第2話 勇者・クウラ

 クウラ、彼は神が地上の闇を払う者として勇者の職能を与えた存在。


 クウラは今、傍目にはそのポーカーフェイスで伝わらないかも知れないが軽いパニック状態だった。


 親友によく似た男が魔王の物であろう玉座から降りてきて自身を罵倒しているからだ。


「なんだよお前っ! 僕はバレンだっ! 正真正銘のなっ!! いい加減にしろよっ! 僕はな! 君に「足手纏いだから失せろ」と旅の途中で見放された日から散々に修行したんだ! 君に復讐するためにな!」


 顔を真っ赤にして叫んでいる。


 この男が本当にクウラを故郷から引っ張り出した親友のバレンなのだとしたら。


 クウラは確かに目の前の男にそう言った。


 足手纏いだと。


 確かに言った。


 それは、魔王を一緒に討伐するにはバレンがその頃はあまりにも弱かったからだ。


 信じられない。


 バレンは、弱かった。


 今、目の前にいる男は強い。


 その纏うエネルギーはクウラに匹敵する。


 だが、それ以上に信じられないのは。


「なんだよそれっ! そんなに強くなれんならなんで一緒に旅してる時にしねーんだよ!」


 バレンの言葉にクウラも怒鳴り返す。


 信じられない、魔王を殺す為じゃなく。


 自分を殺すために修行に明け暮れただって?


 本当にバレンなのか?


「してたさっ! 毎日お前が起きる前に先に起きて鍛錬してたんだよっ! そんな事も知らずに」


 バレンは眼を血走らせて抗議の声を上げる、バレンは確かに旅の間、クウラより早く起きて鍛錬はしていた。


 だが、


「それは知ってるわ! 毎日俺より30分早く起きて鍛錬してたよな! でも考えろよ! 毎日30分早起きして筋トレして魔王に勝てるか? 勝てるわけねーだろ! アラサーOLのダイエットじゃねーかそんなもん!」


 クウラは段々腹が立ってきた。


 最初こそ、自分に復讐するとバレンに言われた事にショックを受けた。


「そ、それは、その後で旅もあるんだから仕方ないじゃないかっ!」


 一瞬、言葉に詰まったがなおも言い返すバレン。


「しゃーねーで死んだらどーすんだよ!」


 今は、クウラはバレンに自分と一緒に旅をする為に努力を怠った癖に自分に復讐する為に弛まぬ努力をバレンがした、という事実に火がつくほどの怒りを覚えていた。


「うるさいな! なんなんだよっ! なんで僕が説教されなきゃなんないんだよ! 」


 クウラはぎゃあぎゃあと叫ぶ親友っぽい男に掌を向けて少し黙る様に促した。


 クウラは賢い。


 それこそ、どんな状況でも一瞬で最適解を導き出して焦ったりした事がない程に。


 そんなクウラが。


 状況に頭が追い付かない。


 彼は考えた。


 ・・・


 ・・・・・・


(まて、まてまて。 マジで、マジでなんでコイツがここにいるんだ? しかもコレって)


 クウラは聖剣で転がっている生首をツンツンした。


「コレはアレか、魔王か?」


 親友っぽい男の方は見ずに生首に視線を向けたままクウラは尋ねる。


 今、対峙しているこの男をバレンと認めたくないのだ。


「あぁ、そうだ。 お前に復讐する為に・・・ その為だけに俺は強くなったんだ」


 恨めしく言うその言葉にクウラはカッと頭に血が上った!


「はぁっ!? ふざけてんのか前歯へしおんぞテメー!? 魔王を倒すのに旅してる時は大して努力しなかったクセに俺を殺すためにそんなに強くなったってのか!? 」


 クウラの言葉に、バレンはバツの悪そうな表情を見せた。


 クウラは怒りと悲しみに頭がどうにかなりそうだった。


 そこにはいつもの、常に冷めたような顔をした冷静沈着なクウラはいなかった。




 クウラの頭は


(このやろう)


(このやろう!)


(こんのくそやろう!!)


 そんな短絡な言葉で埋め尽くされていた。



 ================



 幼馴染みだけど話した事なんてほとんど無い隣の家の女子が自分の家にやって来て


「頑張って作ったの、旅に持って行って」


 と言って御守りを恥ずかしそうに差し出してきた。


 クウラはその女子を見て。


(いやいや、殆ど話したことねーし)


(学校で後ろの席だけどプリント渡す時だって俺の目も見ねー奴がヒロイン面してんじゃねーよ)


(前歯へしおんぞテメー?)


