第884話 よくある名前
「長谷川さん?!
大丈夫ですか!?!?」
碧とタオルを待っていたら、後ろからびっくりした声を掛けられたので手を動かさない様に振り返ったら隣室の男性だった。
鈴木さんか佐藤さんか、めっちゃ良くある名前のどっちかだったと思うんだが。
と言うか、私の名前をちゃんと覚えていたんだね。
相手に触れられたらさっと記憶を呼んで名前を確認するんだけど、離れて立っていると表面意識以上を読もうとすると時間が掛かるんだよねぇ。
人って自己紹介の練習でも内心でしているんじゃ無い限り自分の名前なんぞ基本的に考えていないから、意外と名前が分からないと微妙な時がある。
取り敢えず、今回は名前は呼ばずに誤魔化そう。
「こんにちは〜。
なんか悪戯をされちゃったみたいで、郵便受けの中を確認せずに手を入れたらべっちょり付いちゃって・・・。
こう言う嫌がらせがこのマンションで最近増えているとか、聞いていますか?」
おっさんが噂話に詳しいとは思えないが、もしかしたら偶然誰かにエレベーターとか郵便受けのところで雑談をして聞いている可能性はある。
隣人は毎日出勤しているっぽいから、オンラインで家から出ずに授業を済ませちゃっている事も多い私らよりは他の住民とばったりあって会話をする確率が高いかもだし。
「いや、そう言う話は聞いていませんねぇ。
ちょっと私の郵便受けも確認してみますね」
そう言って佐藤さん(もしくは鈴木さん)が近寄り、彼の部屋の郵便受けを開けて中を覗き込んだ。
「私の方は大丈夫な様ですね」
ほっとした様に言いながら中身を取り出す。
お。
鈴木さんだった。
大きく名前を印刷した封筒が一番上に入っていたので、名前がしっかり読めた。
こう言う風に大きき名前を印刷されると、100円ショップで売ってる宛名消しスタンプがあまり上手く機能しないから迷惑なんよねぇ。
側にいる人が名前も読み取れちゃうし。
あの宛名消しスタンプって標準的なフォントサイズで印刷された宛名の文字を読み難くする模様なのか、文字のサイズが大きすぎると上手く宛名を読めなくしてくれないのだ。
しょうがないので5枚ほど刃が重なった様な刻みバサミも買って、そう言う字が大過ぎる封筒はそれで切り刻んでいる。
そこまでやらなきゃいけない程に用心が必要かは不明だけどね〜。
ただ、それなりに恨みを買っても不思議では無い程度に成果を挙げている気もしないでも無いので、最近は私らのゴミだと特定できる様な名前や住所の書いてある部分は全部消してゴミは出している。
実家の様に戸建てが集まった場所だったらゴミを出すのって朝になってからの道端だから、それを持って帰ったり漁っていたらめっちゃ目立つが、マンションの場合はゴミ置き場にゴミを出す時間帯は制限されていない上にマンション内の人ですらあまり通らない場所にあるので、ある意味その気になれば出されているゴミを漁って色々調べるのは十分可能なのだ。
まあ、ゴミを漁られて何か困る事が有るかと聞かれたらそれほどは無いけどね。
でも、気持ち悪いし。
ゴミから意外と個人情報を抜き取れると言う話もドラマなんかでは良くある設定なので、用心はしている。
それはさておき。
「ちなみに、昨晩はちょっと泊まり掛けで出ていたんですが、誰かウチに来ていたとかってありましたか?
郵便受けに嫌がらせをするなら玄関の鍵をこじ開けて空き巣に入ろうとしたとか、何かイチャモンをつける為に玄関で騒ぐとか、あり得そうですが」
と言うか、玄関まで来てたら昏倒していると思うけどさ。
「・・・いえ、特には気付きませんでしたね。
私は日中は出ているので騒ぎがあっても気付きませんが、少なくとも玄関の扉に異常は無かったと思いますよ」
ちょっと考えてから鈴木さんが応じた。
どうやら郵便受けに悪戯をした人物は玄関までは行かなかったらしい。
どうせだったら玄関前で昏倒していてくれた方が犯人探しの手間が省けたのに。
「あ、鈴木さん、こんにちは〜」
エレベーターで降りて来た碧が声をかけつつ私にビニール袋を広げて差し出してくれた。
どうやら碧は
いざとなったら握手するとか埃でも払う振りで相手に触って名前を読み取ればいいと思うせいか、私は人の名前を覚えるのが苦手なんだよね〜。
もう少し努力すべきかな。
「鈴木さんの郵便受けは特に嫌がらせをされてなかったから、ウチが狙われたみたい?
ちなみに特にウチに玄関の前で騒ぎがあった様子も無いってさ」
ビニール袋に真っ赤に染まった郵便物を入れ、碧から濡らしたタオルを受け取って手を拭きながら碧に教える。
「ふ〜ん。
じゃあ青木さんにでも連絡して、防犯カメラの映像を確認して貰おうか」
碧が言った。
だよねぇ。
多分、大家さんはそこらへんの実務には関わってないっしょ。
あっちにも話を通して防犯カメラの映像を確認する許可を取る必要はあるかもだけど。
「では、先に上へ行っていますが、何か出来る事があったら言ってくださいね」
私が郵便受けを拭いて掃除し始めたのを見て、鈴木さんがそう言いながらエレベーターの方へ向かった。
「はい、何かの際にはよろしくお願いします」
碧が愛想よく手を振りながら応じた。
「ちなみに、白龍さまに天罰を落として貰って誰がやったか確認するのは可能?」
大して被害がないのに白龍さまを頼って良いのか微妙な気もするが。
「う〜ん、まずは自力で出来る事をやってから考えよう」
碧が唸りながら言った。
頼りすぎは良くないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます