第18話・第一章Ⅳ「破滅の書」

 「・・・成程、面白い。盲点であったな。」

魔王様は満足気に頷いた。


「しかし・・・エルフか・・・。・・・・・!いや・・・まさかな・・・。」

魔王様の顔が一瞬険しくなる。


「魔王様・・・?どうかされましたか?」

ネレスが心配そうに魔王様に声をかける。


「大丈夫だ、ネレス。リーン、良い視点だったぞ。」


「勿体なきお言葉。これからも魔王様のお役に立てるよう、精進いたしんす。」


ドン!と、拳を叩き付け、トレッドが怒気をはらんだ声で話す。

「エルフ共め!裏でこそこそ人間どもと!魔王様!妖精の森を制圧するべきです!」


「・・・ふぅ・・・。落ち着くのだ、トレッド。ああ、オードもな?」

魔王様は大きなため息をつく。


「いや、魔王様、俺・・・いや、私は何も・・・」


「オード、まだ軍議も終わってないのに、武器を背負って何処へいくのだ?」


「う、うるさいぞ、ガイ。」



 「リーンの話、面白い。だが、証拠もない。あの用心深いエルフが迂闊に不戦協定を破るとも思えぬ・・・。人間の国と同盟でも組んでいるのなら攻め込むこともできようが、森に迷い込んだ人間を人道的観点から保護したということであれば、強く責めることもできまい。中立を貫くというのもなかなか大変なものだぞ。」


「は・・・。しかし、いささか手ぬるいように思えますな。」

ローグも少し不満のようだ。


「ローグ殿。それは表向きの理由でありんすよ。今の我々がその気になれば、妖精の森を陥とすことは十分可能でありましょう。魔王様・・・・・世界樹のことでありましょう?」


「その通りだ、リーン。世界樹はこの世界の根幹。みだりに傷つけてはならん。あの森を傷つけずに戦うのは難しい。それに、あの森は正にエルフ達の庭。こちらに制限がある状態で戦うには、あまりにこちらに分が悪い。」


「出過ぎたことを申しました。お許しを、魔王様。」


「よい、ローグ。もし、妖精の森を攻めるとならば、そちの力こそが勝利のカギとなろう。その時は、存分に力をふるってくれ。」


「御意。」


「よし・・・ガイよ。」


「はっ!」


「部隊を、エルフの勢力圏ギリギリに展開させよ。奴らに気取られないように、細心の注意を払え。もし、人間の国がエルフと接触するようなことがあればすぐに報告せよ。」


「はっ!ただちに!」



 命令を果たすため、魔将達が去り、魔王はしばし一人になる。他の公務を手早くこなすと、勇者の襲来に備えて、また鍛練に戻る。魔王の日々のルーティン。だが、その日は少し違っていた。


 普段よりも少し軽目の鍛練メニューをこなし、魔王は自室へと戻る。


「・・・ぬぅん!」

魔王が魔力を高めると、自室の奥の空間が揺らぎ、扉が現れる。それは書庫への入り口だった。武技を記した書、魔道を記した書、歴史書、各種生産技術書、世界の禁忌を記した書・・・知識を究めようとする者からすれば、宝物庫にも等しい部屋。数多の書物の中から、魔王は一冊の書物に手を伸ばす。


 『破滅の書』、禁忌の書物の一つである。この世界に起きた、世界自体を滅ぼしかねない危険な技術、出来事等が記された書物。それをパラパラとめくり、目を通しながら、魔王は思いを巡らせる。


 あの勇者がエルフと繋がっている証拠はない。ガイ達にはああ言ったが、恐らく国単位で友好を結ぶことはまずあるまい。エルフ側にメリットがなさすぎる。繋がりを持つとすれば、あくまで個人、だ。今は奴が妖精の森から出てくる所が確認できれば十分だ。


 妖精の森で復活を果たしているとすれば・・・考えられる要素は一つしかない、世界樹だ。


 世界樹を利用した技術は、太古には今よりずっと身近なものだった。それ故に世界の危機が起きた。一番有名なのが霊薬(エリクサー)の事件であろう。


 今でも魔族と人間の争いは続いているが、全ての種族が世界の覇権をかけ、争いの渦中に加わる、混沌とした戦乱の時代。その時代に於いて開発された霊薬(エリクサー)。瞬く間に傷を癒し、容易に戦力を維持できる。その材料が世界樹。どの勢力もこぞって世界樹を斬り、世界樹の樹液を集めた。争いが激化するほどに、その需要はとどまることもなく膨れ上がるばかり。そして、ある時、事件が起こる。


 世界樹の根が痩せ、世界に満ちていた魔素が急激に失われていった。人間等、もともとの魔力に乏しい者への影響は少なかったが、魔族やエルフ達など、高い魔力を有する種族には深刻な影響を与えた。ある者は、床に伏せり、衰弱し、死に至る。日常生活で負った僅かな傷すら塞がらず、なす術なく失血死する者達で溢れた。あるいは、正気を失い、味方だろうが誰かれ構わず襲いかかる者まで次々と現れ始め、更に大きな不幸をばらまいた。世界に死が満ちていった。その原因が、魔素の減少と判明するまで、それは治癒不可能の病として世界に蔓延った。その隙をつく形で急激に勢力を増したのが人間だった。


 その後、高い魔力を持つ種族間で密かに協定が結ばれ、世界樹を傷つけ樹液を集めることが禁止された。木々に詳しいエルフが世界樹の修復に努める。その過程で世界樹の樹液についての研究も一任された。長い時間をかけ、世界樹は徐々に修復され、現在に至る。



 ---・・・これだ・・・。

破滅の書を確認していた、魔王の手が止まる。世界樹研究の過程で産まれ、その研究者自らの手で凍結された技術。その名が、『命の雫』。


 その項目を黙々と読み進める魔王。その顔がどんどんと険しくなる。

「なんと・・・いうことだ・・・。」


魔王はグッと唇を噛む。

「もし奴が、妖精の森から出てくるようであれば・・・急がねばならぬ。」


書物を棚に戻し、書庫から出てきた魔王の腕は震えていた。

そして魔王は一つの決意を固めるのであった。


~つづく~

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