第56話 追加調査
「中々あの青木氏もちゃっかりしてるよね」
夕食のメニューをさっさと決めた私は、まだ迷っている碧に話しかけた。
考えてみたら話しかけない方が早くオーダーが決まって良いかな?
まあ、この後の待ち合わせまで時間はあるので構わないだろう。
「そうねぇ。
狸だけど信頼は出来るってお父さんに勧められたんだけど、一筋縄じゃあいかないって感じだね」
メニューを閉じて店員へ目で合図しながら碧が答える。
何故こんな愚痴っぽい話をしているかと言うと、私達はこの後更に3件ほど青木氏の塩漬け案件を見て回る事になったからだ。
借りるマンションの夜の状態を確認させてくれとは言ったが、碧のマンションの近くなので適当に遅くなるまで会社設立の話し合いでもしようと思っていたのに、気が付いたら言い包められていた。
しかも夜間労働なのに追加料金無し。
「ちょっと私ら、もう少し押しを強くしないとビジネスとして駄目だよねぇ」
小さく溜息を吐きながら碧が呟く。
「まあ、まだ学生なんだから多少の押しの弱さはしょうがないんじゃない?
後で青木氏に合流した際に、我々が夜間労働として追加料金を要求していたらどう反応したか、聞いてみよう」
碧パパの紹介って事は半身内っぽい扱いをしても大丈夫だと期待したい。
そんでもってもっと金を払う気があったか、もしくは後日に依頼するつもりだったか。
相手側の答えを聞いていって少しずつこう言う場合の両方が納得できる答えを探していく練習をしていこう。
退魔協会はイマイチ練習相手に適していないとは思うが、あそこにだって真摯に向き合ってくれる職員がいるかも知れないし。
うっかりしていると隷属魔術を掛けられたり、殺されたり売られたりしない(多分)世界に折角生まれたのだ。
時間を掛けて着実に成長していけば良いだろう。
◆◆◆◆
「いやぁ、調査料を再度払う事になるにしても、ハズレを排除できるのはありがたいですね〜」
今晩最後の物件へ車を運転しながら青木氏がご機嫌に言った。
結局、夕食後最初の物件は霊障無し、次のは地縛霊付きだった。
我々にとってはどちらも5千円。
ちなみに、ごねたら夜間料金を払うつもりがあったのか聞いたら、夜間でなくても1万円ぐらい払っても問題なかったとの事。
「そうか、退魔協会への調査料を支払い拒否出来ないにしても、霊障がない案件に対する調査費を節約できるんですね」
碧が呟く。
「そう考えると、祓わないにしても霊障の有無チェックのサービスと言うのにもそれなりに需要がある訳ね。
近所で、車で送り迎えしてくれるなら一件当たり日中5千円、夜間なら7千円でやっても良いですが、どうでしょう?」
碧と話し合っていた金額で青木氏に提案する。
青木氏だけでなく他の不動産屋にだって塩漬け物件はそれなりにあるだろう。
そのうち需要を食い潰すかも知れないが、命へ危険は少なく、時間もそれほど掛からないある意味学生の間にはうってつけなお手軽ビジネスだ。
折角私の発見報告で碧の所得税が免除されるのだ。
それなりに儲けないと勿体無いし。
「良いですねぇ。
是非お願いしたい。
知り合いでも塩漬け案件に困っている所がありますが、紹介しても良いですか?」
「ええ。
近いうちに事務所を設立する予定ですが、取り敢えず私にメールで連絡して下さい。
ちなみに今回は契約書無しでしたけど、こう言う依頼って契約書や領収書みたいのを交わすものですか?」
碧が尋ねる。
会社としてはちゃんと契約書を交わして領収書を発行し、売上の記録とかを取らなければいけないのだろうが、なんといってもまだ会社自体が設立し終わっていないし、業務フローも決めていない。
第一、霊障チェックなんていうちょっと平均的なビジネスから外れた業務に関してどの程度フォーマルにやるのか、全然知らないのだ。
これが退魔協会経由の仕事だったらそう言う細かい事は全部あちらが請け負ってくれるのだろう。
そう考えると、大きな組織の下で働くメリットも見えてくる気がする。
「そうですね〜。こちらとしては費用計上する為にはなんらかの契約と領収書があった方が良いですが、毎回契約書を交わしていたら大変ですから。
ちょくちょくお願いすることがあるタイプの依頼だったら漠然とした業務委託契約を結んで、随時依頼した事に関して合意のメールなりファックスなりで確認をとって、月締めで会計処理という所ですかねぇ。
これからもお願い出来ると言うのでしたら、契約書の雛形を明日にでも持って来ますよ?」
にこやかに青木氏が答えた。
う〜ん。
彼に頼り切りと言うのも微妙だ。
ネットでもそう言う随時依頼的な業務委託契約の雛形が無いか、探してみよう。
SOHO的なビジネススタートアップへのサポートをしているサイトとか、無いかな?
もしかしたら、会社設立サポートサイトにもあるかも。
本当に、退魔協会がこう言う事務所設立や契約締結の流れに協力してくれたら楽なんだけどねぇ。
でも、あそこを頼ったら碌な事にはならない気がするからなぁ。
世の中、隷属魔術を使わなくても人の搾取はそれなりに簡単に出来るのだ。
青木氏との契約書も、サインする前に碧パパにも相談した方が無難かな?
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