第116話 青き月明りの誓いと、ポンコツバレするお姉ちゃん

 修学旅行二日目の予定も終了し、悠は海沿いのホテルでゆっくりしている。夕食と入浴も終わり、消灯時間まではのんびりできるようだ。

 今日はラッキードスケベも起きず、平和な夜を迎えようとしていた。



 夜風にあたろうとしてホテルの玄関を出た悠が呟く。


「波の音が聞こえる……」


 夜になり交通量も減ったホテル前の道路は、寄せては返す波の音が聞こえていた。

 波の音に雑じり、微かに弦楽器のような音も聞こえている気がする。


「消灯時間までに戻れは良いよな。ちょっと散歩してみよ」

 そのまま道路を渡り砂浜の方へと向かう。


 木々の間の道を入るとビーチになっているのか、綺麗な砂浜が月明りに照らされ幻想的な雰囲気に包まれていた。

 ちょうど入れ違いなのか、三線さんしんを持った若者とすれ違う。

 月明りの下で弾いていたのだろうか。


「地元の人かな? 砂浜で楽器を弾くとか気持ちよさそうだな」


 砂浜を少し歩くと、屋根付きのベンチがあった。

 三方を壁で囲まれていて、休憩するにはもってこいだ。


「気持ち良い……夜の海で波の音を聞きながらなんて、贅沢な時間だぜ」


 いつもならスマホでゲームをするところだが、今夜は少しロマンティックになって波の音を聞いている。


 ガサッ!

「うわっ!」

「きゃあっ!」


 突然足音がして悠が驚くと、相手も同時に驚いて声を上げた。


「あ、あれ? お姉ちゃん……?」


 月明りに照らされた顔は、忘れもしない大好きな姉だった。


 仄かに青白く夜の闇に浮かび上がる百合華は、神話に登場する女神のように幻想的な美しさだ。

 煌くような大きな瞳、鼻筋が通った綺麗な鼻、形良く柔らかそうなくちびる、超美人でありながらも少し愛嬌のある輪郭。

 全てが美しく愛おしい人。


「ユウ君、びっくりさせないでよ」

「いや、お姉ちゃんこそ。急に出てくるから」

「私は見回りなの」


 どうやら、夜の見回りでホテルの周囲を歩いていたらしい。


「まだ消灯時間までは良いでしょ」

「うん、コンビニに行ってる生徒は多いけど、海に来てるのはユウ君だけみたい」


「綺麗な海だね」

「ふふっ、ユウ君と二人で夜の海だぁ」


 自然と並んで海を見つめる二人。

 ロマンティックな雰囲気で、ラブラブモードに移行しそうでちょっと危険だ。


 修学旅行中にエッチするのはアウト過ぎて、悠が何とか話題を変えようとする。

「そういえば、この海沿いの道路はいい感じだね」


「この58号線は、那覇からずっと北上して、海を通って奄美大島と種子島も通って鹿児島まで続いているんだよ」


「ええっ、海の上は道が無いよ」

「フェリーとか?」

「海の上も国道なのか……」


 ザザザァ――ザザザァ――


「…………」

「…………」


 話題を変えたはずなのに、やっぱり夜の海の雰囲気でラブラブモードになってしまう。

 昼間に海の中でキスをされ気持ちも昂っていた。


 ううっ……

 滅茶苦茶キスしたい!

 でも、我慢しないと……


 悠が百合華の方を向くと、姉がとろとろに蕩けていた。

 風呂上りなのか、髪がしっとりして凄い色気だ。

 完全にキス待ち状態になっている。


「キス……したいな。ユウ君」

「だ、ダメだよ。修学旅行中だし」

「え~っ、ちょっとだけだよぉ、さきっちょだけ」

「余計にダメだよ」


 こんなロマンティックな場所でイチャイチャしたら良い思い出になりそうだが、誰かに見られたらと思うと危険過ぎて躊躇ちゅうちょしてしまう。


「最近のお姉ちゃんは大胆過ぎるよ。外では控えないと」

「むぅ~、そうだけどぉ」

「そうそう」

「じゃあキスだけ」

「ううっ……キスだけ……なら」

「やったっ!」


 悠は、立ち上がると周囲をキョロキョロと確認する。

 誰かに見られたら大変だ。


「よし」


 誰もいないのを確認すると、百合華を抱き寄せる。

 ふわっとシャンプーの匂いがして、一気に気持ちが昂ってしまう。


「お姉ちゃん……」

「ユウ君……」


 刹那のようで永遠のような、時間が止まったような感覚で見つめ合う。

 まるで、世界に二人しか存在しないかのように。

 家から遠く離れた南の海で、周囲を壁に囲まれたベンチで抱き合い、映画のワンシーンのようなキスをした。


「んっ、ちゅっ……んぁっ、ちゅぷっ……」


 お姉ちゃん……

 大好きだ……

 これからもずっと……

 永遠に……


 強く抱きしめる――――


 もっと……

 もっと強く抱きしめたい。

 誰にも触れさせないように。

 誰にも渡さないように。

 俺だけの百合華でいて欲しいから。



 キュン♡ キュン♡

 予想外にギュッと強く抱きしめられて、百合華の胸がきゅんきゅんしまくって壊れそうになってしまう。


 んんんぁあ……

 だめぇ……

 我慢できなくなっちゃうよぉ……

 ユウ君のこと大好きぃ~

 だめだぁ……

 最近、もっと好きになっちゃってる……

 このままだと歯止めが利かないかも……


 ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――



 このままずっと抱き合ってキスしていたいとろだが、そうもいかず何度も躊躇ためらいながら体を離す。

 そのまま少しだけ見つめ合った。


 悠は、姉が自分より背が低いことに今更ながら気付いた。


 いつからだろう。

 出会った時は、俺よりずっと背が高くて……

 大人の女性だと思っていたんだ。

 でも、俺も成長して大人になって……


 ずっと優しく俺を見守ってくれた大切な女性ひと

 これからは俺が守らないと。

 例えどんなことがあったとしても。

 俺が、この大好きな女性ひとを、全ての災いから守ってみせる!



