一番部長に向いているのは森くんだろう。


「あれー?雨音ちゃんじゃん。女子に紛れてたから気付かんかったわー」


 駅を降りて学校に向かっていると、すれ違い様に他クラスの男子生徒が揶揄うように森くんに声をかけて来た。嫌味っぽい言い方をする彼に対して森くんは鼻で笑ってこう返す。


「紛れてる中で俺を見つけてくれるって、よっぽど俺のこと好きなんだなお前」


「はぁ!?俺はお前と違ってホモじゃねぇし!」


「ははは。好きじゃなかったらこんな頻繁に絡んでこんだろ」


「勝手に決めつけんじゃねぇ!」


「その言葉、そっくりそのまま返すよ。俺も男が恋愛対象とは一言も言ってない。勝手に決めつけんじゃねぇよ。というわけですまんが、俺のことは諦めてくれ。男は恋愛対象外なんだ」


 しっしと虫を振り払うような仕草をする森くん。男子生徒は舌打ちをし、悔しそうな顔をして走り去っていく。


「森くんはさ、スカートが好きで穿いてるんだよね」


「うん」


「好きになったきっかけとかあんの?」


「些細なことだよ。小さい頃から姉のお下がりの服着せられて遊ばれてたんだ。その流れでスカートを好んで穿くようになった。けど小学校に上がる頃にはいじめられるといけないからってスカートを穿くことを許してもらえなくなって、ずっとスカートとは疎遠になってたんだけど、姉が青山商業を紹介してくれたんだ。『ここなら堂々とスカート穿いて学校行けるよ』って」


「良いお姉さんじゃん」


「ブラコンだけどな。『うちの弟、世界一可愛い!』って感じ。まぁ…おかげで俺は周りの目とか気にしないで自分は自分だって堂々と出来るんだけど。姉ちゃんは俺の唯一の理解者だったんだ」


?」


 今は違うの?と夏美ちゃんが不安そうに尋ねると、彼は首を横に振ってふっと笑った。


「そうじゃなくて、あんたらに出逢えたからじゃなくなっただけ」


「うわっ、何そのドラマみたいな台詞」


「引いてんじゃねぇよ。感動しろよ」


 平和な空気が流れる。


 女の子を好きな女の子、スカートを好んで穿く男の子——『ではない』と母が言う彼らは、青山商業高校にはに存在している。確かに、初対面で違和感を持つ人もいるし、先程の男子生徒のように森くんや海菜を揶揄う人間はいる。しかし、母が言うほどではない。

 むしろ、何がおかしいのかと首を傾げる人の方が多数だ。

 規則として男子がスカートを、女子がズボンを穿くことを学校側が許可しているということが大きいだろう。

 "LGBTに配慮"という一言の影響でスカートを穿く男子生徒、ズボンを穿く女子生徒を"LGBTの生徒"と思い込んでいる生徒や教師も少なくはなく、部員の一人は『本当はズボンも買っているけれど、穿くことでLGBTだと思われたくなかった』と打ち明けてくれた。その翌日から彼女はズボンを穿いてくるようになったが、彼女を"LGBTの生徒"と決めつける人はほとんどいない。ほっとすると同時に『偏見があったのは私の方だったのかもしれない』と思い直したと彼女は語っていた。


 私と同じように親から『LGBTだと思われて浮くからやめろ』と反対された生徒も多いようだが、少しずつ『親を説得して制服を買ってもらった』という声も増えてきた。しかし、その声のほとんどは女子生徒だ。ズボンは男女共通の衣装として一般的に使用されているが、スカートは世間では"女性の衣装"と認識されてしまっているが故に、許可されているとはいえ、選択するハードルの高さが違うようだ。

『学校が許可してるんだからびくびくする必要ないのに』と森くんは言うが、学校のことを知らない人間からしたら"女装した男子生徒"として物珍しい目で見られてしまいかねない。森くんのように堂々と出来る人間ばかりではない。私も世間や親の声を気にしてしまう人間の一人だから彼らの気持ちも分かる。


「ゆりちゃん、あれからどう?お母さんとは本音で話せてる?」


 みんなと別れて、席についてしばらくすると、満ちゃんが私の元にやってきて問いかける。


「二週間前、音楽部の見学に行った日に、恋愛的な意味で気になる女の子が居るって打ち明けたの」


 好きな女の子が居ると母に打ち明けたあの日以降と以前では、母との関係に変化はない。理解は得られなかった。『その感情はただの憧れ』だと決めつけられてしまった。


「おぉ。頑張ったじゃん」


 後ろの席で教科書を整理していた海菜が会話に入ってくる。


「でも大丈夫だった?LGBTに偏見ある人なんでしょ?キツいこと言われたりしなかった?」


「えぇ、もちろん否定された。それはただの憧れだって。自分も高校生の頃に同じ経験をしたからわかるって」


 お母さんと私の気持ちは違うと、強く言えなかったものの、あの対話が無駄に終わったとは思ってはいない。私を理解してもらうための大きな一歩だった。


「…百合香自身はどう思ってるの?前聞いたときはまだ分からないって言ってたけど、答えは決まった?」


「…恋だと思う」


「根拠は?」


「…彼女が誰かと付き合ってしまうことを考えたら辛いから。お母さんは、好きだった女の子に恋人が出来ても素直に祝福出来たことから憧れだったって気付けたって言ってたけど、それが憧れなら私の感情は憧れじゃないわ」


