第2話
昨日の晩、シキョウは宮月に、この横に並ぶ少女について訊いた。
INAPOの職員というのは基本的に事前に吸血鬼についての基礎的なことは学ぶ上、元生物学者や元福祉関係者、あるいは厚生労働省の職員だった者が多い。ヒバリはそのどれにも当て嵌まらない。どういうわけかと宮月に問いただしたのだ。
宮月は視線を上げデスクチェアをくるりと回転させると、「ま、口止めされてるわけでもあらへんし、ええか」と話し始めた。
「六日……シキョウ君外出とったときね。ここに突撃してきたんや。どないして調べたか知らへんけど、『ここが動物保護団体じゃないことを知ってます。話聞いてもらっていいですか。断るならここが秘密にしてることを報道機関とネット上に流す』って」
脅迫に近い物言いに、余裕のなさが感じられた。顔を顰めたシキョウに反し、宮月は愉快そうな笑みを携えていた。
「いやまあ、全部ハッタリやったらしいんやけど。動物保護団体ちゃうってこと以外は知らへんかったみたい。やけど場所もばれてもうてたさかい、話だけならってことで」
「……彼女は何が目的なんだ?」
「そう物騒な話ちゃうよ。『父親探し』」
「父親……?」
訝しげに、シキョウは訊き返した。
「中学生のとき言うとったさかい、五年くらい前かいな。そんときから行方不明らしいで」
「それは……私達には、関係ないだろう。警察なり探偵なりに頼ればいい」
眉根を寄せたまま首を捻ったシキョウに、宮月はふらりと手を振って否定した。
「そうもいかへん。何せそのおとん、吸血鬼やったんや」
シキョウが、何かしらの反応をする間も無く、宮月は話を続ける。
「万年人手不足で事件でもあらへんのに探したることは出来ひんさかい、雇うって形にしといた。君の相棒の件もあったし。とは言え、ほんまに吸血鬼かどうかわからへんねんけどなぁ。ただの日光アレルギー持ちで童顔のおとんやったってだけかもしれへん。ほんまだとしても、少なくともINAPOに登録はのうかった。ただそのせいで……まあこれ以上はさすがに本人から聞いた方がよろしおすやろ」
宮月はうんと伸びをして話の終わりを示すと、「ああそうや」とシキョウに向き直る。
「シキョウ君のことは、ヒバリちゃんが知りたがったら話してもええの?」
丸眼鏡の向こうで、切れ長の目が更に細められた。
「……自分で話す」
「はは。君はボクに聞いといて。不公平なこっちゃね」柔らかい声音で、宮月はシキョウを
宮月は最後にそう忠告めいたことを言い、話を終わらせた。
INAPOに戻った二人は、血液の提供者の一人・吉岡の件について宮月に報告した。
宮月は自分の端末をいくつか操作すると、片眉を上げた。
「ああほんまや、こっちにも連絡あらへんねぇ。どないしたんやろ」
彼はその場で吉岡に電話をかけたが、相手は応答しなかったようだ。首を傾げ、それから思案げに口元に手を当てた。
「……んー……。二人、報告おおきにね。もう出てええで」
言外に出ろ、と言っている風だった。先に背を向けたシキョウに続いて支部長室を出たヒバリの背に、「もしもし千代原さん、ちょい訊きたいことあるんどすけど」と、宮月が千代原に電話する声が届いた。
INAPOは夜から朝にかけて活動し、その間に三時間の休憩時間が設けられ、大抵の職員は食事と仮眠の時間として使っている。
夜に活動する特性上オフィス内に仮眠室は複数あるが、ヒバリはシキョウの部屋に入り浸ることが多かった。何せこの部屋、テレビもあれば本もあり、シキョウ以外使う者がいないから空いているベッドは新品同然。何よりヒバリが気に入ってしまった点は、出入りする人間がいないためとても静かで安眠出来ることだった。
ヒバリが休憩時間の度に部屋を訪れると、シキョウは苦虫のパスタを食卓に出されたような顔を毎回晒したが、最終的には好きにさせた。騒ぐでもなく大人しくベッドに入り時間になれば出ていくから許されたのだろう。
今晩も大人しくベッドに入り枕に頭を乗せ布団を
ヒバリがよくフィクションの世界で見かける吸血鬼は十字架や聖水が弱点だが、実際のところそれは誤りらしい。何せ、シキョウのベッド脇の棚の上には十字架やマリア像が飾ってあり小さな祭壇状態だし、本棚には聖書が新旧全て並んでいて、当の吸血鬼は寝る前と起きた後にバイブルを小声で読み上げるときた。
カトリックらしい。
最初に聞いたときは驚きもしたが、シキョウがページを丁寧に捲る音は心地好く、聞いている内に直ぐ眠りに落ちることが出来た。
寝入る直前、母からのメッセージを思い出した。後でいいや、と返信を先延ばしにしていた。『午後には戻る』と返すと、直ぐに既読マークがつき、慌てて画面を閉じる。
何か後ろめたいことがあるわけではない。嫌いなわけでも。ただ、苦手なのだ。あの家族の空気が。こちらを本当に心配する、優しい面差しが。
「……よし」
ヒバリはネットを開くと付近のカラオケの営業時間を確かめた。
その背にシキョウが視線を送っていたことに、彼女が気付くことはなかった。
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