第19話・第一章Ⅴ「機獣」
「魔王様。勇者が確認されました。」
軍議からしばらく経った頃、勇者の所在について、ガイから報告が上がる。
「そうか・・・。何処だ。」
「はっ!リーン殿の見立て通り、妖精の森から出てまいりました。」
「ふむ・・・。」
魔王の顔が曇る。
「もう一つ、ご報告がございます。」
「何だ?」
「勇者の行動はいつも通りでした。途中何度か敢えて遠回りをして、こちらを撹乱するような動きを見せております。その際、監視にあたっていた魔物数体が、何者かに襲われる事案が発生しました。」
「どういうことだ?勇者の支援部隊か?どこの勢力だ?」
魔王の眼光が鋭くなる。
「それが・・・こちらの監視部隊を襲撃した後、勇者にも襲いかかったのです。」
「・・・何?支援部隊ではないのか。」
「その者は勇者に斬り捨てられました。強さ的には中級魔族程度だったと思われます。魔王様に確認していただこうと、持ってまいりました。」
ガイが手をかざすと異空間の入口が渦を巻いて現れる。ガイはその渦に腕を突っ込むと、ズルゥリと、死骸が出てくる。これは・・・狼か?いや、それにしては・・・。
「これにございます・・・。私も少し混乱しております。」
「我も初めて見るな・・・。この金属板みたいなのが、こいつの肌か。並の武器では斬ることは難しそうだが、さすが勇者と言うべきか、見事な斬り口だ。」
死骸にしては、見た目の損傷が少ない。姿形がよくわかる。加えられた攻撃は二回。飛びかかりでもしたのだろうか。最初の一撃で、胴にほぼ両断に近い斬撃を加えている。その後、返す刃で頭部・・・いや、位置的に目か?連撃を加えて絶命させたか。反撃を許さない見事な攻撃だ。死骸から勇者の戦いぶりが手に取るようにわかる。
オードやトレッドでもこうはいくまい。また力が跳ねあがっている・・・。しかし、こんな金属製の狼のような種族、聞いたことがない。
「魔法生物の類かと思い、ネレス殿にも伺ってみたのですが、見たこともないらしく、すごく驚いておりました。」
「だろうな。しかし、中級魔族クラスの戦闘力か・・・。なかなか厄介だな。」
「はい・・・。潜伏・探索に特化した魔物は戦闘力が低い者が多い故・・・。」
「わかった・・・。ローグ配下の者は潜伏と戦闘力に長けておる者が多い。護衛として各部隊に増援を送らせよう。勇者の動向の監視は今迄通り、ガイ配下の部隊に任せる。それで良いか?」
「はい、ありがとうございます。」
「しかし、不気味な存在よな。勇者にも襲いかかるというのが気にかかる。こやつに知性はあるのか?」
「は・・・。それが話しかけても、意思疎通がほぼできないようで。獣の類と変わらないそうです。」
「獣と同じレベルか・・・。むぅ、どうすべきか・・・。」
魔王は一考した後、ガイに伝える。
「こやつのことは今後、機獣と呼称することにする。今後、機獣と遭遇したら、捕獲、捕獲が厳しければ殲滅せよ。部隊の被害を抑えることが最優先だ。遭遇地点は逐一記録、死骸を含めた機獣の身柄はネレスを中心に調べさせ、リーンにその補佐をさせよ。まだどこの勢力に属しているのかわからん。くれぐれも先走って迂闊に他勢力に手出しせぬようにな。各魔将の配下たちにも厳命せよ。」
「はっ!」
「ガイ、仕事を増やして、すまんが、よろしく頼む。」
「何を仰いますか。魔王様を守り、お役に立つのが魔将の役目です。皆も同じ気持ちでしょう。」
一礼して、ガイが下がる。場当たり的な対応しか取れないとは、なんとも忌々しい。しかし、正体不明な相手に対して無茶なことはさせられない。
勇者の復活地点はやはり妖精の森だった。これで色々合点がいく。そのきっかけまではさすがにわからないが、恐らく勇者個人として、エルフの助力を受けている。それ故の撹乱行動。勇者としても、エルフの勢力に迷惑をかけたくない、ということなのだろう。小賢しくも思えるが、狡猾ではない。何を知りたいのかわからんが、幾度となく我に挑むあの堂々とした態度に、我も応えたく思う。不思議なものだ。
個人に対しての助力と言っても、せいぜい滞在中の寝食の世話くらいであろう。その位で攻め込むわけにもいかぬ。後は・・・糧食・・・そうか。
「確か・・・レンバスと言ったか・・・成程。」
魔王は独り言を漏らす。古来よりエルフの伝統的な携行食。一口で腹を満たし、狩猟の際にも邪魔にならぬという便利な代物。妖精の森を出る際、レンバスを持たされているのであれば、途中、補給に人間の街に寄る必要もないということだ。しかし、あの進軍ルートを見る限り、勇者は意図的に避けている。エルフの勢力と同様、人間の各勢力にも迷惑をかけたくないということか。自分自身も人間だろうに、徹底しているな。しかし、レンバスはエルフの秘儀とも呼べる物だ。他種族に与えるとは余程信頼を得ているのか?・・・それなら、エルフは何故、死地とも言える魔族領へ勇者が向かうことを容認しているのだ?余程、勇者の復活について自信があるのか・・・?
「命の雫・・・か。いや・・・そんなはずはない。」
命の雫・・・太古に存在し、封印された技術。文献で見る限り、あれは、そんな万能なものではない。万能ではなく、世界に危機を及ぼすが故に封印されたのだ。あれは一種の『呪い』。勇者はそのことについて、どこまで知っているのだ・・・。
「ふ・・・。今更ながら、我が勇者に興味を持つとはな・・・。」
奴が自分から自らの体の秘密を明かすことはないだろう。だが、こちらから突き付けたらどうなるか・・・。勇者に卑怯と思われるだろうか。いや・・・もう残された時間は少ない・・・。もし、秘密を漏らすようなら、我も奴の話くらいは聞いてやるべきかもしれない。
そんなことを思いながら、魔王は玉座から立ち上がる。勇者の来襲は近い。魔王は無言のまま、鍛練に向かうのであった。
~つづく~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます