第613話 被害者の霊

悪臭の酷い地下室の入り口から顔を背け、胸一杯にまだマシな空気を吸ってから下へ降りる。


臭いから鼻呼吸したく無いけど、この汚れた空気を口で吸ってそのまま体の中に取り入れるのも嫌だから、浅く短く鼻から息をしながら臭いに慣れるのを待つ。


マスクを持ってくるべきだったなぁ。

とは言え、召喚する際にマスク越しにモゴモゴするのはちょっと誠意が足りない気がするから、結局外すんだったらマスクを持ってくるだけ無駄だよね。


刑事さんは悪臭に慣れているのか、ちょっと顔を顰めている程度で平気そうだ。


碧に関しては・・・白龍さまが何か結界を張ってるっぽい??

あ〜!

良いなぁ。

まあ、霊を召喚するのに結界があったら邪魔だから、マスクと同じでずっとは使えないんだけどさ。


地下室の床に辿り着き、さっと周りを見回すが特に地縛霊は居なかった。

ここでは名畑さん以外は殺されていないのかな?

もしくは酷い目に遭わされた挙句に殺されてもあっさり昇天する珍しいタイプだったか。


死体を埋めた場所にいる可能性もあるか。


「こちらが被害者の分からないトロフィーです」

刑事さんが棚に置いた密封された袋3つを見せてくれた。


どれも髪の毛を5センチ程度切って糸で束ねたものだった。


長髪な若い女性ならまだしも、髪の薄くなりかけている高齢者だったら5センチも髪の毛を切ったら目立ったんじゃ無いかね?

それともボランティアで散髪もやっていたとか?

無駄にそう言う腕を磨いていそうな気もしないでも無いが・・・高齢者用施設でのヘアカットってどうやっているんだろ?


まあ、それはさておき。


「こちらの人はまだ死んでいませんね。

誰かターゲットの髪の毛を前もって集めていたようです」


死んだ後に髪の毛をゲットするのは難しいだろうから、じわじわと苦しめている間に色々と準備しているのだろう。

・・・と言う事は、あの施設に誰か苦しめられていた人がいるのかな?

植田さんと同時進行で虐待していたのか、それとも植田さんが脳死状態になって次に移ったのか。

そこら辺は所長さんなり警察なりが調べれば良いだろう。

もしかしたら虐待の証言も貰えるかもだが・・・認知症が進行している人だったら証言能力を認められるか微妙かも。


「そうですか」

ちょっとほっとしたような顔で刑事さんが証拠品の袋の記載を確認していた。

考えてみたら、毛先だけだったらDNA情報が無いらしいから誰の毛かなんて確認できないかな?

死んでいないのは幸いだけど、肋骨にひびを入れられた状態にでもなっていないとターゲットにされていた人は見つからないかも。


「では、こちらの方を喚びますね」

真ん中の証拠品袋を手に取り、魔力を注いでリンクを形成し、召喚の魔法陣を脳裏に描いて喚びかける。


名前が分かっている方が喚びやすいんだけど、取り敢えず体の一部があるので足りない分は魔力でカバーだ。


『なに?

折角静かに休んでいたのに』

ふわっと目の前に魔力が凝り、若い女性の霊が現れた。


おや。

高齢者じゃなくって名畑さん寄りな被害者だね。

証拠品袋のビニールに遮られてはっきりとは見え難かったけど、確かに髪の毛も艶があって若々しかったかも。


「こんにちは。

退魔師の長谷川凛と言う者です。

今回警察に依頼されて貴女を喚びました。

貴女を殺した木島の悪事がバレて、起訴する為に捜査中なんです。良かったら貴女の名前や遺体の場所、あと木島が何をしたのかを教えてもらえます?」


『あら、正義が勝ちそうなんだ?

名畑さんは呪い殺してやるって意気込んでいたけど、あの男って無駄に鈍感そうだったから諦めて昇天したのよねぇ。待っていた方が良かったかしら?

良かったらこのまま召喚状態を続けてくれない?』

おっとりと頬に手を当てた女性の霊が頼んできた。


うわ〜。

名畑さんの後に殺された人だったんだ。


「自分の血族とか、特に徳を積んだ格の高い霊とかじゃ無い限り、霊を召喚したままにしていると穢れを蓄積して悪霊化しちゃうので、やめた方が良いです。

それよりも、貴女の名前や住所とどこで殺害されたのかとか遺体がどうなったのかとかを教えて貰えますか?

情報が詳しくあればあるほど、確実に木島の起訴が立件できるんで」


数日ならまだしも、殺人事件の裁判なんて、数ヶ月から数年は掛かるし、もしも死刑を求刑された場合なんてあれって執行するまでに無駄に時間が掛かりまくるから絶対に霊がヤバいことになる。


確かに冤罪とかが後から分かっても死んでいたらどうしようも無いから色々と抗告出来る制度は必要だとは思うけど、日本の裁判の抗告制度ってかなり問題ありまくりらしいし、何十年も死刑囚として刑務所にいた後に解放されても既に人生は実質終わっていて手遅れでしょう。


まずは冤罪なんぞ出来ないように色々と透明度の高い制度にすれば良いんだよねぇ。

取り調べはちゃんと録画し、弁護士が立ち会う状況にするとか。


確かに弁護士が一々口出ししていたら有罪な人間まで逃げちゃうかも知れないけど、少なくとも無制限にいつまでも延々と自白を迫るような取り調べが許される制度っておかしいと思う。


『あら残念。

まあ良いわ。

まずは名前だったわね。

香取沙耶と言うの。

住所は・・・』








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