 そう思った。


 彼は基本的に非常に口と性格が悪かった。


「いや、俺は魔王とか倒しに行く気無いし」


 クウラは暗に「馴れ馴れしいんだよ帰れ」と顔で示す。


「怖いよね、私、クウラが帰ってくるのずっと待ってるから」


 クウラは思った。


(いやいや、話聞けよ)


(自分の世界に入ってんじゃねーよ)


(行く気ねーつってんだろ)


「私、クラウ事がずっと好きだったんだ。 魔王を倒して帰ってくるって信じてまっ」


「いやいきなり名前呼び捨てとかすんじゃねーよ話した事なんてほぼねーじゃねーか前歯へしおんぞテメー」


 丁重に帰って貰おうと思っていたが気がついたら口をついて罵倒していた。


  クウラの悪い癖だ。


 クウラの言葉に2~3秒フリーズしたあとで自称ヒロイン面の女は舌打ちを1つして去っていった。


 クウラはわかってもらえて何よりだと思い、乱暴に玄関を閉めた。


 アレからこんな訪問がひっきりなしに来る、クウラにとってはウザくて仕方ない。


(こんな事になったのも全てアレのせいだ)


 クウラは眉間に皺を寄せてため息をついた。


 クウラの考えるアレとは天業行賞てんぎょうこうしょう


 が人間それぞれに仕事行わせる為に職能を与える


 それを合わせた俗称が、天業行賞てんぎょうこうしょう


 儀式は12才の誕生日、職能神の使いエンジェルを持つ人の所へ行き教えてもらう。


(普段、教会に篭って12才の誕生日を迎えた人間に職能を言い渡す以外は何やってんだか知らない胡散臭い連中だ)


 クウラは神聖な教会をそんな風に見ていた。


 クウラに職能を言い渡した教会の聖職者はこう言った。


「おぉ、信じられん。 お前に与えられた職能は勇者ブレイバー、ついに、ついに神は魔王を討伐する勇者ブレイバーを我々に遣わされた!」


 クウラはそのまま王都まで連れて行かれそうになった所を逃げ出した。


 クウラは親父の跡を継いで鍛冶師になりたかった


(勇者ブレイバーだぁ!? 神のクソッタレめ! もし会うことが出来たら前歯へし折ってやる!!)


 彼は誰もが羨む勇者ブレイバーという職能を与えられて思った事がこれであった。


 クウラは人と接するのが苦手である、勇者ブレイバーなんて担ぎ上げられて誰かの先頭に立つなんて考えた事も無い・・・


「はぁ」


 クウラは溜め息をついて王都へと連れていかれそうになった所をトボトボと家路を歩いていた。


「やっ、ユーシャ様」


 後ろから不意に声をかけられた、反射的に振り向くとそこには唯一クウラが話せる親友がいた。


「なんだよバレン、もう知ってんのか」


 クウラはまるで『犬の糞が背中に付いてるよ』と言われた人の様な表情を浮かべた。


 クウラの反応にバレンはニヤッと笑う。


「予想通りしけた顔してるな、クウラは親父さんの跡を継いで鍛冶師になりたいって言ってたもんな」


 バレンはクウラの横に立ち、肩に腕を回しながら話しかけた。


「あぁ、それがまさかのユーシャ様だからな」


 クウラはそう言ってまた「はぁ」とため息をついた。


「そんな憂鬱な顔してたって始まんないだろ? 与えられた職能はどうしようも無いしね、とっとと魔王をぶっ倒して世界を平和にするしかないよ」


 クウラはその言葉を聞いて肩に回された腕を乱暴にどけた。


「他人事だと思って適当なこと言ってんじゃねーよ、前歯へしおんぞテメー」


 クウラはそのまま足早に去った、振り返りもしないで。


 それ以来、バレンはクウラの家に1度も来ていない。


 いつもならクウラの口の悪さも気にしないで、朗らかな顔をして訪ねて来るのに。


 クウラは少し言いすぎたかとモヤモヤしていた。


 それから1か月余り、話した事も無いような人間がクウラの家の玄関を叩いては「クウラ、俺はお前が凄い奴だって気付いてた」とか、「困った事があったら何時でも相談にのるよ」とか、学校の話したこともないような女子が告白してきたのは今ので10人目くらいか?


(どいつもこいつも、今までいつも親父の手伝いで灰まみれな上に無愛想な俺の事を「ウザい」だ「汚い」だと言っていたくせに手の平を返してきやがって!)


