第636話 本人の為かも?

「どうでした?」

適当な空き部屋に入り込み、碧が白龍さまに尋ねる。

一応盗聴器探しの魔道具カードを使ってみたが、特に目につく電池を使う機器はない。

まあ、会議場だったら議事録用にやり取りを録画する機能がある可能性は高いと思うが。

そこら辺に関しては私ら下っ端バイト生には教えてくれなかったんだよねぇ。


機密的な最新情報が話し合われるかも知れないから名目上講義のやり取りは録画しないと言う事になっているのか、もしくは録画する事になっているのに失敗したら責任問題になるから退魔協会のお偉いさんか会議場の運営会社が責任を持ってやっているのか。


どちらにせよ、私の前世については言及しない方が無難だろうね。

使っていない部屋まで録画しているとは思わないが、偶然部屋をモニターしていた誰かが聞き入っている可能性は排除しきれない。


リチャード・ハウスマンに関しては、話し合っていても若い女性である碧や私が警戒するのは別に当然の事だと見做されると思うけど。


『特に誰かの魂との繋がりはなかったの。

前世に関しては・・・多少は通常の人間より層が厚い様じゃったから、前世の記憶を夢に見るぐらいの事はあるのかも知れん』

白龍さまが教えてくれた。


「え、そんな事ってあるんですか?!」

碧が驚いて素っ頓狂な声を上げる。


『前世の記憶を夢で見ても、単なる夢なのか前世の記憶なのかなんて誰にも分からん。

前世の一瞬の光景を夢で見るのはそれ程珍しい事ではないぞ?』

白龍さまがあっさりと言った。


マジ?!

私、15歳の誕生日に覚醒する前に見ていた夢が前世と一致していた事なんてないと思うんだけど。

と言うか、夢って目覚ましで起きた瞬間はまだしも歯を磨いている時点ぐらいで大体忘れてるんだよね〜。

どんな夢を見たのかも定かじゃないから、前世の記憶かどうかなんて分からないか。


「うっわぁ〜。

誰とも繋がっていないって事は、強烈な思い残しがあって転生しても夢に見るぐらい相手に執着しているのに、相手が今世にいる保証は全然ないって事ですかぁ。

こう、運命の相手と何か契約とか誓いを立てたのが時代を超えて繋がりとして残るってないんですか?」

ちょっと失望した様に碧が言った。


おや。

意外とロマンチストじゃん。

「『運命の相手』なんて言うのを信じていたんだ??」


「現世ではないだろうけど、異世界ならあるかもってちょっと期待したんだけど〜」

がっくりと椅子に座り込みながら碧が嘆く。


『番なんぞ、価値観が似た相手で感性の相性がいい者に、番うのに都合がいいタイミングで出会えて番い、死ぬまでお互いの約束をしっかり尊重して生きていけばそれが『運命』の番じゃ。

何も努力しなくてもずっと一緒にいられる様な都合のいい配偶者なんぞ存在しないぞ?』

白龍さまが指摘した。


え〜、龍から見てもそうなの??

人間ならまだしも、幻獣だったらもう少し都合のいい番システムがあるかもって期待していたんだけど。


「生まれかわっても前世で愛していた人とは一緒に居られないとなると・・・過去の記憶を完全に捨て去って新しい配偶者を見つけられるなら良いけど、ついつい過去の思い出を理想化したりしたら寂しい生涯になりそう」

どの程度しっかり記憶が残るかだよねぇ。

私なんかはそこら辺、マジで危険かも。

まあ、自分が運命の番的な恋愛をするとは信じ難いから多分大丈夫だろうけど。


あのハウスマンなんて夢でたまにみる程度だろうに、何だってあそこまで執着しちゃってるのか。


『死を超える契約も誓いも見た事はないな。

下手にそんなのが可能だったら、人間ならば愛情よりも隷属で人を繋ぐ可能性の方が高くて危険すぎるぞい』

あっさり白龍さまが私の感傷を切り捨てた。


確かに。

私の隷属魔術による制約も、生まれ変わったら全て消えていた。

これが生まれ変わってもリセットされてなかったら悲惨過ぎる。


そう考えるとそれこそストーカーな人に無理やり婚姻契約を結ばされた人なんかも、来世もそいつに付き纏われると考えたら絶望しか無いだろうし。


『運命の相手』を見つけても、それはその人生のみでの一回きりの出会いだと考えて悔いがない様に一緒にしっかり生きて人生をフルに楽しまないとダメなんだね〜。

『死んで来世で一緒になりましょう』は通用しない、と。


「取り敢えず。

じゃあ、ハウスマンには近づかず、話しかけず。念話も彼が日本にいる間は出来るだけ使わず、使う際はお互いの名前を先に言う形で使う様にしよう」

あの運命の相手への執着は妄想に近いことが判明したので、うっかり誤認粘着される可能性はありそうだよね。


しっかし。

それこそ、ごんっと後ろから頭を殴って前世の夢(多分)とElisaさんとかの記憶を全部消しちゃう方が本人の為なんじゃないかね?

まあ、40代(多分)まで人生をそれなりに無駄にしちゃったんだから、今更記憶を消しても自意識に変な穴がぽっこり開く感じで違和感バリバリだろうからやらないけど。


子供が夢想的な事を言い始めた時に、『いい加減にして現実を見つめなさい』って言い聞かせるのってある意味可哀想だと思っていたけど、そう言う風に言い聞かせられなかった人(もしくは言い聞かせてくる相手を無視した人)がああ言う風になるんだと思うと、夢のない超現実的で冷徹な対応も場合によっては本人の為なんだねぇ。







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