「お姉ちゃん、そろそろ戻ろうか?」

「うん、そうだね……」



 一緒に戻るとあらぬ誤解を招いてしまいそうで、先に百合華をホテルへ行かせる。

 前を歩く百合華を見つめる悠は、やがて訪れるであろう周囲からの反対に対し、必ず姉を守りきろうと心に固く誓っていた。


 ――――――――




 ホテルの戻った悠がロビーを歩いていると、ゲームコーナーにいる竹川たちを見つける。

 少しレトロな感じのテーブル筐体きょうたいには、有名な格闘技ゲームが入っていた。


「これ、俺らが生まれるまえに流行った格ゲーだろ」

 ゲームで盛り上がっている竹川と関谷の後ろから声をかけた。


「おっ、明石どこ行ってたんだよ。今、『ワールド拳闘士ⅡEX』で勝負してるとこだぜ」


 ワールド拳闘士ⅡEXとは――

 世界的にファンが多い、往年の超有名ゲームである。

 現在ではキャラが3Dとなり、ワールド拳闘士Ⅵタクティクスとしてシリーズ化していた。


「良いな、俺もやろうかな」

「勝負だ、明石!」

「おう」


『Fight!』

『とうっ! とうっ! うぉぉぉあぁぁぁっ!』


 ゲームで盛り上がっていると、百合華先生が歩いてきて後ろに立つ。

 暫くゲームを見つめているのだが、超魅惑的な女教師に接近され、悠だけでなく竹川も関谷も緊張してドキドキしてしまう。


「あ、あの、先生。何か?」

 顔を赤らめながら竹川が百合華に声をかけた。


「そろそろ消灯時間が近いわよ」

「はい、時間までには部屋に戻ります」


 さっき熱烈なキスを交わしたのを思い出して、悠も百合華も意識してしまって顔が緩むのを必死に堪える。

 悠の背中にだけ、百合華の愛の波動をビンビン感じてしまうのだ。


 暫く百合華が画面を覗き込んでいると――


「あの、先生もどうですか?」

 普段は大人しい関谷が、まさかの百合華先生を誘ってしまう。


「えっ、私?」


「お姉ちゃんはゲーム下手糞だからダメだよ」

 悠が、先生と呼ぶのも忘れてディスる。


「ちょっと! 聞き捨てならないわね! これくらい昔やったことあるんだから!」


 やめとけば良いのに、悠の一言でムキになってしまう百合華。

 この後、悠の予想通りになる未来しか浮かばない。


「年下の男子なんかには負けないわよ」

 何故かドヤ顔になって対戦側のイスに座る。


 外では完全無欠の百合華が、家でのポンコツっぷりを披露してしまいそうで、悠は余計な発言をしたことを悔やむ。


『Fight!』


「いくわよ!」

 ガチャガチャガチャ!


『とうっ! とうっ! 鬼神王電撃旋風拳デモニックライトニングストライク!』

 スババババババババァァァァ!!


『うぉぉぉあぁぁぁっ!』


 最初の意気込みは何だったのか、百合華のキャラは一方的にボコボコにされてしまった。

 教え子の年下男子にボコボコにされて恥ずかしさで怒り出す。


「ずるい! 必殺技とか反則だよ! 今の禁止!」

「えええ……ずるいとか言われても……」


 百合華に怒られ、竹川も関谷もビックリしてしまう。

 普段の怖くて厳しめの凛とした女教師とは大違いだ。


 結局、年下男子三人と対戦して、全員からボッコボコにされ赤っ恥になってしまった。

 怒りより恥ずかしさで体をプルプルさせて真っ赤になる百合華。


「あの、お姉……先生……そろそろ消灯時間が」

「ダメ! もう一回やるのっ! 私が勝つまでやるのっ!」


 悠の予想通りに、いつものポンコツっぷりを披露してしまった。真っ赤な顔で腕をジタバタ振っている。

 しかも、ちょうどロビーを通りかかったクラスの女子たちにまで見られてしまう。


「あれっ、先生」

「きゃぁ~先生、超かわいい~」

「いつもと全然違いますね」

「そっちの方が絶対かわいいのに」


 ゲームで負けて駄々をこねている姿を見られて、真っ赤になって誤魔化そうとするポンコツ姉。


「ち、違うのよ。ちょっとムキになっちゃっただけなの。いつもはこんなんじゃないのよ」


「先生、赤くなってるぅ~」

「ちょーかわいいです」

「百合華ちゃんって呼んで良いですか?」


「だ、ダメに決まってるでしょ! もう消灯時間よ、戻りましょう」


 少し怖がられていた百合華先生が、意外と親しみやすい性格だったのが判明し、生徒からの人気が更に上がってしまう。

 魅惑的で女王然とした容姿だけでなく、性格も可愛いことがバレてしまい、男子も女子も今まで以上に虜にしてしまったようだ。


 ただ、悠だけは、自分だけが知っている本当の姉が知られてしまい、思い切りヤキモチを焼いてしまうのだった。

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