第55話 二人だけの愛を誓う星空のダンス

 悠は非常に焦っていた。

 林間学校は予定を順調に終え、残すは夜のキャンプファイヤーだけだ。

 問題なのはキャンプファイヤーではなく、その周囲で踊る定番のフォークダンスだった。


 男女が手を取り合って踊るイベントだ。

 陽キャやリア充には盛り上がるのかもしれないが、賑やかなのが苦手な生徒には少し苦痛な空間になる可能性がある。

 悠は、『誰も俺と踊ってくれなかったらどうしよう?』とか『冷やかされたり笑われたらどうしよう?』などと余計な心配をしていた。



 ふっ、最後の晩にこんな陽キャのイベントを持ってくるとは、林間学校も困ったもんだぜ……

 オリエンテーリングとカレー作りは乗り切ったが、女子とダンスなんて失敗する予感しかしねぇぜ……


 悠ときたら、学園に入ってから一部の女子にモテているのだが、本人はモテない陰キャの感覚が抜けてないのだ。

 そして、人前でダンスを踊るのが恥ずかしかった。



 キャンプファイヤーの準備も終わり、辺りも薄暗くなってきた。

 設営した井桁いげたに火を灯す。


 ゴォォォォー!


「「「ワァァァァーッ!!」」」

 炎が高く昇ると、生徒達から歓声が上がった。



 遥かに遠い昔、人々は星を見上げ焚火を囲い語り合い愛し合ったという。

 炎には人の心を昂揚させる何かがあるのだろう。

 そして、この学園の男女にも――――


「ねえ、悠! あんたどうせ踊る人いないんでしょ。あたしが踊ってあげようか?」


 さっそく貴美が声をかけてきた。

 これだけ積極的にぐいぐい来るのに、貴美の微かな恋心を分かっていない悠なのだ。


「明石ぃ、あたしが踊ってやんよ。嬉しいだろ」

 同時に真理亜まで声をかける。



「ちょっと、真理亜! 私が先に声かけたんだから、あんたは後にしなさいよ!」

「あぁん、あたしが先に声かけたんだろ。おまえが後にすればいいだろ!」


 いきなりケンカになってしまう。

 誰も踊ってくれなかったなどと考えていたのに、踊ってくれる女子が複数いた。


「ちょっと待って。そもそも俺はダンス苦手で……」


「あんたは黙ってて!」

「おまえは黙ってろよ!」


 二人同時にツッコまれる。

 ダンスをしたがっているわりに扱いが雑だった。


「くっ、理不尽だぜ……拒否権は無しかよ」


 悠を挟んでモメているところに、葵が乙女チックな伝説とやらを語りだす。


「そういえば、この学園に代々伝わる話なのですが。林間学校のキャンプファイヤーでダンスを踊った男女は、相思相愛になって永遠に結び合うという伝説が」


 ピタッ!

 葵の話で騒いでいた乙女二人が停止する。


「へ、へぇーっ、そうなんだ……べ、別に私はそういうのはどうでも良いんだけど……」

 貴美の挙動がおかしくなる。


 わ、私は悠のコトなんて……す、好きじゃないけど……

 でも……

 悠は私がいないとダメだと思うし……

 そりゃ、料理も上手だし、たまに頼りになるけど……

 他の女に取られるのは嫌だし……



「ふ、ふーん……あたしは、そういうの気にしてねーし。ま、まあ女子ってそういうの好きだよな」

 真理亜の挙動も怪しくなる。


 くっそ!

 そんなん言われたらやりにきぃだろ!

 明石には憧れてる好きなやつがいるみてぇだけどさ……

 誰だか知らねぇけど。

 でも……

 ちょっと気になるっつーか……

 んあっ! やっぱすげぇ気になる!



