第94話 メイド喫茶の女教師

 滞りなく準備も進み、文化祭当日となった。


 とは言え、途中で練習と称して女子の家に集まり、悠が実演してカレーやパンケーキを作ったのだが。クラスの女子の信頼は得たのだが姉の嫉妬は増幅させ、ちょっとだけ厳しめのオシオキを受ける事になってしまう。


 まあ、お互い身を焦がすようなほどに大好きな想いを溜め込んでいる二人にとっては、どちらもオシオキを期待してしまっているのだが。



「おっ、教室の内装が綺麗になってる」

 クラスに入った悠が驚く。


 男子を中心とした内装班や機材班が、遅くまで残ってクラスの装飾や機材の設置をしたようだ。


「うううっ、明石が女子とキャッキャウフフしていた頃、俺達は体力仕事をしていたんだよ。おまえが羨ましいぜ」

 やっぱり竹川が羨ましがっている。


「いや、でもSっぽい女子に攻められたりするんだぞ」

「もうこの際はドSでも怖い女子でも良いからイチャイチャしたいぜ」

「竹川もヒルデギュート推しになるのか?」

「そこはソフィアちゃん似の女子で頼むわ」


 怖い女子でも良いと言いながらも、やっぱり好みにはうるさかった。



「ほらほら、準備するわよ」

 アニメの話しをしている二人に、少しジト目の貴美が言った。


「私達はメイド服に着替えるんだから、男子は外に出てなさいよ。来場客にビラでも配って宣伝するんでしょ?」


 登校してきた女子が教室に入り着替えをするようだ。

 一応カーテンや仕切りで区切った場所があるのだが、女子たちが男子を部屋から追い出そうとする。


「人使いが荒いぜ」

 竹川がやれやれといった顔をしている。

 さっき『怖い女でも良い』と言ったのは忘れているようだ。



 ガシッ!

 悠も男子と一緒に教室を出ようとするが、女子達に捕まってしまう。


「明石君は料理の仕込みがあるでしょ」

「えっ、で、でも……女子の着替えが……」

「仕切りがあるから大丈夫よ」


 荷物を置いたり着替えたりするスペースは作ってあるが、狭いので全員は入れずスペース外で着替えている女子もいた。


「きゃっ、明石君のエッチぃ~」

「やだぁ~男子が一人いるわよ」


 女子達から、からかう声が上がる。


「ほ、ほら、やっぱり俺は出てるよ」

「いいからいいから」


 悠が出ようとするが、調理班の女子が引き留める。


「みんなーっ、明石君は調理班の準備があるから良いよね?」


「じゃあ、しょうがないか」

「まあ、明石君になら見られても良いかも」

「きゃははっ、明石君ってば顔赤いよ」


「くっ……何でこのクラスの女子はこうなんだ」

 大胆な女子達に、やっぱり悠の方が恥ずかしがってしまう。


「明石ぃ、あたしの見せてやんよ」

「明石君、私の着替えは見ないでくださいね!」


 真理亜と葵にまで絡まれる。



「み、見ないから! もう早く作ろうって……あれ? ガスコンロは温めだけで、カレーの調理は調理室を使った方が良いのでは?」


「しまった、気付いちゃったか」


 いつの間にか沙彩が隣にいて残念がっている。

 ただ、悠の恥ずかしがる顔を見たかっただけのようだ。


「もう、冗談やってないで早く調理室に行くよ」

「分かってるって」


 既に沙彩が食材や鍋や包丁を持ち準備していた。

 ドリンクやスイーツの準備は他の女子に任せて、悠は沙彩と一緒に女子だらけの教室を出て調理室へと急ぐ。




 サクサクサクサク――――

 トントントントン――――


 調理室には他のクラスの生徒も多く混雑していた。

 二人でジャガイモやニンジンとタマネギの皮をむき手早く包丁で切る。

 開店まで間がないので急ピッチだ。


「明石君のそういうところを見ると、貴美が嫁に欲しがる気持ちが分かるよ」

 隣で作業している沙彩が呟いた。


「いや、冗談でしょ。女子って男らしい人が好きみたいだし」

「まあ、一般的にはそうかもね」

「だろ」

「でも、中には明石君みたいな人を好きな女子もいるかもよ」

「そうかな……ふふんっ」


 ちょっと嬉しそうな顔になる悠を見て、沙彩は『単純な男』と思った。

 ただ、『そういうところも嫌いじゃないよ』と付け加えて。


 ――――――――




 二人がカレーを完成させ教室に戻ると、開店準備は整い女子がメイド姿になっていた。

 いつもと違ってメイド姿の女子達が可愛く見えてしまう。


「「「うおぉぉぉぉぉぉ!」」」


 男子達から歓声が上がる。

 クラスの人気女子のメイド姿で勝手に盛り上がっていた。

 特に美しい黒髪ロングの葵人気が凄い。



 お、落ち着け俺!

 女子にデレデレしていたら、お姉ちゃんの嫉妬が……

 ここは平常心で行かないと。


 メイドが好きなだけで他の女子が好きなわけではないのだが、姉に誤解される行動はしてはならないと、悠が顔を引き締めた。


「ね、ねえっ、似合うかしら?」

 悠が女子をジロジロ見ないようにしていると、少し恥ずかしそうな表情をした貴美が声をかけてきた。


 いつも気が強くて怖そうなイメージの貴美が、ヒラヒラのメイド服を着て恥ずかしそうに立っている。

 それは本当に貴美なのかと目を疑うほど、まるでアイドルのように可愛くなっていた。


「あれっ、あの中将さんが可愛いだと」

 気をつけるつもりだったのに、悠が本音を漏らしまくる。


「え、ええ……かわっ、可愛いだなんて……」

 更に顔を赤くする貴美。

「って、ちょっと待って! 『あの中将さんが』って、それっていつもは可愛くないってことでしょ!?」


「あ、やべっ」

「こらっ! 悠!」


 貴美に捕まり腕を掴まれる。


「貴美。もう始まるよ。イチャイチャするのは後にして」

 ニヤニヤしながら歩美がツッコみを入れた。


「い、イチャイチャしてないから! アユ!」

「ふふっ、そういうことにしといたげる」

「もおっ!」


 怒っているようで満更でもない感じの貴美だった。




 ビラ配りの成果なのか、開店と同時に大繁盛となった。

 やはり、リアルJKのメイド喫茶とあって、学園の生徒だけでなく近隣の男子生徒も、女子目当てに集まっているようだ。


「明石君、カレー3皿」

「はい」


 悠の作ったカレーは思いのほか好評で、鍋いっぱいに作ったカレーは残り少なくなっていた。


「明石君のカレー好評だね」

 隣でクレープを作っている沙彩が言った。


「普通に市販のルーを使ったカレーなんだけど」

「明石君の腕が良いとか?」

「いや、JKメイドが接客すれば何でも美味しいだろ」

「なにそれ、ふふっ」


 少し苦手だった沙彩とも、慣れてきたのか自然に話している。

 心なしか沙彩の悠に対する扱いが良くなっている気がした。


 ――――――――




 そのまま何も問題無く終わるのかと思われたが、何やら女子達が騒ぎ始めている。

 それは交替して休憩していた悠の耳にも話が伝わってきた。


「何かあったの?」

 悠が、バタバタしている女子に聞いた。


「それが大変なの。午後は部活の出し物に行く子が多くてメイド足りないのに、綾が階段で滑って捻挫ねんざして病院に運ばれたって」


「それは災難な……」


「おかげでメイドが全然足りないの。他の子に声かけたけど、皆用事があるとか彼氏と回るだとかで」


「他に誰か代われる人は……」


 少し考えていた女子が、急にハッとなる。

「そうだ、明石先生にやってもらおうかな?」


「は?」


 悠がビックリしていると、既に女子達が百合華のところに集まってお願いしていた。



「明石先生、お願いします」

「緊急事態なんです」

「少しの間だけで良いですから」

「もう明石先生しかいないんです」


 女子達に頭を下げられて百合華が困っている。


「私じゃ似合わないわよ」


「そんなこと無いです。先生、すっごく綺麗だし」

「そうそう、すっごい美人だから似合いそう」

「きっと男性のハートを釘付けですよ」


「そうかしら……」


「「「そうそう! 先生に堕とせない男なんていません」」」


「もう、ちょっとだけよ」

 百合華が受けてしまった。



 ちょおぉぉぉぉぉぉーっと待て!

 なに勝手に安請け合いしてるの!

 俺だけのお姉ちゃんなのに、他の男にジロジロ見られちゃうだろ!


 何かもう悠の中にまで嫉妬の炎がメラメラしてしまう。

 やっぱり似た者姉弟なのだ。



「悠……明石君、着替えるから手伝ってちょうだい」

 メイド服を持った百合華が悠に声をかけた。


「えっ?」

「ここじゃ人が多いから着替えられないでしょ。行くわよ」


 悠を連れて教室を出る。


「お姉……先生、何処に行くの?」

「女子更衣室よ」

「ちょ待て、男子が入っちゃマズいだろ」

「私の指示なのだから大丈夫よ」

「ううっ、何か嫌な予感しかしねぇ……」



 バタン!

 百合華と一緒に禁断の花園である女子更衣室に入る。

 中は誰も居らず静まり返り、ドアの向こうの廊下から通り過ぎる人の声が聞こえた。


「さて、先ずどうすんだ?」


「ゆゆゆ……ユウ君! はあっ、はあっ、お、お姉ちゃん限界かも」

「待て待てぇい! いきなり発情すんな!」

「くっ……ユウ君と二人っきりで、ちょっと取り乱しちゃったわ……」


 ドアを閉めた瞬間に、もう百合華の目が妖しかったのだが。

 校内で不謹慎な事は厳禁なのだ。


「と、取りあえず着替えるから手伝って」

「うん……って、何を手伝うの?」

「背中のファスナーを上げてくれるだけで良いから」


 そう言うと、百合華がスーツを脱ぎ始める。

 ブラウスが胸でパツパツに盛り上がり、ブラの柄を薄く透けているのがたまらなくセクシーだ。


「マズいって、何だこの状況……」

「ユウ君、いつも家で見てるでしょ」

「いやいやいや、いつもと違うって!」


 神聖な校舎の女子更衣室で百合華と二人。

 少し火照ったカラダの百合華から、ムラムラとたまらないフェロモンが放出されまくる。

 予期せぬトラブルで禁断で背徳的な状況を作り出してしまったのだ。


 まさかのメイド服で百合華が給仕することに。若干、メイド服を着て悠に『可愛い』と言ってもらいたいだけの気がするが。

 トラブルの予感しかしないイベントが始まろうとしていた。

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