第115話 アクアマリンのキス

 修学旅行も二日目に朝を迎え、夜更かししながらもテンションの高い生徒と、騒いでいる生徒の対応で寝不足の教師とのコントラストがはっきり出ていた。

 ただ、まだ若く精力旺盛な百合華は、生徒並みに元気が有り余ってはいるのだが。


 百合華が朝食を食べながら、さり気なく悠の方を見る。


 ユウ君……

 昨日から全然話せてないんだけど……

 ユウ君が他の子と楽しそうにしているのを見ているだけなんて辛すぎるよぉ~


 イチャイチャしたい気持ちを抑えながら何度か悠を見ていると、その愛しい悠と偶然目が合った。


 サッ!

 目が合った瞬間、悠が気まずそうに視線を逸らす。


 あれっ?

 ユウ君……?

 今ちょっと変だったような?

 怪しい…………


 百合華の乙女センサーが緊急事態エマージェンシーを発令する。

 いつもと違う悠の反応に、ヤンデレスイッチが入りそうだ。



 一方、悠の方は――――


 マズい……

 お姉ちゃんと目が合った時に逸らしちゃった。

 ううっ……

 昨夜の中将さんたちのオシオキが後ろめたくて……

 ダメだ、罪悪感に耐えられない……


 一途に姉だけを愛する悠は、自分からしたわけではないとはいえ、他の女子にエッチなオシオキをされたのが後ろめたかった。

 黙っていればバレないはずなのに、全部態度に出てしまってバレバレだ。


 あああっ……

 やっぱり帰ったらお姉ちゃんに謝ろう。

 同級生女子にオシオキされちゃいましたって。

 それで、どんな責め苦でも受けないと……


 自ら姉の嫉妬を増幅させるスタイルだ。

 黙っていれば波風立たないものを、わざわざ姉の嫉妬を増幅させてしまい、キツいオシオキを受けることになってしまう。

 悠がシゴカレマスターたる所以ゆえんである。


 しかし、エッチなラブコメばりにラッキースケベやラッキーオシオキをくらってしまう悠は、まるでラッキースケベオシオキ属性を持つ漫画の主人公みたいだ。




 朝食を食べ終わると、ホテルからバスにのって移動する。

 海岸線沿いの道路を走るバスの車窓から、エメラルドグリーンの海が見え生徒達から歓声が上がった。


 いつも隣をキープしている貴美は、何故か離れて後ろの座席に座っていた。

 昨夜のエチエチハプニングで、色々と暴走してしまったり失言してしまったりで、恥ずかしくて悠と話せていないのだ。


「おい、明石」

「何だ竹川?」


 隣の竹川が話しかけてきた。


「この後の体験ダイビングは楽しみだな」

「ああ、綺麗なエメラルドグリーンの海で珊瑚や熱帯魚が」

「そうじゃなくって、女子の水着だよ」

「ええ……」


 二日目はクラスによってダイビングやカヌーなど体験型の環境学習となっていた。

 悠たちのクラスは体験ダイビングでインストラクターが付いて簡単なシュノーケリング体験だ。


「クラスの女子の水着が拝めるまたとない機会だろが」

 竹川が熱弁する。


「そ、そうだな……」

 軽く同意しながらも、悠は去年の貴美たちと行ったプールを思い出し、腰の奥がゾクゾクと震えた。

 まるで水着女子に攻められまくる体験学習だ。


 後ろから視線を感じ悠が振り返ると、後ろの席の貴美が睨んでいた。


「なっ、何かな? 中将さん……」

「べ、べつに……」

「何か怒ってる?」

「怒ってないし!」


 怒ってるじゃないか……

 やっぱり昨日、お風呂で裸を見ちゃったのが。

 いや、部屋でオシオキされた時に……

 色々ありすぎてヤバすぎる……


「悠のバカ」

「やっぱり怒ってるじゃん……」


 竹川の水着女子への期待と、貴美のピリピリした気持ちと、百合華の疑惑の眼差しと、悠のシゴかれそうな雰囲気を乗せ、混沌とした感情渦巻くバスは海へと到着する。




