第6話  姫萩

「先生、わたしは異常でしょうか?」と令以子は、詩人の風吹士郎に迫って訊いた。令以子は芸大美術学部の三年生だった。

「ボクには異常とは思えんよ。キミはごく普通の女の子だし、よく言う能ある鷹は爪を隠す、ってタイプの典型だね。普段からファッションセンスはいいし、指輪といい、ジーンズだって、キマってる。才能は外見じゃあ判らないな」

「あっ、これ、リーバイスの安物です。穿き心地がいいんで、好きなんですよ」

「で、キミは一体この絵のどこが、異常だと言うんだね?」

「友達がみんな気持ち悪いって、夏休み返上して描いたのに、それで畑が違う先生にもご意見を伺おうかなって、来ちゃいました」と令以子は、上目遣いで風吹に媚びた。

 令以子が描いた油絵は、絵具を黒く異常に盛り付けていたので団子状のどべ炭が踊り狂っているようだった。まるでルオーの作品と瓜二つにも見えた。風吹が令以子に作品の題名を訊くと、「キリスト」と答えた。そう言われて、よくよく二歩三歩後退りして見ると、真ッ黒な顔のデスマスクが浮かび上がっていた。風吹は、なるほどと思った。「先生が好きな花は何なんですか?」と令以子がいきなり訊いたので、風吹は「姫萩だ」と答えた。すると「先生、今度それにします」と言ったので、風吹は真ッ黒になった姫萩を想像して、ググッとうなだれた。詩人の書斎には令以子が勝手に置いていった油絵が、床に何点か立てかけてあった。

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