第55話 自分だけエレベーター

「4階はどんな間取りになっているんですか?」

各部屋を見せてもらいながら青木氏に尋ねる。


ちなみにこのマンション、中だけ見るなら完璧だ。

8畳の南向きのリビングに、同じく南向きの居室がリビングに繋がっている。引き戸で完全に開放するとほぼリビングと一体化する間取りで、これは元は和室だったらしいがリフォームの際に板張りに変えたそうだ。

こたつを置く際には柔らかいマットでも敷いた方が良さそうだが、我々には畳よりフローリングの方が掃除がしやすくて良いだろう。


台所には3口コンロと大きめなシンク。

流石にディスポーザーは無いが、床暖房はリビングについていた。


まあ、床暖房はホットカーペットでも代用できるけどね。

勿論、夏用にエアコンもある。

居室の方はないけど、リビング用が大容量なので扉を開けっぱなしにすればそれなりに涼めるだろう。


勿論お風呂は追い焚き付きの半自動タイプ。

24時間換気で、浴室乾燥がない代わりに乾燥機能付きのドラム式洗濯機が備え付けで洗面所に置いてあった。


リフォームしたばかりで綺麗だし、ほぼ理想的なのだが・・・3階まで毎回階段を登るのは疲れている時はちょっと微妙かも?

駅からは近いので便利そうだが、大通りに面しているので夜中に酔っ払いとかが近くで騒ぐ可能性もあるし。


とは言え、大通りに面しているので夜遅く歩いて帰ってきても安心だ。タクシーとかも捕まえやすそう。


ほぼこれでも良いかな?と思わないでもないが家というのは周辺からも影響を受ける。

クルミが聞き込みをやっているが、青木氏にも確認すべき事項だろう。


「4階はこのマンション全体の持ち主が住んでいるんです。

4階には裏から入れるプライベートなエレベーターがあるので偶然道端で会わない限り顔を合わせる事もないでしょうが、60代のご夫婦なので静かだと思いますよ」


おい。

自分の所だけエレベーターつけたんかい。


まあ、エレベーターで他の住人と一緒になると微妙に気不味い事もあるからね。

家主としては変に絡まれないように徹底して動線を分けたのかな?


「4階はって事はフロア全部を使っているんですか?」

ちょっと驚いたように碧が尋ねる。


「このマンションはこの部屋が3LDKで、正面が2LDKに左隣がワンルーム、右隣が1LDKなので4階全部と言ってもそれ程極端に大きい訳ではないですよ?」

と青木氏。

十分大きいよ。

まあ、この駅から歩いて5分のマンション敷地を持っていた地主っぽい人にとってはそれって大きくないのかもね。


私らからみたら豪邸クラスだけど。

碧だって旧家のお嬢様の筈なのだが、藤山家の場合は実家の住居も地域コミュニティの共同資産の一部的な考えがあるっぽく、私生活に関する考え方は意外と私に近い。


「この部屋の寝室の上にフレイル対策のフィットネスルームを作るとか、そんな危険はありませんか?」

ファミリー向け物件だと子供が食卓やソファーから飛び降りる際の音とかが凄く煩いらしいが、流石に60代なら子供も十分成長しているだろう。

孫が遊びにくる可能性はあるかもだが、少なくとも夜中に騒ぐことはないと期待したい。


あまりにも煩かったら隠密型クルミ分体を送り込んでスリプルの術を掛けてやるつもりだが。


そうなると、それこそバーベルやウェイトマシーンを置かれるリスクの方が心配だ。

普通の家だったらまずないだろうが、フロアぶち抜き豪邸だったら自分の家にジムルームを作ってプライベートなトレイナーを呼びつける可能性だってありそう。


夜中に眠れないからと言ってトレーニングを始められたら堪らない。


「あ〜。

多分大丈夫だと思いますよ?

マンションの資産価値に強い関心を持っていらっしゃる方だから、自分から住民を追い出すような事はしないと思いますし」

青木氏が微妙な表情で答えた。


この微妙な表情は何を意味しているのだろうか・・・と考えていたら、クルミが帰ってきた。


『他の部屋は特に問題ないみたい?

この部屋には家主さんの息子夫婦が住んでいたけど、嫁がイビられすぎて壊れちゃって居なくなったって隣の家にいた犬の霊が言っていたにゃん』


おおう。

マンションの資産価値には注意するけど、『身内への仕打ちは何をしても構わないでしょ』派だったのかな?

今この部屋が空いているんだから、イビられた嫁は逃げたか死んだかしたんだろうが。


いや、これだけ穢れがこびりつく程イビられて怨んでいたんだ。

死んでいたら地縛霊になっているか、上の家主に呪詛を掛けてるだろう。

今は鬼姑から離れて穏やかに幸せな生活を送っていると願ってまっせ。


さて。犬の霊がいたということは、ここは前からペットOK物件だったのかな?

まあ、周囲がそれなりに満足しているなら他人には普通な家主なんだろう。


「どうする?

階段登りは運動の一環だと思うことにする?」

碧の方を見て尋ねる。


私の方が色々と体を鍛えているので、エレベーター無し3階がネックになるのは碧だろう。


「そうね。

この年で運動不足なんて良くないし、頑張って毎日階段で運動するかぁ」

碧が窓の外の景色を確認しながら頷く。


「では、ここにしますか?」

青木氏が嬉しそうに尋ねる。


「一応、夜中の様子も見たいですから、鍵を貸して頂くか、夜の11時ぐらいにもう一度付き合って貰えますか?」

碧がキリリとお願いする。

色々と東京に出てくる際にご両親から注意を受けたらしいが、夜中の環境チェックもその一つらしい。

霊障も夜になると激変する事もあるしね。

チェックしておく方が無難だろう。


でもまあ。

良い所が見つかったかな?












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