第85話 ケーブルと紐は違う!

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

凄まじい悲鳴が碧の部屋から響いてきた。


「どうしたの?!

大丈夫?!」

初依頼から帰宅し、荷物を置いて今回の依頼について備忘録を付けようとしていた私はタブレットを放り出して慌てて碧の部屋へ駆け込んだ。


「スピーカーのケーブルが・・・」

碧が絶望した様な顔で床にしゃがみ込んでいた。


近づいて覗き込んで見たところ、ちょっと旧式なオーディオスピーカーのケーブルがプッツリ切れていた。


「あらま。

どうしたの、それ?」

うっかり刃物で切ったと言うので無い限り、タイミング的に言って源之助だよねぇ。


引越した後に全ての家電は動くを確認していたから、引越しの際の事故では無い筈。


『すまぬ。

源之助が紐のオモチャを噛み切っても碧は笑っていたから紐を噛むのは問題ないのかと思って、引っ張ってその箱を倒さぬ様にだけ注意しておったのだが・・・ダメだったのじゃな』

碧の悲鳴で駆け寄ってきたシロちゃんが項垂れながら言った。


そっかぁ。

シロちゃんは外犬だったと聞く。

家電のケーブルとオモチャの紐の違いがイマイチ分かっていなかったのか。


クルミなら知っていた筈だが。

『何で注意してあげなかったの?』

クルミに念話で尋ねる。

今日は初の1日がかりの外出と言う事で、クルミにサポートを頼んで分体をシロちゃんの首輪に付けておいたのだ。


色々バタバタしていたのでクルミの視点からの監視はしていなかったが、クルミがしっかり見ておいてくれると思っていたのに。


『コンセントに繋がる黒いのやタブレットに挿すのは噛んじゃダメって教わったけど、細いその紐はオモチャだと思ったにゃ』

おやま。

家猫でもイマイチ紐とケーブルの違いは分かっていないのか。

電源ケーブルは感電する危険があるから絶対に噛ませるなと言ってるし、携帯やタブレットの充電用のUSBケーブルも手を出したらダメと言ってあったのだが、オーディオスピーカーのケーブルはちょっと想定外だった。


私はワイヤレスイヤホンを使うから、スピーカーを持ってないので考えてもいなかったんだよねぇ。


「シロちゃんとクルミを連れて、家中の噛まれたり蹴り落とされたりしたくない物を説明して回ろうか」

項垂れる碧に声を掛ける。


「そうだね・・・」


これって修理出来るんだろうか?

ちょっと古そうに見える日本のメーカーのスピーカーだから、下手したら既に製造廃止になってそうな気もする。

却ってタブレットや携帯の充電用ケーブルの方が買い換えるのは簡単そうだ。


がっくりしていた碧は暫しフリーズしていたが、やがて気を取り直したのか、勢いよく立ち上がった。

「基本的に、この部屋にあるものはリビングで使っているオモチャを持ち込んだ場合を除いてどれも噛ませないで。

服も、バッグも、ケーブルも、シーツもカーテンも、全部噛むのは禁止ね」

ばっと手を振って、部屋全体を示しながら碧がシロちゃんにお願いした。


「あ、カーテンに爪を立てて登ろうとしたらそれも止めて。

ジャンプしてどっかの上に辿り着くのは良いけど、基本的に生地とかに爪を立てて登るのは禁止。

あと、私の部屋も同じで、どれも噛むのは禁止」

知り合いの家のレースのカーテンの惨状を思い出して付け加える。


基本的に留守にする際は私の部屋のドアは閉めてあるが、賢い猫ってドアノブにジャンプして飛びついて開けられる様になるとも聞くから、子守り役達に禁止事項をしっかり伝えておく方がいいだろう。


「玄関とかの靴も噛むのは絶対にダメ。

噛まないと思うけど、傘も同じく。

後、もしも靴磨きの道具とかが出てたらそれもオモチャにしないように見張っておいて、じゃれつこうとしたら止めてね」

廊下に出た碧が玄関側に目をやって注意事項を列挙していく。


確かに、靴磨きのクリームとかを食べたら健康に悪そうだ。


「鍵置き場まで届かないとは思うけど、無くされても誤飲されても困るから、鍵で遊ぶのもダメ。

あと、ここの棚に入っている物は危険だから絶対に近づけない様にしてね」

廊下にある造り付け棚を指差しながら碧が更に指示する。

そこは薬とかが入っているので、うっかり開けっ放しになっていて中の物を穿り返して飲み込んだりしたら命に関わる。


「フットランプに反応するか知らないけど、これも噛もうとしたら止めてね。

と言うか、基本的にオモチャ以外は噛みつこうとしたら止めて、爪とぎも爪研ぎ用の板や段ボール以外で研ごうとしたら止めて。

特に、壁紙では絶対に爪を研がせないで」

今のところ小さいせいか爪研ぎはリビングのラグでそれっぽい仕草をしているが、特に被害は出ていない。


だが、大きくなって爪なり握力(?)なりが強くなってきたら、爪研ぎによる被害も大きくなるだろう。


現時点では爪研ぎの板の用途をイマイチ理解していないっぽいんだよなぁ。

後で爪研ぎ板で爪を研ぐ様、クルミに源之助を誘導してもらおう。


「植木鉢は・・・少しぐらい齧ってもいいけど、ひっくり返さない様気をつけて見ておいて」

碧が続ける。


碧は家の中に植物があるのが好きらしく、植木鉢があちこちに置いてある。

まめに土に触れて乾いているかを確認して水をやっているのだが、源之助を迎えるにあたって猫に有害だと言われているポトスとかの植木鉢は処分していた。


猫は完全肉食獣なんだから植木鉢の植物を食べたりしないだろうと密かに思っていたのだが、食欲の対象でなくても噛みたくなるのが子猫なのか、安全な筈だからと残されたオリズルランやサンスベリアはかなり毎日噛まれている。


まあ、ケーブルだって美味しい訳でも無いだろうに噛んでいたから、子猫にとっては食べるべき対象か否かは関係ないっぽい。


フルタイムで子守りを頼める使い魔がいない一般家庭はどうやってこの無差別噛み噛み攻撃に対処してるんだろ??













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