「そっか。誰かと付き合うのが嫌なんだ」


 ニヤニヤする海菜。やはり彼女は自分のことだと気付いているのだろうか。


「…告白しないの?付き合えると思うけど」


 満ちゃんが苦笑いしながら、チラッと海菜を見ながら言う。それは、彼女も同じ気持ちだと思うと言いたいのだろうか。


「…付き合いたい気持ちはあるわ。彼女の恋人になれたら良いなって思ってる。…けど…私は、母に叱られることが怖くて元カレと分かれたの」


「叱られる?男と付き合ってたんだろ?」


「えぇ。男性だった。でも…母の理想とは程遠い人だったから」


「あぁ?理想?んだよそれ。恋人を自分で選ぶことすら許されないってこと?」


 頷くと、満ちゃんは顔をしかめ、海菜も「束縛がひどいね」と苦笑いをした。


「だけど…結果的に別れを切り出したのは私よ。母の声を恐れて、彼を酷く傷付けたのは私。だから…母にも変わってほしいけど、その前に自分が変わらなきゃいけないの。今の私はきっと、彼女と付き合えても、堂々と隣に立てない。きっとまた…母に怯えて傷付けてしまう。だから…今はまだ、告白は出来ない。もう少し、友達のままでいたい」


「…そこまで考えるのは恋っていうか…もはや愛じゃない?君に想われてる女の子は幸せ者だねぇ」


「そう…かしら…付き合ってもいないのに…重くない…?」


「ふふ。私だったら嬉しいよ」


 その言葉にホッとする。嬉しいと思ってくれることが嬉しい。しかし続いた「私も今、好きな女の子が居るんだ」という言葉で心臓が締め付けられる。


「そう…告白は…するの?」


「そうだねぇ。もうちょっと様子見てから告白しようかなぁって思ってたんだけど『今のままでは好きな人を傷つけてしまうから告白できない』って言うくらい真面目な人だから、私から告白するよりは待ってた方が良いと思うんだよね」


 その特徴は明らかに私だ。自惚れではないと確信する。


「…その人とは両想いだと確信してるの?」


「うん。だって…ね?」


『君の好きな人って私でしょう?』と、ニコニコ笑う彼女の顔に書いてあるのがはっきりと見える。やはり、最初からバレバレだったようだ。


「…その自信、勘違いじゃないと良いわね」


 悔しくなり、嫌みを放つが彼女は「勘違いじゃないでしょう?」と余裕そうに笑う。彼女が私と両想いであることが分かり、嬉しくなると同時に、気付いていながら私を揶揄う彼女に少しムカついた。

 だけど、好きだ。紛れもなく、私は彼女が好き。彼女と付き合いたい。だって、両想いだと分かってこんなにも心が弾んでいるのだから。彼女も私と付き合いたいと望んでいることが嬉しくて仕方ないのだから。

 このことを母に理解して貰うにはきっと、まだまだ時間がかかるだろう。きっと、何度話したって母の答えは変わらない『それは憧れよ』と一蹴されるだけだ。私の言葉だけでは母の偏見を拭い去ることは出来ないことはもう十分に分かった。

 しかし、母の理解を得ることを諦めたくはない。十月になると文化祭がある。母はきっと、私が来て欲しいと言わなくとも喜んで来るだろう。私はそこで、森くんや海菜が当たり前のように受け入れられているこの学校の雰囲気が、母の偏った価値観に何かしらの影響を与えてくれることを期待している。

 そしてその後に、母ともう一度話をしようと思う。私には今、好きな女の子が居ると。母が認めなくとも私は彼女と恋人になりたいと。海菜に告白をする前に、もう一度だけ母とちゃんと話をしておきたい。その結果がどちらであっても、私はもう、この想いをただの憧れだと決めさせたりはしない。


「決めた。学年が上がるまでには、告白する」


 二人の前で宣言をし、誓う。


「おっ。頑張ってねー」


「学年が上がるまでって…随分と時間取るな…」


「ふふ。でももきっと待ってくれると思うよ」


 私はもう母の言いなりになって恋を諦めたりはしない。私が好きになる人は、私が、私の心臓が決める。

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