レンデルシャムの森の中

神夏美樹

レンデンシャルの森の中

 あるの日の森の中、彼女は彷徨さまようロボットに出会った。

 身長は3メートルくらいで全身銀色。胴体はずんぐりとして大きく腕が長くて足はかなり短い。頭は胴体に三角おにぎりが乗っているような形をしていて、先端に丸い小さな球体が付いた長い触角が2本生えていて、それが時々ぴかぴかっと光る。

 そいつは彼女の事は全く気にしていないようで、視線すらよこさず、どすどすと通り過ぎ、森の中に姿を消した。

 近年、アウトドアブームでキャンプ、特にソロキャンプを楽しむ人たちが増えている。彼女も同じで自然の中で癒される事にはまった一人、焚火の炎と語る事が週末の楽しみになっていた。複雑な仕事と人間関係のわずらわしさは自然への回帰、野生の心を揺り起こすのかもしれない。

 ロボットは、何かを探しているようだった。最初、何を探しているのかわからなかったが、その動きを見つめているうちに探している物が何か、理解する事が出来た。それはついさっきまで自分も探していた物だからである。

 彼女は自分が持っていたロボットが探していたであろう物を差し出してみた。するとロボットはそれに気が付いたようでゆっくりと振り向くと、長い手を伸ばし、それを受け取った。ロボットが探していたのは薪だった。乾燥した木の破片、それを探し回っていたのだ。

 ロボットは彼女を少しの間見つめた後、ゆっくりと背を向け森の中に入っていった。彼女はロボットに対して恐怖は感じなかった。むしろ興味の対象となり、どこに向かうのか酷く気になり、焚火の灯を消すとロボットの後について歩き出した。

 森の奥に向かってしばらく歩くと空間にぽっかりと裂け目が見えた。壁に張ったポスターを縦にびりびりと破いたような裂け目は、その内側が白く光っていて中の様子は分からなかった。不思議な光景だったが彼女はこれにも大きな違和感を感じなかった。ただ単に道が分かれている、その程度の事にしか感じられなかった。ロボットは躊躇する事なくその裂け目に入っていったので、彼女もその後に続く。

 裂け目をくぐって見上げた世界は満点の夜空が見える、今自分がいた世界とあまり変わらない光景だった。ただ、満月だった夜だった筈なのに月が見当たらない。その分、星がとてもよく見える。今まで見てきた星空の中で一番奇麗なではないかと彼女は思う。そう思った。

 10分くらい歩いただろうか、森林が終わり、半径100メートル程度の円形に開けた場所に出た。下草は低くうざったい草は生えていなくてよく手入れのされた芝生のようにも感じられた。その中心、ゆらゆらと燃え上がる焚火の炎が見えた。このロボットは、焚火の薪が足りなくなったから、空間の裂け目を通って彼女の前に現れたのだろうか。

 その焚火の周りには更に三体のロボットがいた。一体は目の前のロボットより二回りくらい小さいだろうか、もう二体は更に小さく半分くらいの大きさで、じゃれついているように見えた。その小さなロボットは、彼女の目の前のロボットを見つけると勢いよく駆け寄って、腕をとると嬉しそうに飛び跳ねて見せる。

 彼女はロボットたちに名前を付けた。最初に現れたロボットにロビン、二回り小さいロボットにはカレン。なんとなく女性っぽく見えたから女性名にしただけで、それ以上深い理由はない。小さなロボット二体にはそれぞれジョージとアラン、なんとなく思いついた名前でこれも特に大きな意味はなかった。

 彼女は名前を付け終わって気が付いた、このロボットたちは家族なのだと。自分と同じように週末を利用してキャンプに訪れた家族、金属の体を持つ家族なのであると。ロビンが父親、カレンが母、ジョージとアランは見た目の区別がつかなくてどちらが年上なのか、あるいは双子なのかはわからないがロビンとカレンの子供たち。

 彼女に笑いが込み上げた、ここは自分がいる世界とは様相が違うのかもしれないが、家族の在り様というのはどんな世界でも同じなのかもしれないと感じたからだ。

 しかし、彼女にはそれが羨ましいとは感じられなかった。彼女の家族に対する印象はわずらわしさしかなかったからだ。厳しく躾けられ、勉強だけを強要された子供時代。それが両親の愛情だったのかもしれないが彼女にとっては苦痛以外の何物でもない、ある意味虐待ととれるものでもあった。だから両親に対する愛情はない、親ガチャでハズレを引いた、親とは自分に指図するものそれ以外ではない、そういう意識しかなかった。

 ロビンは彼女に少し振り向くと焚火の傍に来るよう促した。その誘いに応じて彼女焚火の傍に腰を下ろす。同時にアランとジョージがその姿を興味津々見つめた。その行為をカレンは失礼だと感じたのか、二人を少したしなめたようだった。このロボットたちは、ちゃんと礼儀もわきまえていて極めて知的な文明の中で暮らしている事が感じられた。

 カレンが彼女にカップに入った飲み物を渡した。カップといっても彼らの体格に合わせたものだからどちらかというとその大きさはジョッキに近い。入っているのはコーヒーのように真っ黒な液体で、においを嗅ぐと、かなり油臭く、彼女は少し顔をしかめた。