 春近たちが水着に着替えて施設前の砂浜に集合すると、ここぞとばかりに気合が入った水着姿の女子が集まってきた。

 竹川の期待通り、女子たちが可愛い水着を着て、男子たちのドキドキが止まらない。



「ええ、体験ダイビングの前に注意事項があります――」

 インストラクターの男性が説明する。


 ガヤガヤガヤ――――

 説明中も男子たちが、クラスの女子の水着をチラ見しまくったり、女子たちのおしゃべりで騒がしくなってしまう。



「ちょっと皆! 今回はライセンスの要らないシュノーケリングだけど、一歩間違えば事故にもつながる危険があるのよ! ちゃんとインストラクターさんの説明を聞きなさい!」


 羽織っていた上着を脱いで水着姿になった百合華が前に出て注意する。

 凄まじい迫力の巨乳を包んだビキニ姿の女教師に、生徒もインストラクターも関係者も度肝を抜かれた。


 奇跡のように美しい容姿に、重力に逆らうように突き出た胸、キュッとくびれたウエストからプリッと丸く上がった尻、三角形の黒い布に隠れた股からは、スラっと長くムチムチと完璧な肉付きの脚。

 動く度に巨乳がプルンプルンと揺れ、セクシー過ぎる尻もプリプリと動く。

 どんなグラビアアイドルもセクシー女優も勝てないような、完全無欠で完璧美人で超絶エロい水着姿だ。


「ちゃんと注意事項を守って安全に行わないと、思わぬ事故に遭ったり怪我をしたりと――って、何で前屈みなの! ちゃんと立って聞きなさい!」


 男子が大変なことになってしまい、ほぼ全員前屈みだ。

 普段のスーツ姿でも前屈みになるのに、こんなエロい水着姿は性欲旺盛な若い男子には目の毒だろう。


「インストラクターさん、すみません。うちの生徒が。説明を続けてください……」


 百合華がインストラクターの男の方を向くと、その男も超前屈みになっていた。


「す、すみません! ほんとすみません!」

「あ、あの……」


 ひたすら謝るばかりで、話が進まない。


「やだぁ~」

「ちょっと、男子!」

「さいてー」


 男子も水着姿という事もあり、必死に隠そうと前屈みになり、女子達の批難を浴びてしまう。

 竹川のように女子の水着姿を期待していた男子は、全員百合華の水着姿に悩殺されて完全に虜になってしまった。



 色々あったが説明も終わり、ウエットスーツやシュノーケル、マスク、フィンをレンタルして装備する。

 体験とはいえ用具を装備すると本格的な感じだ。


「あれっ、胸が……」

 百合華のウエットスーツが、胸の部分がきつくてファスナーが閉まらない。


 ジジジジジ――ぼよんっぼよんっ!

 恥ずかしがって早く閉めようとすればするほど、胸が挟まってぼよんぼよんっと揺れまくる。


「あ、すみません。大きいサイズに変えますね」

「はい……」


 インストラクターの男性が、百合華のウエットスーツを脱がそうと手伝っている。

 悠がその光景を見て、思いっ切りヤキモチ焼いてしまった。


 な、ななな!

 なに触ってんだ!

 俺の大事なお姉ちゃんに触るなんて!

 くっそ!

 あの男、許せん!


 下心があるわけではなく親切心なのだろうが、ウエットスーツを脱ごうとフラフラする百合華を支えたりしているのだ。

 自分以外の男が百合華の体に触れていること自体がモヤモヤして我慢できない。

 そして、昨夜自分も同級生女子たちにベタベタ触られたのを思い出して自己嫌悪した。


 あああ……

 俺のバカバカ……

 お姉ちゃんが怒るのも理解できるぜ。

 もう、帰ったら超オシオキスペシャルをしてもらおう……


 実際はオシオキされたくてたまらない気もするのだが。



 サブゥゥゥゥーン!