 クウラは内心でそう毒づいていた。


 毎日毎日、来て欲しくない訪問者ばかり。


 本当に来て欲しいたった1人の男は来ない。


 クウラは謝りに行こうかと考えていた。


 そんな時、コンコンとまた扉が叩かれた。


 クウラはイライラして


「うるせーなっ! 俺は旅に出る気なんかねぇよっ!!」


 そう叫びながら扉を開いた。


 そこに立っていたのは唯一、クウラが来訪を待っていた男だった。


「荒れてるなクウラ、さっ、魔王なんかとっととぶっ倒して来ようぜ。 じゃないと親父さんの跡を継いでオチオチ鍛冶屋もやってらんないだろ?」


 そこには、いつもの朗らかな笑みを浮かべたバレンが立っていた。


「来ようぜって、行かねーよ」


 クウラは表情を崩しそうになったが、仏頂面のままそう答えた。


「行くんだよ、僕とね。 ほら」


 そう言ってバレンがクウラに見せたのは探索者シーカーが持っている探索者証シーカープレートだった。


 探索者シーカーとは、未開の地が多いこの世界を探索する者達の俗称だ。


 職能が戦闘職の者は探索者の館シーカーロッジへ行けば誰でも受け取ることの出来る探索者証シーカープレート


 そこには、職能と技能。 そしてLvやステータスが書き込まれている。


 そして、バレンの探索者証シーカープレートには。


 職能:魔法剣士


 技能:ヒーリング・ファイア


 Lv:3


 力:12


 体力:10


 速力:9


 魔力:10


 そう記されていた。


「しょぼいな」


 クウラはにやりと笑いながらそう言った。


「うるさいな、これから強くなるんだよ」


 バレンの誕生日はクウラの誕生日の次の日だ、バレンは職能を聞いて自分も戦闘職だった事を知ったその日の内に探索者の館シーカーロッジへ行き探索者証シーカープレートを貰って親に武具の1式を買ってもらった。


 そして、村の近くで魔物を倒してLvを上げたのだ。


 クウラと一緒に旅に出るために。


 それを知ったクウラは涙が出そうな程に嬉しかった。


 そして、バレンはクウラが鍛冶屋になりたいのも知っている。


 その上で言ってくれた「さっさと魔王を倒して鍛冶屋になろう」という言葉が最近の荒んだ心を癒してくれた。


 バレンは、勇者ブレイバーに選ばれたクウラでは無く。


 鍛冶屋になりたいクウラを見てくれているのだと感じたから、改めて大切な唯一無二の親友だと感じた。


 彼さえ、バレンさえいればクウラは心が落ち着いた。


 絶対に失いたくない親友。


 だからクウラは


 このままでは旅の途中で死んでしまうと思ったから。


 バレンを突き放した。


 バレンが、自分がクウラを旅に引っ張ったからと責任を感じているのは知っていた。


 だから、ちょっとやそっとじゃ旅を辞めないだろう。


 そう思ったクウラはわざとらしく故郷の近くを通る様に旅の計画を立てるバレンをそそのかし。


 バレンが想いを寄せていたクラスの女子を騙して連れてきた。


 その女子はあろう事か俺に差し出そうとしていた御守りをバレンに流用して「ずっと好きだった、旅から帰るのを待っている」とのたまったらしい。


 バレンがその御守りをうっとりと眺めていたのを内心、クウラは反吐が出る様な思いで「それ、どうしたんだ」と聞いたら恥ずかしそうにそのエピソードを話した。


 あの女はクウラに突っ返された御守りをそのままクウラの親友であるバレンに渡したのだ。


 シチュエーションまで流用して。


 クウラは、血が滲む程に拳を握りながらバレンに「劣化版勇者はいらない」と告げた後、その女に「腐れビッチが、二度と俺の親友に近付くな」そう吐き捨てた。


 女はぎゃあぎゃあと喚いていた、クウラはどつき回したい衝動をグッと我慢して、深夜の魔物がたっぷり徘徊する森に女を放置して去った。


 それからの旅は大変だった。


 戦闘以外の殆どの事をバレンに頼っていたクウラは何をするにもはかどらなかった。


 誰かとパーティを組めば少しは楽であったろうにクウラは頑としてそれをせずに1人で旅を続けた。


 バレン以外と旅をするなんてクウラには考えられなかった。


 ぽっかりと心に穴を開けたまま、クウラは旅を続けた。


 こんな旅に意味なんかあるのか?


 誰かを助けたいなんて俺は思っていない。


 さっさと村に帰ったほうがいいんじゃないか?


 わざわざ親友を傷付けて、それでなんでこんな望まない旅を続けているのか?


 それもこれも


 全てはこんな役を押し付けた神と


 魔界からわざわざやって来た魔王のせいだ。


 神は何処にいるか分からない。


 だから、クウラは抱える怒りの矛先を魔王にぶつける事にした。


 気の済むまで魔王を切り刻んで殴り続けてやる。


 そう、静かな怒りを抱えてクウラは旅を続けた。


 傍目から見れば魔王討伐という険しくも栄光への道を。


 クウラは膨らみ続けるフラストレーションを抱えて黙々と歩いた。


 そして、ようやっと終わる。


 そう思って乗り込んだ魔王城はもぬけの殻だった。


 居ないはずはない。


 そんなはずは無い!!


 そう思いながら開いた玉座の間の扉。


 その奥に、そこに座して待っていたのは。


 故郷にいるはずの


 酷く傷付けてしまった


 親友だった


 漆黒の衣をその身に纏い


 凄まじいエネルギーを感じさせる


 その瞳にはあの朗らかな光は無く


 自分を忌々しそうに睨みつけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る