第870話 遅ればせながらも安全対策

「姉に対して君が恨みを抱いていたのは分かった。

だが、あの蔵に溜め込んである穢れだらけな品々は姉一人に嫌がらせで贈るには多過ぎるだろう。

他の人間にもああ言った危険物を贈り物と言う名称で渡していたのか?」

頭が痛いと言う顔をしながら弟氏が自分の妻に尋ねた。


あんな蔵を作ってそれ一杯になる程の骨董品を買い集めていたんだから、姉に指摘される前に気付けよとも思うけどねぇ。


それこそ芽衣さんと同じように嫌がらせや特定の人への長期的な健康被害を狙う人からの需要があるから、穢れまみれで危険な付喪神憑きになりつつある様な骨董品は高いのだ。

あそこまで穢れを溜めるだけの歴史的背景にも価値があるだろうし。


穢れが無くてもあれだけの数の骨董品を買っていたら、何をやっているのかぐらいはちょっとは気にすべきじゃない?

まあ、宝石とかブランド物のドレスをバカ買いするよりは経済的なのかもだけど。

金持ちの価値観は知らんからね〜。

いや、価値観と言うか、どの程度の出費が『浪費が過ぎる』と判断されるのか不明と言うべきかな。


宮田さんへの怒りをぶちまけ続けていた芽衣さんは弟氏の質問に一瞬口籠もり、やがて小さく肩を竦めた。

「まあ?

私の事を『幼い子供を利用して従姉妹の後釜の座に収まった玉の輿狙い女』とか言った女とか、人の事を馬鹿にしたようにお茶会で私の言う事を無視した人なんかにそれとなく機会があったら送りつけたけど。

流石にあまり沢山贈ると不自然だから、大して実害はないでしょ」


沢山贈れば実害があると認識してんじゃん。


第一、子供を利用して従姉妹の後釜の座をゲットしたのは事実だろうに。

まあ、嫌味を言った連中は自分が後妻の座を狙っていたのかもだけどね。


弟氏が深く溜め息を吐いた。

「・・・春華さんには?」


流石に将来の義理の娘相手に体調不良を起こすような物を贈ったと認めるのは不味いと分かっているらしく、一瞬芽衣さんは沈黙した。が、私たちが本人に聞いて贈られた物を確認すれば簡単に分かる事なのだ。


誤魔化す方法を考え付けなかったのか、芽衣さんは髪の毛を払いながら横を向いた。

「ちょっと男女の関係に罅が入る事があるって言い伝えがあるのを贈ってみたわよ。

結婚する前の軽い悪戯で破綻するような仲だったら、さっさと今の段階で別れておく方が結婚式の費用や離婚弁護士の負担が節約できるでしょ?」


確かに成田離婚とかをするぐらいなら最初から結婚なんぞしない方が経済的ではあると思うが、男女の関係に罅を入れると言う言い伝えがある物を態々将来の義理の親として贈るなよ・・・。


「芽衣に紀美の面影を重ねて結婚したのに、やはり違うからと君に妻となった相手に相応しいだけの愛情を注げなかったことは悪かったと思う。

だが。

姉や春華さんに有害だと分かっている物を贈る様な女性を妻として遇するのは無理だ。

別れよう」

うわぁ〜。

今日問題が発覚したばかりなのに、もう離婚??

もう少し話し合いとかするべきじゃ無いの??


まあ、元々無意識だとしても前妻の身代わりっぽい感じで結婚したのに『やっぱ違う』って事であまり夫婦の仲は暖かいものでは無かったのかもだけど。

必死に愛を求めている芽衣さんに多少の同情は感じるかも?

とは言え、執着が報われないからって他者に八つ当たりするのは正当化出来ないが。


取り敢えず、ここに私らがいる必要はないよね?

「二人の間のことはこれから話し合って下さい。

我々は春華さんのところに行って必要があったら清めの術を掛けてきますね。

宮田さんならその方の連絡先がわかりますよね?」

さっさと逃げようとそっと声を掛けて、出口へと近づく。


「そうね!

夫婦の仲に関しては我々が関与する話じゃないから、さっさと邪魔にならない様に退散するわ!

春華さんの事は祐介君とも連絡してしっかり対処しておくから、安心して」

綺麗な笑顔を口元に貼り付けた宮田さんもそそくさとリビングのドアから出ていく。


いつの間にバッグを回収していたんだろ?

私は最初から手元から離さなかったんで問題なく撤収できたけど。

バッグをソファの横に置いていた碧もさり気無くそれを手に取って部屋から出てきた。


扉を閉めたリビングの中からは芽衣さんの叫び声が聞こえてくる。


「大丈夫かな?

こう、別れて他の女に渡すぐらいなら殺す!とか言って包丁で刺すとか花瓶で頭を殴りつけるとか、しないよね??」

他人(と言うか義理は言え家族)へ害を加える事に躊躇しないっぽい人間が、執着している夫から別れようと言われて大人しく引き下がるか、ちょっと不安なんだけど。


「・・・そうね、外に出歩く際の警備役の人が居たはずだから、なんとか近くから見張って安全を確保できる様に言っておくわ」

宮田さんが一瞬考えてから内線用の電話みたいのに手を伸ばした。


外を出歩く時用の警備なんて雇っているんだぁ。

まあ、社長だったら解雇した人間とか契約を切った取引先とかから逆恨みされる可能性はあるだろうしね。殺されたりしたら会社の経営に重大な支障が出るんだから、ある程度の護身は必要経費かな?


離婚を言い渡した妻に刺されたなんて醜聞だし、安全対策は絶対に講じておくべきだよね。









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