第84話 初心者用案件
「ふ〜ん、こう言うのが初心者用案件なんだ」
下り坂の一番下で急カーブになっている突き当たりに置いてある花を見ながら思わず呟く。
「難しいかな?」
碧が軽く首を傾げながら尋ねた。
「碧がやる方が良かった案件だなぁ。
難しくはないけど」
どうやら元々地形が事故を起こしやすいものだったのに加え、何人か自転車事故で死んだり怪我をしたせいでちょっと陰が出来て微妙に感知力のある人の注意を引き、更に事故が起きやすくしているっぽい。
別に地縛霊と言う程の存在は居ないが、ここで亡くなった人や怪我をした人の念が蓄積しつつある。
あと数十年ぐらい放置するとか、もう数人亡くなったら危険なスポットへと進化しそうだが、現時点では『へぇ、これにお金を払うんだ?』という感じ。
とは言え、私が祓うと霊は消えちゃうだけなので、少し同情する。
白魔術系の人がやればもっと良い感じに優しく浄化されるんだけどねぇ。
漠然とした悲しみと後悔の念の凝った結晶の様なものなので、そこまで気を使う必要も無いけど。
「だよね。
こんなのを退魔協会に頼むなんてちょっと意外。
初心者用案件としては理想的かもだけど」
碧が頷きながら言った。
「あれ、資料に目を通さなかったんだ?
ここで人が亡くなった後に安全対策を取ったにもかかわらず怪我人が出たから、多少視える市役所の人が確認に来たんだって。
微妙な感じだったけどそのうち悪化するかもと上司を説得したらしいよ?」
どうやって上司を説得したのか不思議だけど。
と言うか、『多少視える人』がそうと認識されて市役所に居ること自体が意外。
国レベルじゃないと退魔師とかの存在って伝説扱いなんだと思ってた。
それとも地縛霊と不動産の関係で、自治体も霊の存在をちゃんと認識しているのかな?
でも、そうだとしたらヤバい案件に建築許可が降りる現実はどうなのかねという気もするが。
「源之助用のブラシに関してリサーチするのに忙しかったから、資料は見てない。
でもそうか、ここだったら初期の段階の霊障でも頼んで不思議はないね」
碧が納得した様に頷いた。
「え、なんで?」
ちなみに、既に家には獣毛ブラシとラバーブラシとコームタイプブラシとある。
後何が必要なの???
源之助がブラッシングをさせてくれないのはまだ子供で落ち着きが無いからじゃない??
ブラシを買い換えるよりも、もう少し源之助が育つまで待つ方が現実的だと思うが。
第一、子猫なんだからまだそれ程毛は抜けないでしょ?
最高でも半年しか生えていない毛なんだから。
考えてみたら、猫の毛のターンオーバーってどの程度なんだろ?
近所の犬は季節の変わり目にごっそり毛が抜けてたけど、猫もそうなのかな?
それはさておき。
何でここだと初期の霊障でアクションを取るんだ?
「ああ、凛は知らないか。
この市って10年前ぐらいに全く退魔とか地縛霊を信じない他所からきた市長が当選してね。
市の施設とか高齢者用ケアセンターとかを安い事故物件の土地へ何の対処もせずに建てまくって『見よ、市の財政をこんなに立て直した!』って喧伝して2期目も当選したせいで、多数の施設が霊障ありまくりな状態のまま稼働を始めちゃってね。
市の施設における死亡者数が全国1になっちゃうぐらい色々ヤバい事になっちゃったんだ。
お陰で国が重い腰を上げてからは、ウチの父親も含めたある程度以上のランクの退魔師が総動員になって、それなりに業界で話題になったんだよね〜。
ある意味関係ない後の市長が余所者が立てさせた事故物件の責任を取る羽目になってたら可哀想だったから、2期目の当選はよかったのかも?」
碧が肩を竦めながら答えた。
なるほど。
霊障を信じないで痛い目にあったから、今では神経質なぐらいに早期対応しているのか。
まあ、その方が初心者レベルの退魔師で対処できるから安上がりかも?
調査費用が掛かるかも知れないけど、ベテラン退魔師と初心者退魔師の報酬の違いって殆ど経験値が累乗している感じだからね。
調査費をケチって大問題になるまで依頼しない人は多く、そんな大問題を解決できる退魔師は限られているから、どうしても退魔協会に足元を見られるのだろう。
まあ、退魔師への報酬もガッツリ上がる様だから、退魔師の方もそれなりに経験を積むと相応な報酬を要求するみたいだし『協会が足元を見ている』と言う訳では必ずしも無いか?
ベテラン退魔師にしても、ある程度値段を釣り上げないと仕事が多すぎて大変だろうしね。
値段を釣り上げても対処しなけりゃならない事に変わりは無いが、少なくとも退魔師として働き続けようと思う人数は増えるだろうから金で釣るのも重要だ。
「そっか。
まあ、取り敢えず浄化して、ついでにここに霊や念が溜まりにくい様にちょっと結界を張っておくか」
祓う事しか求められていないけど、記念すべき私個人の初依頼だ。
少なくとも数年は事故が起きない様にしておこう。
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