初めての依頼

第59話 初依頼

「登録した途端に秋田とはね〜。

嫌がらせ?

それともそれだけ切実に人手不足なの?」

新幹線に乗る為に東京駅の中を人混みをすり抜けて進みながら碧に尋ねる。


まだ学生寮からの引っ越しの準備も終わっていないし諸々の書類の届出だってあるのに、提出書類の一環として税務署と退魔協会に会社設立関係の書類を提出したら、翌日(マジで翌日!!)に退魔協会から依頼の連絡が入ったのだ。


しかも、私は碧と組むのだから最初の付き添いも要らないだろうと、初依頼なのに見届け人も無し。


まあ、退魔そのものは下手に協会の人間から観察されない方が無難とは言え、扱いが雑過ぎる気がしてちょっと微妙な心境だ。


夏休みなので断るのに丁度良い言い訳が無かったし、折角会社を設立したんだからだからある程度は金を稼ぐべきだろうと結局依頼は受諾した。


でもなんかね〜。

『私らの事、随分と軽く見てない?』という気分だ。


思いやりが足りないよ、退魔協会。

色々書類の作成や引っ越しなんかで目が回るほど忙しいって書類を渡した職員にも言ったのに。


「まあ、両方なんじゃない?

夏休みになると家族持ちの退魔師は遠出をしたがらなくなるらしいから、秋田の案件はやる人間がいなくて困っていた可能性はそれなりにあると思う。

とは言っても他にもやれる人はいただろうから、よっぽど差し迫っているんじゃ無い限りこのタイミングで急がせたのは会社設立まで仕事を受けないって言った事に対する嫌がらせのつもりかな?」


新幹線の改札を通り抜けながら碧が答える。

「・・・マジで差し迫ってる案件だったら、そう言うよね?」


「あ〜。

差し迫ってるのって嫌がられるから、実力があって無事退魔出来そうだと思うと言わないこともあるね。

それに『差し迫ってる』のは危険度ではなく。政治家への影響力を持つ人間の根気とかご機嫌って事もあるし」

碧が肩を竦めながら答える。


マジか。

言われないのも酷いと思うが、政治家とのコネ次第で退魔の優先順位が変わるって言うのもどうかと思うぞ。


まあ、今世初の依頼なんで内容が何であれ真面目にやるつもりだが。


「温泉宿って話だけど、そう言うのって多いの?」

上手くいけば今後も割引利用させてくれないかな?

ちょっと秋田は遠いが、新幹線を使えば4時間前後だ。


・・・寒村時代を考えるととんでもない高速移動だが、黒魔導師時代を考えると長い。

あの時代は王宮の仕事だったら都市間転移網を使えたからなぁ。

国の端から端まで、30分程度で移動できた。

魔力の充填を前もってやっておいて貰えたらだが。


王宮の仕事以外で出歩く自由が無かった私は、一般的な個人の長距離移動に関する面倒を経験したことがない。

お陰でちょっと移動に関する期待値が変な事になっている気がする。


まあ、飛行機や新幹線での移動もそれなりに快適で早いんだ。

文句を言うべきじゃ無いだろう。


やっと魔術師としての能力が生活の糧に繋がるんだし。

先日の家探しついでの霊視依頼は・・・ささやかだし数に入らないとしておこう。


やっぱり退魔師としての初依頼は、新幹線に乗って遠出するような大きな事件の方が話の種になるし。


不動産屋の塩漬け案件解消はお手軽で金にもなるけど、原因解明しないとなるとあまり興味深い話にもならない。


「ようこそ!

お待ちしていました!!!」

秋田駅でローカル線に乗り換え、山の奥の方へ進み最寄駅まで来た我々を迎えてくれたのは意外にも若い男性だった。


偏見かも知れないが、若い男性なんて最も悪霊や霊障なんかを信じないと思っていたんだけど。

ついでに、政治的コネがあるようにも思えない。


中年か、高齢者が来ると思っていたんだが・・・車の運転手として出迎えを言いつかっただけなのかな?


それにしては随分と嬉しそうに迎えられたが。

「初めまして。

退魔師の藤山 碧です」

「同じく退魔師の長谷川 凛です」


取り敢えず、退魔の仕事で『快適生活ラボ』と言う会社名は微妙なので、普通に個人名を名乗る。


グッズ販売の事を念頭に会社名を決めたのだが、考えてみたら退魔師としては微妙だった。

これじゃあ会社の名刺を作っても退魔の仕事では使えないかな?

それとも、会社名を読み上げずに見せるだけならフォントに気を使えば何とかなるだろうか?


まあ、退魔協会からの派遣なんだから『退魔師 長谷川 凛』っていう名刺でも良いよね。

・・・と言うか、退魔師に名刺は必要ないか。


そんな事を考えながら迎えにきた男性をそれとなく観察したが、特に馬鹿にした様な表情は見せなかったので退魔師の存在そのものはどうやら信じている様だ。


ちょっと意外。

まあ、霊障とか悪霊を目撃したら、それを対峙する退魔師の存在も信じる様になるか。

じゃなきゃ解決策がないって事になるものね。


「白岩温泉の水城 隆です。

急なお願いにこんなに早く対応していただき、本当に助かります。

明日から東京から団体客が来る事になっていたので、どうするか頭を抱えていたんです!」


ほう。

もしかして、その団体客の誰かが退魔協会にコネを持っているのかな?

まあ、単に協会の誰かが温泉好きで割引券と引き換えに我々を差し出した可能性もあるけど。











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