とある家族の大晦日のひととき
さち
とある家族の大晦日のひととき
雪がちらちら降る今日は大晦日。商店街は今年最後の買い出しにきた人たちで賑わっていた。
あゆみは5歳の女の子。お母さんとお父さん、お姉ちゃんと一緒に商店街にきていた。
「お母さん、あとは何を買うの?」
手を繋いでいるお母さんを見上げてあゆみが尋ねると、お母さんは「そうねえ」と言って微笑んだ。
「お刺身も買ったし、あとは年越し蕎麦かしら。でもその前に、福引きをしましょうか?」
「「福引き!?」」
母親の言葉にあゆみとお姉ちゃんのさつきの声がそろう。子どもというのはいつの世も福引きが好きなものだ。ガラガラと回して玉が出てくる瞬間はわくわくする。
「あたしが回す!」
「あたしもやりたい!」
さつきとあゆみが競うように手を上げた。
「残念。券は1回分なの」
「「えー!!」」
ふたりが声を上げると、お父さんが「ふっふっふ」と笑いながらおもむろに10枚の福引き券を取り出した。
「これなーんだ?」
「福引き券!!」
「1回分!?」
お父さんが出した福引き券に姉妹が歓声を上げる。姉妹はそれぞれ1回分の福引き券を片手に福引き会場に走った。
「「お願いします!」」
「はいよ。1回ずつだね」
福引きのおじさんが券を確認してにっこり笑う。まずはお姉ちゃんのさつきが回す。ガラガラと賑やかな音を立て、出てきたのは白い玉だった。
「残念。ポケットティッシュだよ。次はお嬢ちゃんだね。届くかな?」
「お父さん、抱っこ!」
手が届かないあゆみが抱っこをせがむとお父さんが「はいはい」と笑って抱き上げてくれた。
小さな手でハンドルを握り、重そうにガラガラと回す。出てきたのは緑の玉だった。
「3等!おめでとうー!」
玉を見たおじさんが大声で言う。あゆみはパアッと笑顔になってそのままお父さんに抱きついた。
「やった!やった!」
「すごいぞ、あゆみ!」
「あゆみ、いいなあ!」
お父さんが笑顔で抱き締め、お姉ちゃんは羨ましそうな顔をする。福引きのおじさんがくれたのは赤いきつねうどん1箱だった。
「わあ!お母さん!あたし年越しそばこれがいい!」
お父さんと一緒に箱を受け取ったあゆみがお母さんに言うと、お母さんはクスクス笑いながら「いいわよ」とうなずいた。
「わたしも食べたい!あゆみ、お姉ちゃんにもちょうだい?」
「いいよ!お父さんとお母さんにもあげる!」
「じゃあ今年の年越しそばはあゆみが当ててくれた赤いきつねだな」
お父さんの言葉に姉妹が歓声を上げる。赤いきつねの箱と他に買った買い物袋はお父さんが持ち、あゆちとさつきはお母さんと手を繋ぐ。4人並んで「もーいーくつ寝ーるとーおー正月ー♪」と歌を歌いながら帰った。
その夜、夕飯をすませてテレビで大晦日の特別番組を見ていると、お母さんがお湯を入れた赤いきつねを4つ持ってきた。
「さ、年越しには少し早いけど、眠くなっちゃう前に食べましょう」
「わあい!!」
こたつに入って少しうとうとしていたあゆみがパッと目を開けて両手を上げる。お姉ちゃんも剥きかけのみかんをわきにおいて目をキラキラさせた。
「お母さん、もう食べていい?」
「いいわよ。熱いから気を付けてね」
お母さんの言葉にうなずいてお姉ちゃんが蓋を開ける。あゆみもお父さんに蓋を開けてもらうと、湯気と一緒にふわりと良い香りが立ち上った。
「んー!いい匂い!」
「いただきまーす!!」
夕飯もしっかり食べたのに、出汁のきいたいい匂いにあゆみのお腹がくぅっと鳴る。ふうふうと息を吹いて冷ましてから頬張ると、優しい暖かさと旨味が口一杯に広がった。
「美味しー!!」
歓声をあげるあゆみにお父さんとお母さんが「よかったわね」と微笑む。お姉ちゃんも美味しそうににこにこ笑って食べていた。
大晦日に4人で一緒に食べる赤いきつねはいつも食べる時よりも、いつもの年越しそばよりも、ずっとずっと美味しく感じられた。
ゴーン、ゴーン!
除夜の鐘が鳴るなか、あゆみはお湯を入れた赤いきつねの蓋を剥がした。
あゆみは今年大学生になって独り暮らしをしている。バイトは正月も関係なく、実家には帰れなかった。今までは家族で年越しそばを食べたりして過ごしていたが、今年はどうしようかと思っていると、コンビニで赤いきつねを見つけた。
「子どもの頃、年末の福引きで当てたなあ」
子どもの頃の懐かしい思い出が蘇り、あゆみは思わず赤いきつねをレジに持っていったのだ。
そして、初めて迎えたひとりきりの年越し。でも目の前には子どもの頃と変わらず暖かい湯気が昇りいい匂いがする赤いきつねうどん。懐かしい思い出にの香りに包まれてあゆみは新たな年を迎えた。
とある家族の大晦日のひととき さち @sachi31
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