 シュノーケルを付けて水中を移動する。

 フィンを付けた足でキックすると、水中を滑るようなスピードで進んで行く。


 海中は、まるでアクアマリンのような色の透明度で、鮮やかな模様の魚たちが泳ぎ、海面方向を見るとゆらゆらと揺れる天井のようだ。

 クラスメイト達も、インストラクターの指導に従い楽しんでいる。



「あれ? ちょっと流されてる?」

 悠がクラスの集団より少しだけ離れてしまう。


「明石君、あまり離れると危険よ。戻りなさい」

 百合華が声をかけ近寄ってきた。


 引率教師として生徒を見守っていたのだが、悠が離れてしまったので追いかけてきたのだ。

 専用のビーチで遠浅となっており足は着くので危険は少ないのだが。


「はい、お姉……先生」


 悠が戻ろうとした時、百合華が水中で手を掴んだ。


「えっ?」

「ユウ君、シュノーケルを外して海に潜って」

「ん?」


 何のことだか分からず言う通りにする。


 ザブンッ!


「ちゅっ!」


 顔を水に浸けた瞬間、水中で百合華がキスをした。

 皆の位置から角度的に見えないようにして。


 ほんの少しだけ、くちびるとくちびるが優しく触れるだけのキス。


 出発前に家を出る時キスしまくったのだ。

 旅行中はキスできないからと百合華が駄々をこねて。

 まさか旅行中に、こんな不意討ちでキスをしてくるとは思ってもいなかった。


「早く戻りなさい」

「は、はい……」


 水面に出た時には、女教師の顔に戻った百合華がいた。

 そのまま完璧美人な女教師になって皆の方へと戻って行く。


「え、えええ……」

 悠が茫然と姉を見送る。


 おおお、お姉ちゃん!

 不意討ち過ぎるよ!

 お姉ちゃんのくちびる……柔らけぇ~

 うわああ!

 こんな興奮させたら夜眠れないだろが!


 ――――――――




 体験ダイビングも終わり、バスは次の観光地へと到着した。

 施設内を見て回り、悠がお土産コーナーで一人見ていると、後ろから貴美が違づいてきた。

 途中までは、少しだけ余所余所しかったのだが。



「う~ん、紅イモのお菓子も美味そうだし、黒糖のお菓子も美味そうだし、こっちのちんこ……ちんすこうも美味そうだぜ」


「悠」

「うわぁ!」

 真剣にお菓子を選んでいる時に声をかけられビックリする。


「えっ、中将さん?」


 貴美は、少しモジモジしながら話し出す。


「えっと、あの……昨日はごめん」

「えっ、いや何も……悪いのは俺の方だし。お風呂を間違えて……」

「あっ、そうよ! あんた私の裸見たでしょ!」

「えええ……」


 謝ってきたのかと思ったら、やっぱり怒られた。


「じゃなくて……夜、ちょっとやり過ぎちゃったかなって」

「う、うん」


 貴美は恥ずかしそうに前で合わせた手の指をクネクネ動かしている。


「そ、そりゃ裸見られて怒ってたのもあるけど……冷静になってみると、私たちの方がエッチだった気が……」


 確かにエッチ女子だ。五人同時にエチエチ攻めとかハレンチ過ぎだ。

 あのまま百合華が来なかったら、更にエスカレートしていたかもしれない。


「別に怒ってないよ。中将さんたちには助けてもらったし。あのままだったら本当にポリスメン……じゃない事案発生に。それに、中将さんのお尻が顔に――って、痛っ、痛たたっ!」


「あんたねぇ……」

 脇腹をつねられる。


「もうっ、これからはちょっとだけ優しくしてあげようかと思ったのに」

「いや、それだと中将さんらしくないから、今まで通りで大丈夫だよ」

「はあ? やっぱりあんたってムカつく!」


 いつもの調子が戻った貴美。

 いざ優しくしようと思っても、悠を見ると体の奥からウズウズとした嗜虐心が溢れ出し、どうしても攻めたくなってしまう。

 ずっとこんな感じな関係だったのだから。


 そんな、それぞれの感情を乗せて修学旅行二日目が過ぎようとしていた。

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