第93話 メイドにはちょっと拘るお姉ちゃん

 長く続いていた残暑も収まり、秋の深まりを感じさせる頃、教室の中では生徒達にとって一大イベントの投票が行われていた。

 文化祭の出し物である。


「やっぱりメイド喫茶だよな」

「お化け屋敷でしょ」

「演劇が良いと思います」

「先生は執事喫茶が良いと思います」

「それ、花子先生がやりたいだけでしょ」

「そ、そうです……」

「「「はははっ」」」


 皆のやりたい企画が多くて意見がまとまらない。

 若干、担任教師がやりたい企画が混じっているが。


「末摘先生……」

 百合華が花子を見つめる。


「ね、狙ってません。悠君の執事姿なんて狙ってませんよ。師匠」

 花子が小声で弁解するが、やっぱり狙っているようで怪しい。



 そして、紛糾の結果――――

 投票でメイド喫茶に決まった。


「次に実行委員と役割分担を――」


 決まってしまえば後はサクサクと進み、クラス委員長がテキパキと決めている。

 保健所への申請、装飾班、機材班、調理班、そしてメイド班。

 話がメイド服の話になる。


「レンタルで良いんじゃね?」

「ド〇キや通販で安いのあるっしょ」

「どうせやるなら本格的なのが良いと思う」

「何でもいいじゃん」


 カツンッ!

 何故か百合華が前に出る。


「なんでもよくはないわね。やはりメイド服の基本といえば、英国ヴィクトリア朝の伝統的なものをアレンジしたクラシックタイプや、日本のメイド喫茶でよく使われているミニスカタイプのものや、はたまた大正ロマン風の袴などを使った和風タイプなど色々あるのよ。頭の装飾もモブキャップやホワイトブリムなど――」


 メイド服と聞いて、コスプレに拘りのある百合華が黙っていられなかった。

 つい生徒の会話に参戦してしまう。


「明石先生ってメイドに詳しいんですか?」

 生徒が食い付いてしまった。


「ん、んんっ……前に英国の文化を研究した事があったのよ。割り込んでごめんなさいね」

 英国文化に詳しい事にして誤魔化した。



「さすが師匠。メイドにも詳しいんですね」

「いえ、人並み程度ですよ……」


 花子まで食い付いてしまう。



 お姉ちゃん!