「あらっ、よく考えたら……その伝説って小説の話だったかしら?」

 葵が独り言を呟く。


 学園の伝説は葵の勘違いかもしれないが、クラスの女子達の間には伝説が浸透してしまったようだ。




 そしてダンスが始まり――――

 皆、何となくカップルになったりならなかったり、離れて座って見ている者など様々だ。

 そんな中、悠はといえば。


「ちょっと、何でこんなになってんの?」


 結局、誰も一番を譲らず班員全員に捕まってゾロゾロと歩いていた。

 歩美と沙彩まで面白がって悠のジャージを掴んでいる。

 もう、訳が分からない。


「ちょっと、狭いでしょ!」

「こっちも狭めぇんだよ!」

 貴美と真理亜が悠を引っ張っていてダンスどころではない。


 クラスの男子から羨ましがられてしまう。

「明石ばかりズルいぜ……」

「くそっ、俺も中将さんに構われてぇ」

「ああっ、憧れの六条葵さんが……」


 一癖も二癖もある女子達が集まり、おかしなパーティを結成してしまう。

 ヒロイン一人でも怖いのに、五人も集まっては主人公の苦労も大変だ。




 幻想的な炎が立ち上がり、生徒達が周囲ではしゃぐ姿を、百合華は離れた場所から見守っている。

 大好きな悠が女子達に絡まれ、いつもの嫉妬でファイヤーかと思いきや、ちょっとだけセンチメンタルな気持ちになっていた。


 ユウ君……

 遠いな……

 分かってはいたけど、教師と生徒……姉と弟……

 近いようでいて遠い……

 社会人と学生そして家族……

 世間や周囲を納得させるには大きな障壁が……

 やっぱり同級生のようにはいかないのかな……


 家ではゼロ距離でイチャイチャしまくっているのだが、外では自由にする事はできない。

 それどころか、悠に他の女性が手を出そうとも、行って『私の男だ!』と主張する事もできないのだ。

 華やかなキャンプファイヤーの中で、百合華だけ取り残されたような気持ちになっていた。


 ――――――――




 林間学校二日目も終了し、あとは就寝だけとなったはずなのだが、ここで問題が発生した。

 生徒同士が抜けだしたり異性の部屋に遊びに行ったりして、不純異性交遊イケナイコトをしてしまったりで、教師が交代で夜間の見回りをする羽目になってしまう。

 百合華も見回りに駆り出されていた。


「もうっ、生徒が皆ユウ君みたいに良い子だったら、見回りなんかせずにゆっくり眠れたのに」


 百合華先生もプンスカ怒っている。

 昨夜、自分がトイレでエッチなコトをしようとしたのは忘れているようだ。


「師匠、林間学校でも修学旅行でも、よくある事なんですよ。最近の子は『おませさん』ですから」


 見回りから戻った花子が説明する。

 交替して百合華の番になった。


「いいですか、末摘先生。絶対に悠に手を出さないでくださいね!」

「わ、分かってます。狙ってませんから」


 念を押してから百合華が出て行く。

 部屋の中に花子と二人取り残されてしまう。


「えっと、明石君……寝ましょうか?」

「そ、そうですね」


 この先生大丈夫かな……

 入学式の夜みたいに襲ってきたりしないよな……

 今日は酒が入ってないから安全だとは思うけど。


 悠は少しだけ花子を警戒していた。


 それよりも、お姉ちゃん……

 カレーの時は凄い嫉妬してたみたいだけど、キャンプファイヤーの時は元気が無かったような?

 心配だな…………

 俺が他の子と遊んでるから……?

 本当なら『好きな人がいる』ってハッキリ言いたいけど……

 でも、お姉ちゃんとの関係がバレたら大変な事になっちゃうし。


 悠も百合華もお互いに悩んでいた。

 昔は大好きな気持ちだけで突き進んでいた。

 だが、大人になると立場や周囲の関係性など、世間のしがらみがまとわりついてくるのかもしれない。


 ガタッ――

 悠がベッドから出て立ち上がる。

 気分転換も兼ねてトイレに行こうとしていた。



 外は誰も居らず静まり返り、虫の声だけが微かに響いている。

 見上げると満天の星が煌き、世界が幻想的な銀幕スクリーンに覆われているようだ。

 こんなに美しい星空を、大好きな人と並んで見上げる事ができたのなら。


 悠は、今すぐ百合華を抱きしめて『大好き』と伝えたい気持ちになった。



「誰もいないな……先生が見回りすると聞いて、今夜は誰も出歩かないのかな?」


 キャンプファイヤーをした広場まで歩くと、盛り上がっていた舞台が今では静寂に包まれていた。

 例えるのならつわものどもが夢の跡だ。

 高く上がった炎も、流れる音楽も皆の歓声も。

 全ては夢のように儚く消えている。


 ふと視線を井桁いげたの焼け跡から戻すと、闇の向こうに百合華が立っていた。


「お姉ちゃん」

 悠が声を上げると、百合華と目が合った。


「ユウ君、どうしたの? こんな時間に」

 百合華が近寄って来る。


「眠れなくて……気分転換に」

「お姉ちゃんも、もう少ししたら戻るから、ユウ君も早く寝ないとダメだよ」

「うん…………」


 その時、悠の脳裏に葵の言っていた伝説が浮かんだ。


「お姉ちゃん、踊らない?」

「えっ?」

「えっと……林間学校のキャンプファイヤーで踊った男女は、永遠に結ばれる伝説があるんだよ」


 ちょっと、いやだいぶ恥ずかしいのだが、勇気を振り絞って言ってみた。

 キャンプファイヤーの時は『そんなの陽キャの作り話では?』などと思っていたのに、いざ実際に大好きな人と一緒になると、そんな伝説も信じてみたくなるから不思議だ。


「ふふっ、ユウ君ってば。可愛いね」

「も、もう、勇気を出して誘ったのに」

「ふふっ、ごめんごめん。うん……私もユウ君と踊りたいな」


 二人は広場から少し森に入った場所で、他に誰も居ない二人だけの世界になって見つめ合う。

 星だけが見つめるような木の陰で、熱い瞳のまま自然に体が動く。


 あれだけ踊るのが恥ずかしいと思っていたのに、もう何も考えられず抱き合い互いの体温だけを感じている。

 他に何も見えなくなるほど熱い瞳で見つめ合い、二人で永遠の愛を誓い合った。


 そして、最後に長いキスを――――

「んっ………………」


「ユウ君、これで永遠に結ばれちゃうんだよね」

「うん、俺とお姉ちゃんは永遠に一緒だよ」

「ふふっ、嬉しい」

「お姉ちゃん! 俺は、今日のコト絶対に忘れない! 何十年経っても、例え何があったとしても、お姉ちゃんだけを愛するから」

「ユウ君……」


 星だけが知っている二人の永遠の約束。

 これから何があろうとも百合華への愛は変わらないと誓う悠。

 もう完全に付き合っている恋人のようだ。

 これで、まだ付き合っていないとか言うのだから困った二人である。


「あのね……ユウ君」

「えっ、なに?」

「い、今は同級生という設定で、私のコトは『百合華ちゃん』って読んでくれないかな?」

「は? えっと……恥ずかしい」

「ちょっとぉ! さっき、何でも言うコト聞くって言ってたじゃん」

「ええぇーっ、言ってないけど……」


 何やら百合華の中では勝手に言葉が追加されているようだ。

 困った姉である。


「もぉ~っ! 帰ったら、すっごぉぉぉぉ~いオシオキだから! ふんだっ」

「ええぇ……まいったな」

「ふふっ、あははっ……」


 最後はいつも通りになって笑い合う。

 家に帰った後は超攻撃力のオシオキが待っていそうで、悠の腰がゾクゾクと震えてしまっていた。





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