第92話 広いんだけど?!
「藤山さんの事務所は北ウィングをお願いします。
夜でも出来るとのお言葉ですから、この程度は大丈夫ですよね?」
朝食を食べてすぐに現場に向かった我々は、メガネをかけた協会職員に何やら嫌味ったらしい言葉のオマケ付きで担当箇所を言い渡された。
「大丈夫か否かって言ったら大丈夫だけど・・・ホテルで見かけた人数から考えると、私たちの担当部分が随分と大きくありません?
全体の4分の1ぐらいありますよね?」
病院の見取り図を取り出して碧が指摘する。
おや。
態々プリントして持ってきたんだ?
この病院は、東西南北のウィングと追加のなんちゃら記念棟とかと合わせて大きく6つに別れている。
が、北ウィングが他のウィングより大きく、6分の1ではなくマジで4分の1ぐらいありそうだった。
20人近く召集されているようなのに、2人(しかも一人は実質見習いに毛が生えた程度)しかいない我々の『事務所』がその4分の1を担当と言うのはちょっとおかしい。
「北ウィングは外来専用だったので霊が一番少ないと思われますから、楽に終わるのでは?
どうして手に負えないようでしたら連絡下さい」
メガネが顔も上げずに答える。
感じが悪い。
碧なら余裕だと思っているのか、それとも危ない目にあって助けを求める羽目になればいいと思っているのか。
意図的に碧を嵌めようとすると白龍さまに祟られるリスクがあるのは既に協会も知っているらしいので殺意は無いだろうが、これも嫌がらせの一環なのかね?
なんで嫌がらせをされるのか、イマイチ不明だが。
碧はため息を吐き、病院の見取り図のコピーを更に取り出して職員に突き出した。
「ではこの部分なんですね。
赤ペンで範囲を囲って署名して下さい」
おお〜。
準備万端だね。
今までにも後から勝手に違う範囲を任された事があるんかな?
「え・・・?」
メガネが怯んだ。
おやぁ?
「どうせどれだけ霊がいるかなんて後から確認のしようが無いので、こちらの範囲に悪霊が少ないか否かなんて分からないし証明も出来ないんです。
この範囲で構いませんが、早く終わったからって『楽だったんだろう』と更に仕事を任されたくありませんので、広い代わりに霊が少ない想定でこの部分である事を明記して下さいね」
にっこりと笑いながら碧がペンを突き出した。
担当範囲の決定ってどの程度現場に権限があるんかね?
それこそ、袖の下を受け取って本来の範囲より多く碧に押しつけて、他の退魔師の仕事を減らすのも可能なのか、気のなるところだが・・・まあ、争っても不毛なんだろうなぁ。
取り敢えず職員が言い渡した範囲は書面が残っても問題が無い程度だったのか、メガネは大人しく碧の要求通り書き込みをして署名し、見取り図を返してきた。
「じゃあ、行こうか!」
さっさと終わらせて源之助の元に帰るぞ〜!と言う本音が滲み出ている碧が早足で歩き始めた。
「予定通り私が結界を張って、碧が除霊ね」
昨晩、夕食の後に腹ごなしも兼ねて下見に来たところ、この病院は場所が悪かったのか満遍なく悪霊が湧いている。
外来専用だったからと言って北ウィングが特に問題ない訳では無いのだ。
確かに入院棟は粘着質な霊が多そうではあったが。
ただまあ、数は多いものの小物が多かったので碧も言い争っても時間の無駄だと思ったのだろう。
問題は、こう言う場所だと一部だけ祓っても他から流れ込む事が多いので、早く始めるなら他からの流入を止める必要があるのだ。
そこで私が結界を張って霊の移動を禁じ、碧が祓うと言う役割分担を昨日のうちに決めていた。
碧の結界だと触れた悪霊が浄化されるので消耗が早いし、『他の奴らの分まで除霊するのは嫌』との事だった。
範囲指定は魔力で直接やるよりも補助があった方が楽なので、北ウィングの入り口に結界の範囲を指定する魔法陣を焼き付けた石を隠す。
後はもう一つ奥に置けばいいだろう。
「ここって除霊したついでに解体するのかな?
建物が残っていたらまた霊が集まって来るよね?」
ウィングの中を歩きながら碧に聞く。
あまりにも沢山の死が染み込んだ場所だったら更地になってもまた霊が集まるだろうが、ここはそこまでは酷く無いようなので建物さえ無くせば少なくともホットスポットにはならないだろう。
「どうだろうね?
今回除霊の依頼を出したのは電力会社だから。
この敷地を買い取ってから依頼を出したんだったらまだしも、単に除霊しただけだったら下手したら所有者へ連絡すら行ってない可能性もあるね」
碧が肩を竦めた。
「え??
私ら、不法侵入してんの???」
警察のお世話になるのは御免なんだけど。
逮捕はされないだろうけど、私有地に肝試しで入る馬鹿な若者扱いで注意されるのは嫌だよ!
「自治体に退魔協会から連絡して、『危険な私有地の確認作業と対処』に関する自治体特例規定を使っている筈だから、不法侵入扱いにはならないよ。
でも、自治体から所有者への連絡がちゃんと行くかは微妙だねぇ。
最近は新興系の不動産ファンドとかが買い取った場合なんかだと、霊の存在をトップが鼻で笑う事もちょくちょくあるらしいから。
古くからある銀行とかだったら『除霊した』って連絡が来たら『今だったら解体工事をしても現場での事故の確率がぐっと下がってる』って最優先で処理するんだけど、理論と数字だけでファンドを運営しているような頭でっかちなファンドマネージャーとかは霊なんて存在しないって信じてるタイプも多いらしいよ」
床に斜めに横たわるソファっぽい物体を足で押し退けながら碧が答えた。
成る程。
新興ファンドとかは情報が足りないか、信じない事もあるのかぁ。
将来不動産ファンドに投資するだけ貯蓄が増えたらそこら辺は注意しないとだね。
ま、現時点では私の知ったこっちゃ無いけど。
さっさと除霊して、源之助の元に帰ろう!
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