諸々の不満と考察
第675話 やる価値はあった?
「え?!
もう出てる!!」
近所の駅ビルに入っている本屋の在庫検索サイトを確認していた私は思わず驚きの声を上げた。
「どうしたん?」
源之助の肉球をちょこちょこと指先で擽り撫でていた碧が顔を上げて聞いてくる。
「いやぁ、月曜日に販売予定だった新作が既に在庫有りになってて。
ちょっと買いに行ってくる!」
財布を手に、急いで携帯を求めて部屋の中を見回す。
「え、月曜日が販売予定日って・・・まだ金曜日だよ、今日?」
碧がちょっと意外そうに言って、私が見ていたタブレットを覗き込んだ。
「あ〜、この本か。
最近更新が遅くなってきたと思ったら出版準備で忙しかったのかな?」
オンライン小説のサイトで気に入った小説で、碧にも勧めて彼女も気に入った小説なのだが、数年前に出版される様になってから毎日更新していたのが二日に一回になり、三日に一度になり・・・今では四日か五日に一回になってきたんだよなぁ。
「流石に販売日直前に忙しいって事は無いと思うけど・・・もしかして、初版のサインを大量にしなくちゃいけなかったのかな?
なんかこう、数ページ分のおまけの為に本を買うのってちょっと業腹なんだけど、いつかサイトから突然取り下げられるリスクもあるし、一応買うんだけどね。
ある意味、面白い作家には出版して貰いたくない複雑な心境だわ〜」
更新が遅くなる作家に関して愚痴を言いつつ家を出る準備をする。
「あ、食料品の買い出しもした方が良いから、私も一緒に行くわ」
碧がひょいっと立ち上がってついてきた。
「しっかし、電子本やオンラインでオーダーすると絶対に出版日にしか入手させてくれないのに、本屋だと前日か2日も前に入手できるなんて、不思議なもんだよねぇ」
碧が階段を降りながら言った。
「ホントにねぇ。
お陰で電子版の方が微妙に安いし場所を取らないけど、結局物理的に本を買っちゃうんだよね。
1日や2日、待てば良いんだけどやっぱ待てなくって」
まあ、最近は買う本を絞っているしシリーズが進むうちに面白く無くなったのはシリーズごと全部古本屋に売っているから、本棚はそれほど危機的な状況には無いが。
「なんかさぁ、オンライン小説の作家っていつか出版したいと思って書いているのかもだけど、無料で毎日更新しているのを楽しんでいた愛読者側としては出版せずにそのまま無料で続けてくれる方が嬉しいよね。
面白いんだから出版したら儲かるんだろうと言う考えも分かるけど。
本職の作家になってガンガン書いてくれるなら良いけど、ラノベなんていつ出版停止になるか分かったもんじゃ無いから本職を辞める人はいないみたいで、結局忙しすぎてオンラインの更新が減るって残念すぎる」
駅に向かいながら先ほども言っていた愚痴を続ける。
「あ〜、出版の話のオファーがあったのに立ち消えになったって愚痴っている作家さんってちょくちょくいるし、2巻や3巻が出版されるかは皆さんが買うかによります!みたいなちょっと必死なアピールも時折見るし、ラノベ作家ってかなり不確実性が高そうだよねぇ。
正規雇用な社員だったら辞めて作家の本職になる踏ん切りはそう簡単にはつかなそう」
碧が頷いた。
「そ〜。
コミックとかアニメ化とか、良くわからないのは劇場化するのまであるからそこまでいけばそれなりな収入になるんだろうけど、日本って一度正規雇用じゃなくなると次に再就職できるか微妙そうだしね。
40年間作家として売れ続けるかは誰にも分からないし、かと言って60年とか80年分生きていくだけの蓄えを得られるほどバカ売れするのはラノベじゃ難しそう」
と言うか、純文学でもミステリーでも歴史物でも、老後まで食っていけるほど一度に売れる本を書くのは難しいんじゃないかね?
数年に一度そこそこ売れる本を出版できれば何とかなるんだろうけど、ある意味ラノベって無料なオンライン小説がマジで掃いて捨てるほど毎日書かれ続け、どんどん出版されているからなぁ。
偶に本屋に行くと、小説サイトのランキングで見た事があるタイトルがいつの間にか本になっているんだよねぇ。
でも、そう言うのって半分ぐらい・・・と言うか7割ぐらいはいつの間にか更新が止まっているからなぁ。
新刊の出版日前後にだけ更新している感じで、そうなると本人ももう続ける気力が尽きてるのかな〜って応援する気持ちも褪せてくる。
出版の為の校正や、編集者とのやりとりやなんだかんだが忙しくて、正規の仕事の後に夜や週末に暇つぶしも兼ねて趣味で書いていた小説にかける時間が無くなり、更新しない事で読者も減って売れなくなり、売れなくなる事でモチベーションを保てなくなって更に更新しなくなりって言う感じな悪循環なのかね。
「オンライン小説なんて無い頃の本に書いてあったんだけど、作家ってちゃんとプロットを考え、あれだけの文字数を打ち込み、校正して、編集者やイラストレーターと色々話し合いして、入ってくるのは印税だけだから、1時間あたりの収入ってどの程度なんだろうね?
ある意味『あなたの話は売るだけの価値がある』って言う評価の具現化だから出版って嬉しいんだろうけど、実際の手間的にはバイトよりも良いのか、実情を知りたい〜」
碧が頭の後ろで手を組みながら言った。
「あれ、小説でも書こうと思ってるの?」
「いや、流石にウチらの場合は小説を出版するよりも除霊する方がお金稼ぎの効率は良いから。
ただ、出版する事でいつの間にか消える小説家ってそれなりに多いじゃん?
だからやる価値あった?って聞きたいと思って。
まあ、出版しなくてもエタる作家は絶えないけどさ」
碧が肩を竦めながら言った。
「確かにねぇ。
マジで私もそこら辺は聞きたいかも」
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