 その様子を見たロビンはカレンに何事か伝えたようだった。どうやら、この飲み物を彼女は飲む事ができない事を伝えたらしい、カレンは申し訳なさそうにカップを返してもらうと腰を屈めて誤った。しかし、彼女は悪気など感じてはいない、それどころか優しくもてなしてくれようとした事にとても感謝していた。見た目は金属の塊のようだがその心は彼女たち人間と変わらない、優しい物だったのだ。

 ロビンは自分が座る背後のカバンの中から楽器のような物を取り出した。見た感じはサクスフォーンの様な形をしているが仕組みはかなり単純で、演奏するのは易しそうに見えた。そしてロビンは楽器を奏で始める。その音はハーモニカに近い音で心にじんわり染み込んで来る。

 暫くロビンの演奏を聴いていると、頭の中に突然映像が浮かんだ。それは、このロボットたちが暮らしている町の様子に感じられた。

 高い円筒形のビルがいくつも森のように立ち並ぶ都会の風景のようだった。周りは明るいのに空はひどく暗く、星が見え月のような大きな天体も見えた。ひょっとしたら空気が無いのだろうか、月面に降り立った宇宙飛行士たちの写真の映像にとても良く似ているように感じた。

 立ち並ぶビルに向かってロボットたちが群れを成して飛んでいく。彼らは飛行する能力があるらしく、道を歩いているものも少しいるが、どちらかというと空を飛んでいるもののほうが多かった。そして、次々とビルの中に吸い込まれていく。彼女は思った、これはロボットたちの朝の風景、ロボットたちが職場に出勤する光景ではないのかと。彼らはちゃんと仕事を持っていて、勤め先で一日を過ごし、再び家族の元に戻るのだろうか。

 ゆっくりと地平線が赤く染まり始めた。彼女に映像が浮かんで1~2分しか経っていないので夕日ではないと思われた。それは段々大きくなっていき、炎が燃え上がるように空一面を覆っていく。何が起こっているのか彼女には全く想像がつかなかった。周りのロボットたちはその光景を見ても慌てる様子はない、日常茶飯事の現象なのだろうか。炎は地面にも表れ始め、視界いっぱいに広がった。彼女は理解した、これがこの世界の昼間なのだと。

 炎がゆっくりと消え始め、再び空は漆黒を取り戻し、ピンホールから漏れる光のように星たちが現れ、大きな月の姿も見えるようになった。

 ロボットたちが続々とビルの中から出てくる。朝と同じく空を飛び、または道路を歩いてそれぞれ家路いえじについているのであろうか。少しくたびれているようにも見えるその姿に、人間の姿が重なって妙におかしく感じられた。

 場面が変わった。立方体の建物がいくつも並んでいる。大きさはまちまちだが見た目はそれほど変わらなくて迷子になりそうな気がしたが、玄関にある小さな庭の様子や玄関のデザインで見分けることができそうに思われた。壁には四角い窓がいくつかあって、これはどうやらロボットたちの家らしかった。

 玄関に降り立った一体のロボットはドアの横にある呼び鈴を押した。すると、すぐに扉が開き、家の中に招き入れられる。

 場面が家の中に変わる。迎え入れたロボットは軽く抱き合うと別の部屋に向かって消えていった。それと入れ替わりに小さな二体のロボットが現れ、帰ってきたロボットにじゃれつき始めた。彼女は気が付いた。これはロビンたち家族の日常なのだと。平和な、平凡なロボットたち家族の生活。それは彼女が望んだ生活と重なって見えた。両親に甘え、他愛のない会話に安らぎを感じ、触れ合うことで愛を感じる。

 金属の固い体にどんな仕組みの心臓を持っているのか想像できないこのロボットたちは、彼女が育った環境以上に人間らしい生活を送っているのだ。それは羨ましいというより、嫉妬心を覚えるものだった。

 しかし、場面は激変する。突然、空がオーロラのような光で包まれゆらゆらと揺れ始める。そして、地鳴りのような音が聞こえ始めてから暫くすると地面が大きく揺れる。ロビンたちはリビングの中央で抱き合いながら外の様子を伺いつつ冷静な行動をしている。

 揺れが収まるとロビンたちは家の外に出た。周の家からも続々とロボットたちが外に出てきてあるものは空を見上げ、あるものは近所の者たちと集まり何事かを話している。そこに、先程とは比べ物にならないくらい大きな揺れが起こり、地面にはひび割れが走り、あちこちで水が噴き出し、家から炎が上がる。

 尋常な状況ではない、彼女の故郷でも大きな地震で被害を受けたことがあるが、そんなものとは比べ物に名ならない激しい揺れで経験したことがない規模の災害になることは直感的に分かった。空を覆うオーロラの輝きが更に強くなる。地平には炎を上げる街並みが見えた。とてつもない恐怖に襲われ、足が震えた。そこで映像化消えた。

 彼女は気が付いた。ロビンたちはここでのんびりキャンプを楽しんでいるわけではないかったのだ、未曽有の災害を逃れ、ここに避難しているのだ、この家族は被災者なのだと。彼女の心は沼に中に沈んでいくように暗くなっていく、のんびり幸せを噛みしめている訳ではないこの家族にどんな言葉をかけたらいいか、全く思いつかなかった。

 その時、地面が揺れ始め、空に眩いオーロラの幕が閃き始めた。彼女は周りを見渡して林の向こう側に赤い光が湧き始めているのが見えるのに気が付いた。それは大規模な火災のようだった。危険を察したアランとジョージ、そしてカレンがロビンに寄り添い回りの様子を伺い始める。ロビンも同様で事態の把握に全力を挙げているようだった。

 空から何か降り始めた。蛍のように光る小さな粒。それがふわふわと降り注ぎ、幻想的な光景が展開される。揺れが少し収まると、ロビンは寄り添う三体からからゆっくりと離れ、彼女にゆっくりと向き直るとその手を取って、空間の裂け目がある方向に向かって引きずるように歩き始めた。彼女を元の安全な世界に戻そうという意図なことは容易に理解することが出来たが彼女の心は逆流し、必死で抵抗を始めた。

 その感覚がロビンに伝わった。ロビンは歩みを止めて振り返ると彼女をじっと見つめる。彼の顔に目は小さく、丸い点のような物なのだがそれが酷く悲しそうな視線を送っているように感じた。だが、彼女はそれでも抵抗をやめない、心から思いが溢れ出て、止めることが出来ないのだ。平和に幸せに暮らしていたロビン家族、それは彼女の望んだ家族像に極めて近く、そんな家族に不幸が訪れることに納得が出来なかったからだ。

 ロビンは彼女をそっと抱きしめると少しの間動くことをやめた。そして、そのまま空中に浮かぶと空間の裂け目実向かって動き出す。彼女はロビンの腕の中で地上に降りようと藻掻もがいてみたが、がっちりとした金属の腕から逃れることは出来なかった。だが、その逞しいともいえる腕の中で彼女は父親の腕を感じた。世の中の父親が全てこんな丈夫な腕をしているとは限らないが、その腕の中は安らぎを感じる、この安らぎは生まれてから一番の感覚だと思った。

 ロビンは次元の裂け目の前に降りると彼女をその外に押し出した。彼女は外に出されないように必死で抵抗したがそれは儚いものだった。裂け目はゆっくりと閉ざされていく。その中で朧気おぼろげに見えたロビンは微笑んでいるように感じた。金属の顔には表情など浮かべることなどできない筈だが、彼女に向かって微笑んでくれたような気がした。

 空間の裂け目は完全に塞がり、あの世界との接点は立たれた。見上げると夜空には星々が輝き、静けさがあたりを包む。彼女は立ち上がると自分がキャンプしていた場所に向かってのろのろと歩き出した。


★★★


 焚火を復活させて炎を強めにしてみる。熱が体に染み込んできて生き返ったような感覚が訪れる。そして思い浮かぶのはロビンたち家族の姿。彼らはどうなったんだろう、あの世界はひょっとしたら終わりを迎えようとしていたのではないだろうか。だとしたらロビンたち家族は悲劇的な最期を迎えるのだろうか、いや、頑丈そうな体をしていたから簡単に壊れてしまうことはないことを信じたい、ほんの一瞬の出会いだったが、家族の温かさを素直に見せてくれたロビンたちに素直に感謝したかった

 彼女の心にふと両親の顔が思い浮かぶ。自分にとって理想とはかけ離れた両親の姿、だがそれは両親なりの彼女に対する精一杯の愛情なのではなかったのだろうか。彼女の将来を思い、健やかで幸せな人生を送ってほしいと思う両親の思いやり。それが、押し付けで自分の意にそぐわないことだったとしても、両親はそれを正しいと信じ、全力を尽くしたのだ。

 それを、愛として受け入れられないのは十分にわかるし、体験してしまったことはトラウマになってしまうのものだ。

 彼女は思った、この体験は何のためのものだったのかと。神様のせめてものほどこしなのか単なる偶然で意味がないものなのか。意味がないとは思いたくないし、施しなど受けたくない。そう考えたところで突然、彼女の心に両親の顔が浮かぶ。そして思った、会ってみよう、話してみようと。こんなところでうだうだと一人で考えたところで仕方がない、行動あるのみだ。そう思うと同時に、いろんな人の顔が浮かぶ。嫌な奴、邪魔な奴、しかし、そうなのだろうか、彼女の彼女に対する疑問だ。会ってみよう、聞いてみよう、話してみよう。もしかしたら、彼女は自分の意識が変わるのではないかと感じた。それは、ロビンの温かさが変えてくれたと言う実感がある。

 東の空が白む、心にも火が燈る。彼女は焚火を消し、キャンプ道具を車に積み込むと運転席に乗り込みエンジンをかけた。その振動が心地よい、ロビンの腕に抱かれたような気もした。そして思う、少なくとも、嫉むだけの人生はやめようと、希望は儚いものではないと信じて生きようと。


★★★


愛している人が住んでいなかったら、宇宙も大したところじゃない。


スティーブン・ウィリアム・ホーキング

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