第1012話 負けず嫌い

「問題は、どうやってこの情報を京子さん絵奈さんママに伝えるかだよねぇ」

手元のメモを見ながら悩む。


絵奈さんと昇天に必要な条件を話し合った結果、母親とチャコちゃんにお別れを言い、あとは母親の生き甲斐と絵奈さん的な仕返しを含めて、過労死問題に関して母親が元上司と会社を追及するのに協力してくれそうな弁護士の情報を伝えるだけで良いと言う事になった。


『う〜ん、最後の手段的にどうしても私と連絡を取る必要がある場合に、貴女方に連絡を取れる貴重な弁護士なんでしょ?

確実にお母さんにその人の元へ行って貰いたいから、単なる夢かもと思われない為にも物理的何かを残したいなぁ』

絵奈さんが横で腕を組みながら言う。


流石に死んだ後でも退魔師を雇えば好きな時に自分を召喚できると母親に知らせるのは絵奈さん的にも微妙だったらしく、弁護士に私らの情報を伝えておくと言う案は絵奈さんにも賛成された。


やっぱねぇ。

死後はある程度安心できる状況になる様に手配したあとはのんびり休みたいよね。

あの世から見守れる方が更に安心かも知れないが、『自分がちゃんと情報を与えられたら何とかなったのに、それが無かったから挫折した!』なんて事になる心配が無いだけで十分だと絵奈さんも納得してくれた。


ちなみに、死後の世界から見守るのは多分無理と言う話は・・・していない。

まあ、これに関しては本当に無理かどうかは不明だからね。

私には死んだ後に生前の世界を見た記憶はないが、それはあの古代文明の転生用魔法陣を使った副作用的な可能性もゼロではない。


今まで召喚した霊も残された家族を召喚前も見守っていたと思われる様な言動はしていない・・・と思うが、それは単に口に出さなかっただけな可能性もあるし。


ある意味、交通事故で亡くなってしまったと言う父親を喚び出して確認したらはっきりするかも知れないが、過去のことは振り返らない割り切りの良いタイプだったと言うから、どうしようもないと諦めて爆睡(?)してるかも知れないしねぇ。


「弁護士の名前だけ書いた紙で良くない?

フルネームでも四文字だから、クルミちゃんを包む感じにしたらそれを書いた紙を持っていけるでしょ?

ちゃんとネットで調べたら連絡先とか出てくるし」

碧が指摘した。


なるほど。

名前を書いた紙が目覚めた時に膝の上にあったらそれで夢を信じてくれるかな?


「携帯とかPCのパスワードは紙に書いて絵奈さんのアパートの引き出しにでも入れておけば良いか。

そっちは青木氏経由で依頼したら忍び込んで仕込んで貰えるかな?」

死後3ヶ月経っているが、ショックが大き過ぎたせいで冷蔵庫の中身を捨てただけでまだ絵奈さんのアパートはそのままになっているらしい。


家賃の支払いとかあるんだからさっさと要らない物を処分して残りを実家の方に移すなりなんなりすれば良いのにとも思うのだが、移す際に要らない物を捨てると言う作業に一度取り掛かり始めて挫折した記憶が京子さんの方にあった。


「そうしよう。

ダメだったら、それこそ絵奈さんの部屋を探すついでに引き払うのを弁護士の先生に協力してもらって、その際にパスワードとかの書いてあるメモを見つけたフリをして貰っても良いし」

自分1人で動くのが負担になるなら、弁護士の先生やそのアシスタントにでも助けて貰えば良い。


幸い、なにやら所得控除があるから節税になるとか言われて絵奈さんは職場で個人年金やら団体保険やらの生命保険系をそれなりに色々契約してあったらしく、そこそこな金額の現金が入ったはずと絵奈さんが言っていたし。


と言うか、そこらへんの手続きも弁護士の先生に頼んだ方が良いかも?

母親の方は娘の生命保険を受け取ろうなんて全く考えていなかったから、何もしてない気がする。

少なくとも何かをした記憶はさらっと読んだ範囲では無かった。


『よし!

じゃあまずはクルミちゃんにメモを持って行って貰おう!』

絵奈さんが言った。



「取り敢えず、碧の文字で騙されてくれると期待しよう」

弁護士の名前を書いた紙をクルミに巻き付ける。

最初は私が書いたのだが、筆跡が違いすぎると絵奈さんにダメ出しされて碧が試したところ、まだそっちの方が近いから何とかなるかな?と言われたのだ。


まあ、別に筆跡鑑定をして貰うような情報じゃないし、露骨に知らない他人が書いた文字だと思われなきゃ良いんだからなんとかなるだろう。


と言う事でクルミに紙を配達して貰い、ついでにチャコちゃんと絵奈さんのお別れの通訳をやって貰う。


そして。

京子さんにクルミを触れさせて夢に干渉して、絵奈さんを連れ込む。


『お母さん!

うっかりあのクソ上司に負けるもんかって踏ん張り過ぎて死んじゃって、ごめんね!!』


なるほど。

負けず嫌いすぎて死ぬほどうっかり頑張っちゃったのか。

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