第16話・第一章Ⅱ「剣の魔将」

 「ふむ・・・。」

当たり前と言えば当たり前の報告だった。数有る人間の国の内の一つ。その街道沿いにて、勇者の姿は確認された。だが、魔城までの道中にある街や城など、人間側の拠点に立ち寄るところは確認されなかった。王城の兵達が物資の補充などで支援しているかと思ったが、勇者に接触する人間の存在は確認されていない。


 「特定に至らず申し訳ございません。」

ガイが深々と頭を下げる。


「よい・・・。一度で特定できるとは思っておらぬ。だが、これではっきりした。勇者は間違いなく復活している。」


「はい・・・。」


「勇者にはくれぐれも手を出すな。それよりも、勇者が魔城に至るまでのルートを確実に記録せよ。それと、勇者が発見された地点を始点にして部隊を再配備するのだ。他方面の監視は最小限で構わん。」


「は!再配備については既に指示を出しております。」


「うむ。さすがだ、ガイ。その調子で頼むぞ。魔将を集めろ。」


 魔王の指令を待っていたかのように、五つの影が浮かび上がる。

皆一様に片膝をつき、深くかしずいている。


「魔王様。我ら既に集結しております。」

深紅の鎧を纏った魔将が声を発する。魔将の先陣、魔軍随一の戦闘力を誇り、ガイと共に魔王の片腕と称される剣の魔将。オードである。


「おお、早いなオード。他の皆も御苦労である。」

魔王は満足気に労いの言葉をかける。


「魔王様。このオード、是非、お願いいたしたき事がございます!」

少し語気を荒げてオードが魔王に発言の許可を求める。


「控えよオード!」

ガイが苛立ちを隠さず叫ぶ。


「ガイ。貴様には問うておらぬ。俺は魔王様にお伺いしておるのだ。」


「よい・・・ガイ。オードよ、許す。申してみよ。」

魔王はガイを制し、下がらせた。


「此度の勇者の討伐、是非とも、このオードにお任せいただきたく。」

オードは魔王の目を真っ直ぐ見つめ、進言する。


「ほう・・・。オードよ、我が命令が、聞けぬというのか?」

鋭い眼光がオードを貫く。圧倒的な威圧感がオードを襲った。


「い、いえ・・・!決してそのようなことは!」

オードは目線を逸らさないことが精一杯だった。体中から冷たい汗が噴き出していた。


「ふむ・・・。この際だ。他の魔将で我の命令に不服な者はおるか?咎めはせん、申してみよ。」


他の四人の魔将は少し戸惑っていたが、

「魔将という立場を戴く以上、魔王様を守るべきことが我らが使命と心得ます。許されるのであればオード殿と思いは同じ。ガイ殿もまた然りでございましょう。しかし、魔王様の意に背いてまで戦おうとは思いませぬ。」


「ふはははは。やはり皆不服か。・・・では、今回だけだ。オード。勇者と戦うことを許す。だが、少しでも危ういと思ったらすぐに引かせる。その命令を無視した場合、我は勇者より先にそちを葬る。オードが引けば、勇者は魔軍の両腕と互角以上に渡りあったということだ。以後、全ての魔将は我の傍らにて守護を任じる。それで良いか?」


「は、はっ!」

ガイを含め、全ての魔将は声を揃えて新たな命に従った。



 ---ギィィ・・・。

玉座の間の入り口、巨大な扉が開けられる。


「・・・来たか。いや、また会ったな、勇者よ。」


「俺は勇者と名乗った覚えはないが。魔王よ、あなたに聞きたいことがある。」

魔将が怯んだ魔王の視線を真正面から受け止め、リーバが魔王に声をかける。


「ほう・・・。では、貴様の体の秘密を聞いたなら、貴様は答えてくれるのか?答えてくれるなら、貴様の話、聞いてやらんでもない。」


「・・・・・・すまないが、それは出来ない。」

リーバは首を横に振る。


「で、あろうな。やはり話にならん。以前にも申したが、我に何か問いたいのであれば、力を示せ。我を退けられる程の力をな。力無き者に我は耳を傾けたりはせぬ。」


「・・・わかった。」

リーバは剣を抜く。


「今日は余興を用意した。どうしても、貴様と戦いたいと申す者がおってな。」

業火にも似た闘気を発しつつ、鬼の形相でオードが勇者の前に立ちはだかる。


「・・・構わない。ここまで素通りさせてもらったんだ。受けて立つ。」


「・・・オードだ。魔王様への数々の無礼、許せぬ。魔王様がお手を煩わせるまでもない。ここで叩き斬ってくれる。」

闘気がさらに膨れ上がる。


「リーバだ。・・・すごいな、あんた。構えて向かい合ってるだけで気力が削られそうだ。」


「貴様もな。魔将を前にして逃げ出さないだけでも賞賛に値する。」



-----ギィンッ!