 危なっかしいよ……

 家でコスプレしているのがバレたらどうするんだ……


 悠が心の中でツッコむ。

 外では完璧美人を演じている百合華だが、たまにボロが出そうで怖い。

 校舎内で一瞬二人っきりになった時などに、姉の目が妖しく光るのを何度も感じていた。




 そして、それぞれの担当が決まったのだが、悠は女子だらけの調理班になってしまう。

 自ら姉の嫉妬を増幅させるスタイルだ。


「あはははっ、さすが悠。期待を裏切らないわね」

 さっそく貴美が絡んでくる。


 貴美や葵は男子の推薦もあり、速攻でメイド役に決まっていた。

 男子は機材班など機材の調達や教室の内装準備などが多かったのだが、沙彩が『明石君は料理が得意です』と言い出して、男子で一人だけ調理班になってしまう。

 一緒に調理をしたい沙彩の計画通りだったりする。


「明石、俺はおまえが羨ましいぜ」

 力仕事を担当になった竹川が、心底羨ましそうに言った。


「いや、どこがだよ。女子の中に男子一人って心細いんだけど」

「何言ってんだよ。ハーレム状態で最高だろ」

「竹川よ……おまえは女子の怖さを知らない……」


 ドS女子ばかり寄ってくる悠には、女子の怖さが身に染みていた。


「ふふっ、良いじゃないの。あんたは調理場でも女子にシゴかれちゃいなさいよ」

 目をギラギラさせた貴美が嬉しそうだ。


「明石君、さっそく今日の放課後にメニュー決めでフェミレスで会議ね」

 沙彩が入ってきた。


「分かった」

「ふっ……楽しみ」

「あ、東さん、何か怖いって」

「まあ、冗談はさておき、調理は期待しているわよ」

「うん、頑張るよ」



 林間学校で同じ班になって以来、悠を気に入ってしまい親しげな沙彩を見て、貴美は少し不安になってしまう。

 そんな貴美の気持ちを理解しているのか、沙彩が貴美に小声で話しかける。


「告白しないの?」

「ちょ、違うから。そんなんじゃないし」

「しないなら、私が取っちゃうかも?」

「サーヤ!」

「冗談。でも、誰かに取られてからじゃ遅いよ」

「今のままの関係がちょうど良いのよ。それに、悠は私を見てないし」

「そう……」


 いつも強気な貴美だが、意外と恋愛には臆病だった。

 もし告白したら、今の心地良い関係を壊してしまうかもしれない。

 だったら今のままの関係でいた方がと――


 複雑な感情のもつれを内包したまま、時は放課後となり各担当毎に準備を進める事となる。


 ――――――――




 悠は女子達と一緒にファミレスに集まり、ドリンクバーを飲みながらあれやこれやと話し合う女子を眺めていた。

 メイド喫茶で出すメニューを決めているのだ。


「やっぱりオムライスでしょ」

「カレーも良いよね」

「焼きそばとか、たこ焼きとか」

「ショートケーキ」

「ドーナッツとか?」


 女子たちが盛り上がる中、悠は男子一人で居心地が悪い。

 アニメや漫画で憧れのハーレム展開なのに、現実リアルでは物怖じしてしまうものなのだ。


 くっ……

 女子達がキャッキャしてるのに入りづらいぜ。

 どうして俺は女に囲まれてしまう運命なのか。


 竹川あたりが聞いたら羨ましがりそうなことを考えていた。


「ちょっと、明石君は何か意見ないの?」

 女子の一人が悠に話を振る。


「えっ、俺?」

「何か案を出してよ」


 これ、本気で話しちゃって良いのかな?

 色々言いたいことは多いのだが……


「えっと、先ず予算も限られているし調理器具の数も少ないのだから、料理系は数を絞った方が良いと思う。当日はオーターが一度に入ると調理が間に合わなくなるかもしれないから、カレーのような先に調理しておいてすぐ出せる料理が良いかも。あと、揚げ物は油を使うから、危険で許可が下りない可能性もあるし。スイーツはカップケーキのような作り置きができるものや、パンケーキのようにホットプレートなんかで作れるのが良いと思う。アレンジしてパンケーキやクレープにホイップクリームでデコレーションして、チョコチップやフランボワーズを乗せれば見栄えも良く可愛いのが作れそうだよ」


 シィィィィーン――――


 あ、あれ?

 変なこと言っちゃったのか俺?

 皆の反応が……

 学園ものアニメの知識や、普段料理している経験を語っただけなのに。

 ううっ、だから女子は苦手なんだ……


 失敗したと思った悠だが、女子達から予想外の反応が起こる。


「それ、良いかも!」

「明石君すごい!」

「確かに明石君の言う通りだよね」

「だよね、教室で作るとなると限られるもんね」

「良かったぁ、明石君がいてくれて」


 皆、好意的に受け取ってくれて、メニューを決めてパンケーキやクレープのデコレーションの話で盛り上がっている。


 え、ええっ、何か好印象?

 良かった……

 女子を敵に回してハブられたらどうしようと思ってたけど。

 何とか上手く行ったみたいだ。


 ホッと胸を撫でおろす悠に、隣の沙彩が話しかける。

「明石君、やるわね」


「東さんに褒められるなんて……今日は雷撃の槍の雨でも降るのか?」

「ねえ、私のことバカにしてる?」

「いいい、いえ、滅相も無い」



 女子より女子力高そうな悠により、文化祭のメニューも無事決まりファミレスを後にする。

 心なしか来た時よりも、女子達の悠に対する扱いが良くなっている気がした。


「こういうのって文化祭っぽくて良いよね」

「だよね~」

「明石君のおかげで助かっちゃった」

「明石君って、頼りない感じだと思ってたけど、実はけっこう頼りになるんだね」


 総じて女子達の悠に対する好感度が上がったようだ。


「良かったね。選び放題? エッチ(ぼそっ)」

 後ろから耳元で沙彩が囁く。


「え、選ばないから。エッチじゃないから」

 悠が否定する。


 何やらニヤニヤとした不敵な笑みを浮かべた沙彩が話し出す。

「ねえ、明石君って、女子が近付くと真っ赤になるよ」


「えっ、ホント?」

「きゃぁ~純情なの?」

「ホントだ、赤くなってるぅ~」

「やだぁ、もしかして女子に免疫ないの?」


 沙彩の言葉で女子達が一斉に近寄ってきた。

 姉と毎日イチャイチャしているはずなのに、やっぱり初心うぶな感じが抜けない悠なのだ。赤くなって照れてしまい女子たちを喜ばせてしまう。


「ううっ……勘弁してくれ……」

「ホントは嬉しいくせに」


 女子に攻められるのがクセになるつつある悠に、調教ポイントを押えまくっている沙彩。

 準備段階からしてシゴかれそうなのに、本番はどうなってしまうのか。

 ちょっとだけ女子達から好印象になった悠は、無事文化祭本番を乗り切ることができるのだろうか。


 ――――――――




「ただいま」

 悠が玄関に入る。


「おかえり、今日は遅かったね」

 百合華が出迎えてくれる。


「うん、今日は文化祭の準備で」


 荷物を片付け制服を着替えたり、色々落ち着いてからからリビングに入る。

 もし、オシオキになった時に為に準備万端だ。



「準備って、調理班の?」

「うん」

「女子だらけの?」

「うん」

「ユウ君のエッチ」

「ううぅん?」


 やっぱり女子だらけの班でヤキモチ焼いているようだ。


「でも、メニューも決まったから良かったよ。普段料理しているのが役に立ったみたい。お姉ちゃんのおかげだよ」


 悠が百合華にお礼を言う。

 小さな頃から姉のお手伝いで料理をしたのが役に立ったのだから。


「うふふっ、ユウ君、頑張ったんだね。凄く嬉しそうな顔してるよ」


 自分のことのように嬉しくなった百合華が、頭をナデナデしてくれる。


「ユウ君、えらいえらい」

「子ども扱いしてる?」

「してないよぉ、可愛がってるんだよ」

「なら良いか」

「そうだよ、ほら、キスしてあげる。ちゅ~っ」

「んっ……」


 何度も数え切れないほどキスしているのに、やっぱり顔を赤くしてしまう。

 そんな悠が、百合華を更にドキドキさせてしまい、やっぱり甘えまくってしまう。


「ちゅっ……んっ……ユウ君」

「お姉ちゃん……」

「ふふっ、ユウ君が頑張ってると、お姉ちゃんも嬉しいよぉ」

「お姉ちゃんが嬉しいと、俺も嬉しい」

「えへへ~ぎゅぅぅ~ってしてあげるね」

「うへぇ……気持ええ……」


 百合華のぎゅぎゅっとするハグが最高に心地いい。


「じゃあ、ユウ君。ご飯にする? それともオシオキ?」

「おいっ!」


 やっぱりオシオキは外せないようだ。

 食事をするようにオシオキしたい姉なのだ。


「今の流れでオシオキなのかよ!?」

「だぁってぇ、オシオキしたいんだもん」


 ちょっと上目遣いでオシオキおねだりの姉。


「くそっ、姉が可愛すぎる……」

「ユウ君の頑張りはえらいよ。でも女子だけの班だからオシオキ!」

「しょ、しょうがないな。ちょっとだけだぞ」

「うん、たっぷりだね」

「違うわ!」


 今日も今日とてイチャイチャしまくりの悠と百合華。

 順調に見えるメイド喫茶なのだが、やはり本番で事件が待ち受けているのだった。

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