14.

 不意に鳴り響いたチャイムに、おかゆを掬う手を止める。こんな時間に来る客には、心当たりがない。八時を過ぎた時計を確かめ、腰を上げた。

「すみません、岸田さーん」

 名前を呼ばれて、慌てて玄関へ向かう。

「どちら様ですか」

「すみません、警察です」

 警察が、なぜ家まで。一瞬湧いたいやな予感を押し込め、慎重にドアを開ける。向こうには今日園で会ったばかりの山際ともう一人、見知らぬ刑事がいた。

「夜分遅くにすみません。ちょっとお伺いしたいことができましたんで、署までご同行願えませんか」

 突然の要請に面食らい、じっと山際を見据える。

「どういった理由か、ご説明願えますか」

「実はね、縄畑が一番仲が良かったのは先生だと、いろんな方が言ってるんですよ。鈴井が、縄畑が園で薬を売ってたとしたら先生だろうと。それに先生、事件以来ひどく不安定だそうじゃないですか。最近は幻覚もあったとか」

「そんな、ことで」

 動揺が去ったあとに湧いたのは、怒りと悔しさだった。これまで、こんな屈辱は受けたことがない。園は、荷物になった私を切り捨てたのか。手が震え始めるのが分かった。

「私はこれまで薬物を使用したことはもちろん、持ったことも見たこともありません。使用したいと思ったことすらありません。こんな疑いは屈辱です。あなたは鈴井さんが間違っていると、嘘をついているとは疑われないんですか」

「もちろん疑ってますし、先生のお気持ちも分かります。ただ名前が出た以上、私達も何もしないわけにはいきません。ご足労お掛けしますが、署でそれを証明していただけませんか」

 悔しさで溢れそうになる涙を堪え、唇を噛む。拒否すれば更に疑われるのだろう。向こうは分かって言っている。今日は最初から、私を疑っていたのか。そのつもりで、しょーくんを悪く言わない私の話を記録していたのか。私は、正直に話しすぎたのか。

「分かりました。お伺い致します」

 昏く澱んでいく胸に、堪えられず悔し涙が伝い始める。括れない腹を無理やり括り、洟を啜りながら警察署へ向かった。


 異変が起きたのは、着いた警察署で更にどこかへ連れて行かれている最中だった。何か指示を叫ぶ声に、山際達も色めき立つ。

「おい、何があったんだよ」

 夜の静かな署内を、人が慌ただしく行き交う。山際さん、と背後から声を掛けたのは、沢岡だった。

 沢岡は私に小さく頭を下げたあと、山際に耳打ちするように伝える。

――鈴井がトイレで。

 小さく聞こえた声に、視線を奥へ流す。人だかりのできたあの辺りに、幸絵はいるのか。人としては、平安な眠りを祈るべきなのだろう。でも今はまだ、できそうになかった。

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