第489話 ヒーローじゃないじゃん!
「ちょっと遠いけど泊まりがけじゃなくて良かったね」
レンタカーをぽつんと離れた一軒家の前に停めながら碧が言った。
「だねぇ。
一昨日帰ってきたばかりなのに直ぐに今度は青木氏の猫部屋に預けたりしたら、絶対に源之助が臍を曲げたよね」
東京都の隣の県なのでまだ『首都圏』なのだが、意外と大きな街を外れるとここら辺でも田舎っぽい。
下手に人が少なくて閉鎖的で人間関係がべったり近い本当の田舎よりも、こういう田舎だけど微妙に都会化している場所の方が近所の人に首を突っ込まれなくて怪しげな研究には向いているのかも?
「ほんと。
ちょっと遠いから季節が良くて源之助がキャンピングカーに慣れてくれていたらどっか温泉宿でも探して泊まっても良かったけど、この距離だったら2日通っても特に問題ないし、良かったわ〜。
ちなみに
碧が車から降りて、周りを見回しながら尋ねた。
「ちょっと臭うねぇ。
薄い理由が古いからか、ショボいからかは不明だけど」
こないだのは大人数を殺す為の大掛かりな術だったからなぁ。
あのクラスの悪臭はそうそう無いのかも。
前世も普通に腐りかけた死体の臭いだと思う程度だったし。
「そんじゃあ行きますか」
一軒家の前で立ってこちらに手を振っている田端氏の方へ進む。
県警からヤバい案件かもって連絡が入り、退魔協会の調査部と一緒に田端氏が先に来ていたらしい。
彼はそのまま昨晩はこの近所に泊まったそうだが・・・家族は居ないのかね?
2時間で帰れる距離だったら、帰宅しないと親ならまだしも奥さんだったら怒ると思うんだけど。
まあ、共働きで子供が居ないなら奥さんも残業で忙しくて夫が帰って来ようが来まいが気にしない可能性もあるけど・・・そうだとしたらそれはそれでちょっと切ない気もする。
「やあ、お久しぶり・・・でも無いか」
田端氏が苦笑しながら声を掛けてきた。
「まだ10日も経っていませんよね〜。
それともそれっぽい術を以前から研究していたんですか?」
ちょっと気になったので家の中に進みながら田端氏に尋ねてみる。
退魔師としてのリサーチに関しては田端氏も知らない可能性は高いだろうが、それこそ大陸の某専横国家の人間と研究目的でやり取りとかしていたら、治安機関の方で見張っていた可能性もゼロでは無いだろう。
「どうも被害者と言うか犯人と言うかは、いつか世界がゾンビに襲われる事になっても自分が解決してヒーローになると以前から公言していた変わり者らしいですね。
研究はしていたものの、実際の知識は漫画のでっち上げと大差ないレベルだったのではないかと言うのが調査部の結論です」
田端氏が教えてくれた。
ヒーローになる??
なんかこう、学校で虐められて引き籠ったとかコミュ障で就職に失敗したとかを、別の手段で補って承認欲求を満たしたいタイプかな?
でも、普通に退魔師として働ければコミュ障でも依頼はこなせるよね??
「なにそれ?
その人、退魔師として働いていたの?」
碧が眉を顰めつつ尋ねる。
「いや、弟子入りしたけど一人前認定を受けられず、授業料は払えなくなって力の使用を全般的に契約で禁じられる前に姿を消した『モドキ』らしい」
田端氏が答えた。
そう言えば、退魔師の弟子って違法行為とか人を傷付ける行為に退魔の術を使わないって契約をするけど、力の行使そのものは縛られないんだっけ?
脱落すると力の使用そのものも禁じられるって言うのは知らなかった。
違法行為と人を傷付ける行為を禁じられていればそれで良いんじゃ無いかと言う気もするけど、魔術って法で禁じられていないだけで人間としてやるべきじゃ無い行為も多いから、念のためなのかな?
でも、確かにそれならヒーローコンプレックスも分かるか。
と言うか、弟子入りして資金が尽きたって言うのに今まで何をして生きてきたんだろ?
ヒーローになりたいなら呪師としてバイトしていたって事もないだろうし。
・・・と言うか、退魔師の弟子入りしても呪詛は習わないと思うけど、自力で開発とか研究した場合にそれを使うのも弟子入りの際の制約で止められるんかね?
人が呪詛を使うのを手伝うんだったら微妙に制約に引っ掛からない気がするんだが。
呪詛返しを教わっていたら呪詛の知識もそれなりに身についちゃうんだよなぁ。
まあ、それはさておき。
ヒーローになる予定だったこいつは何をしようとしていたのかな?
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