第2話 周知
ステンドガラス越しに差し込む光で、十字架の台座を美しく照らす。
その台座の前に、両手を組み熱心に祈りを捧げる女性が背筋を伸ばして立っている。女性は艶やかな金髪を緩やかに肩下あたりまで伸ばし、白のベールをかぶっている。非常に整った顔立ちとステンドグラスの光が相まって、そこだけを神秘的な雰囲気を漂わせる。
女性と似た白い服を着た者たちは、その姿を目にし、一様に頬を赤く染める。
「祈りを捧げるティア様はお麗しい…」
「静かに、今は礼拝中ですよ。
…ですが、その言葉には同意です」
入ったばかりなのか、若物は注意され、シュンとする。だが、注意した者もまた、賞賛の声をあげる。しかし、反応をすることなく、女性ティアは、瞼を下ろし祈りを捧げ続ける。
そこに荒々しく扉を開けて走って来る者がいた。
鎧を着ているせいで、走りは鈍足だが全速力でかけて来たのか、兜をかぶっていても激しい息切れをしていることが分かる。
段差が少しある祭壇前まで来ると片膝をついて、ティアに頭を下げる。
「礼拝中に、申し訳ございません!!なのですが、すぐにもお耳に入れたいことがございます!!」
「わかっています。シェーンペルマの件ですね。」
「…!!流石でございます。はい。最近アトゥーリ会共が出入りをしているという噂を聞きつけ、我々騎士団は森付近を警備していておりました。そしたら、突如光魔法に似た輝きが森に広がり…」
「浄化された、と申したいのですね。」
「はい。全くその通りでございます。」
「浄化ですと…!?」
「それは誠か!?」
鎧を着た騎士団と名乗るものは、後ろに控えている人々の困惑した声に答えようと振り返る。
だが、その前にティアが瞳を閉じたまま、静粛にと混乱を鎮める。
「皆さま、シェーンペルマの森は、昔は美しく、神がお眠りになるに相応しい場所とされていたそうです。ですが、何百年もの間、魔に汚されてしまいました。誰にも浄化が不可能とされておりましが、たった今お告げがございました。」
「お告げですと…!?」
「神は、なんと!?」
再び困惑する声が飛び交い、ティアは人差し指を口元に持っていき静かにとトジェスチャーをする。
その動作さえも優雅で、言葉を出しかけたものは口を開けたまま止まる。
「この世界に蔓延る魔の根源、魔王が復活すると。」
「ま、魔王…!?」
「そして、その魔王を滅ぼすべく、聖女が降臨なさった、と…
きっと、シェーンペルマを浄化したのも聖女様のおかげです。」
魔王と聞いた者たちは、恐怖する者や訝し気に眉を顰める。けれど、その後に聖女という単語を発したティアは閉じていた目を開け、微笑む。瞼を上げ、覗かせた瞳は白く視点が少しも揺れていない。
微笑みを見た者たちは、安心と聖女への期待を募らせる。
ただ一人、冒頭でティアを褒め称えた若者が、首を傾げる。
「…ティア様は盲目に限らず、どうやって周りを把握しているのでしょう…不思議だ…」
「お前は、何も知らずに入ってきたのか。ティア様は我々には見えない気を見てらっしゃる。その気で人々の不安や悪を見透かし、安らぎを与えて下さり、時にはティア様の力で悪を善とする。
正にティア様の瞳こそ天からの授かりものだ。」
長々と説明をする者は、若者の先輩にあたるのだろう。自慢げに語る先輩に若者は、話半分にティアを眺める。
すると、顔を向けられ、一瞬肩をびくつかせる。
目線を合っていないにも関わらず、何かを見透かしているようで、少しだけ視線を逸らす。
まだ、顔を向けているのか気になった若者は再度ティアを見ると、もうこちらをみていなかった。
気のせいかと、肩をすくめる。
「皆さん、魔王復活に備える為にも、聖女様を迎える準備をいたしましょう。」
「ティア様…魔王復活は本当でしょうか?されば、王にも報告致したほうがよいのでは?」
ずっと、片膝をついたままだった騎士はティアに進言する。
その意見に思案するようにティアは頬に手を添える。
「まだ、良いでしょう。お告げと言っても曖昧な物。確かなことは聖女様がこの世界に来てくれたことだけです。なので、騎士団の方々も私と一緒にシェーンペルマに行く支度をしてください。
まぁ、貴方の団長は私との同行嫌がると思いますがね。」
「わかりました。団長には、我慢をしてもらいます。では、俺…私は戻ります。」
二人の会話に、団長とティアは仲が悪いのかと勘繰るが、ここで質問する勇気あるものはおらず流れる。
そのまま、騎士は教会を後にした。
「さぁ皆さまも、準備をしてください。…そこのお二人は私と共に行く準備をしてください。」
皆がこの場を去ろうとするが、話していた若者と、先輩にあたる者は引き止められ首を縦に振り答える。
了承の意を感じ取ったティアは、再び祭壇へと体の向きを変える。
その姿を確認した、若者と先輩は早足に部屋を出ていく。
祭壇に向き直したティアは、十字架の向こう側にあるステンドグラスに面する。
「あぁ、聖女様…やっとお会いすることが出来るのですね…お会いしたとき、この高ぶりを収めることができるかしら…
聖女様、待っていてくださいね…」
ステンドグラスの絵が分かるはずがないティアだが、まるで何もかも見えているがごとく、聖女を模したガラスに恍惚とした笑みを向けて、舌なめずりをする。
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