至福の時まであと5分
OKAKI
第1話
時刻は11時55分。待ちに待った至福の時まであと5分。
テーブルに座ってじっとその時を待つのもありだけど、たかが5分、されど5分。ただ待っているだけじゃ長く、何かするには短い。
忙しい合間に読もうと、図書館で借りた1話5分で読める短編集に手を伸ばす。
ピンポーン
短編集を手にした瞬間、玄関のドアホンが鳴った。返事をする前に、モニターを確認する。いつもの宅配便のおっちゃんだ。
「はーい」
『お届け物です』
「はーい。少々お待ち下さい」
配達時間の指定は、いつも夕方にしているはず。なんでこんな時間に? と思いつつ、ドアを開ける。
「すみませんねぇ。時間指定は夕方だったんすけど近くに配達があったんで、もしかしたら居るかなあと思いまして」
分かる。分かるよおっちゃん。何回も来るの、面倒だよね。でも、何で今日に限って……
「大丈夫ですよー。ありがとうございますー」
本心を巧みに隠し、笑顔で判子を押して、荷物を受け取る。
荷物を持ったまま時計を確認すると、11時58分。ナイスだおっちゃん! ありがとうおっちゃん! いつも迅速に届けてくれて、ありがとう!
荷物をそこら辺に放り出し、テーブルに戻ろうとすると、今度はスマホが鳴った。
画面に表示された名前は、お義母さま! この電話に出てしまったら、30分コースは確定。私の至福の時間がダメになってしまう!
そう思いつつ、いかなる時もお義母さまを無視するなんて出来ない良き嫁は、密かにため息を吐きつつスマホをタップする。
「もしもし……」
『もしもしあっちゃん。忙しいとこごめんね』
忙しいと思ってるなら、かけて来ないでください! お義母さまも折角スマホを持たれたんですから、メッセージアプリを使ってください!
「いえ、大丈夫ですよ」
本心なんか露ほどもださず、愛想のいい声を心掛けて返事をしながら、時刻を確認して絶望した。
11時59分
終わった……私の至福の時は、1分前に終わってしまった……
『さっき届いたんだけどね、田舎から……』
ピンポーン
お義母さまの声を遮るように、再びドアホンが鳴った。
『あれ、お客さん?』
どうやらドアホンの音が電話越しに聞こえたようだ。
「そうみたいです! 後でかけ直しますね!」
私はこれ幸いにと電話を切り、ドアホンに飛びつく。
「はい」
『お忙しいところ申し訳ありません。私……』
どうやら訪問販売か何からしい。
「忙しいので、失礼します!」
相手の名前すら聞かずにドアホンを切る。その瞬間
ピピピピ……
至福の時を告げるアラームが鳴った。
「この時を5分……いいえ、3ヶ月待ってましたー!」
小さく叫んで軽く数ステップで席に座る。目の前にあるのは、今まさに開けられるのを待っている赤い蓋。
ペリペリと小気味いい音を立てて赤い蓋を開くと同時に、鼻腔をくすぐる豊潤な出汁の香り。
「お久しぶり、赤いきつねちゃーん! いただきまーす!」
小さく叫んで箸を持つ。真ん中にでんと構えるそれを箸で押さえ、一度出汁を染み込ませるのが私流。たっぷりの出汁を滴らせたそれを、一口かじる。
「んんんんー!」
まさに、至福の時!
大き過ぎて邪魔にも感じるあげの下から、真っ白い麺を箸で一掴み。ずるずると小気味いい音を立てて吸い上げる。
つるりと滑るのどごしと、歯ごたえがたまらない!
昔、柔らかい麺が好きな友人は10分待って食べるなんて言っていたけど、私に言わせたらそんなの邪道よ! 赤いきつねは5分が一番美味しいに決まってる!
「やっぱり、美味しい……」
麺を噛み締めながら、しみじみと思う。
突然学校が休校になり、再開されてもしばらくは給食はなし。子供達の栄養を考えると、インスタント食品を食べさせる訳にいかない。そんな母親としての見栄から、大好きな赤いきつねも3ヶ月間以上お預け。度重なる邪魔者の出現に一時はどうなるかと思ったけれど、こうして至福の時は守られた。
神さま、ありがとう!
なんて思いながら、いつもは残すお汁まで飲み干してしまった。
「ご馳走さまでした」
手を合わせてからお茶をすすっていると、読みそびれた短編集が目に入った。空の容器も箸もそのままに、短編集を開いて読み始める。この、ダラダラした時間も久しぶり!
「いいよね? 久しぶりなんだもの、いいよね?」
誰に言ってるのか分からない言い訳とお茶を口にしながら、本をめくる。
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