オードが先に仕掛ける。凄まじい剣撃。魔城に乗りこんだばかりの頃のリーバなら今の一撃で反応すらできずに終わっていた。


「・・・な!?」

傍らに控えるガイが、他の魔将達が驚嘆の声を上げる。剣の魔将の攻撃を真正面から受け止めている。やはり、以前より遥かに力を増している。


---ギャリギャリッ・・・

シュンッ!


「・・・ちっ!」


攻撃を受け止めた盾を滑り込ませ、そのまま懐に飛び込み瞬速の突きを放つリーバ。

寸前のところで躱すオード。


「ははっ!やるじゃねぇか・・・!やっぱ戦いはこうじゃないと面白くねぇ!」

オードは先程までと口調が変わっている。鬼の形相のまま、口元だけが笑っている。


先程よりも荒々しく、そして速さを増し、オードの剣が襲いかかる。しかし、紙一重で見切り、最小限の動きで避けるリーバ。連撃の最後の一撃を受け止め、カウンター気味にリーバの持つルーンの剣が踊る。それをまた、躱すオード。


正に剣舞。その流れるような二人の一連の動きは、美しさすら感じるものであった。

そんな二人の攻防は一時間近く続いていた。


攻撃の手数は明らかにオードが多い。が押しているのはリーバだった。カウンターの一撃の鋭さがどんどん増してくる。


--ズバッッ!


「・・・くっ!?」


オードが振り下ろした剣に合わせ、リーバの剣が一閃される。完璧に近いタイミング。一貫して攻め続けていたオードが初めて大きく距離をとった。


 オードの鎧が鋭く裂け、出血している。致命傷には程遠い。が、リーバの一撃が確かにオードを捉えた瞬間だった。


「下がれ、オード。」

魔王が、静かな声でオードに言い放つ。


「魔王様!・・・俺はまだまだやれる!!やらせてくれ!!」


「・・・もう一度だけ言う、下がれ。次はない。」


---ゾクッ。オードは背筋に寒いものを感じた。

「・・・はっ!」

オードは息を整えると、他の魔将と同じ位置まで下がった。



 「見事だ、勇者よ。」

魔王が武器を手に、リーバの前に立つ。


「休憩は必要か?」


「いや、このままで構わない。」


「そうか。・・・では、相手をしよう。」


「ああ・・・!」


---ブゥン・・・


リーバは魔石を起動し、弾け飛ぶように魔王へ迫る。


「ほう・・・・!」

これまで攻撃はカウンターに徹していたリーバが自分から攻撃を仕掛けた。魔王の意表を突いたつもりだった。


「面白い!が・・・まだ、足りぬな!」

魔王が剣を一閃する。先程とは逆の形。


「・・・っ!」


ガイィィンッ!


すんでのところで、リーバは盾で魔王の一撃を受け止める。しかし、盾はその一撃で大きなヒビが入っていた。


「我が一撃を曲がりなりにも防いだか。」


「ぐうっ・・・」

リーバが苦悶の表情を浮かべる。が、まだ目の光は死んでいない。


「その腕の骨、恐らく砕けていよう。この状況でまだ立ち向かうか。全く恐るべき胆力よ。それこそが、貴様の強さを支えておるのだろうな。」


魔王の目が冷たく輝く。

「これ以上は忍びない。楽にしてやろう。」


---ズヌッ!


「がぁっ!」


魔王の剣が、リーバの胸を貫いた。


「勇者よ。まだ懲りぬというなら、また来るがいい。」


リーバの口が笑みを作った気がした。次の瞬間、リーバの体は、光の粒子となり、霧散した。


~つづく~

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