赤い傘

小畑 こぱん

第1話 傘を拾った日

 赤と聞いて、何を連想する?


 格好良い戦隊モノのリーダー? きれいな薔薇? 道を急ぐ消防車?

 たくさんあって上げたらキリがない。それでもこの色は一つのイメージに集約されていると思う。


 強い、と。


 目にしたら引きつけられる、強烈な色。

 だからもしかしたら、これは回避不可能なだったのかもしれない。





 俺は家までの道を走って帰っていた。

 その理由は、


「あーもうっ! 何なんだよマジであの天気予報当たんねーじゃん! 雨降るって聞いてねぇし!」


 ということである。

 部活が終わって友達と馬鹿騒ぎしながら帰っていたら、突然空からザアァ――ッ!と振ってきたのだ。

 ゲリラ豪雨にも程があるだろ!


 その雨足の強さは馬鹿騒ぎしていた俺達を大いに慌てさせ、皆急いで家路を走った。

 俺の家は帰るにはまだ遠く、既に制服もかなり水を吸って重たいし濡れた感触が気持ち悪い。この分だと下着まで水が滲みていそうだ。

 この有様だともう諦めてずぶ濡れネズミで帰ってやろうかと投げ遣りな気分になるが、それまで走った努力が報われないような気がして今もずっと走っている。


 元からあの天気予報を信じていなかったのかどうなのか、何気に傘をさして歩いている人間が多い。

 そんな運の良い人間の間を通り過ぎながら、俺は不意に走るスピードを緩めた。

 少し後ろに引き返すと、建物と建物の間にある狭い影になっている通路に、あそこにあるんじゃいつまで経っても回収されないだろうゴミがいくつか転がっているのを確認する。

 そしてその中に、傘があった。


 暗いし狭いし不衛生極まりないから少し迷ったが、建物同士の間で何気にあまり雨が入り込んでいないのを見てタッとその路地へと身を滑り込ませる。

 思った通りそこは雨が避けられる場所で、しかしこのまま雨宿りするには既に濡れているのとヒュウッと風が吹き込んでくるため寒く、薄暗く気味が悪いのもあって長々とは居たくはない。

 そして先程見つけた傘に視線を遣って、それを近くで見た俺は少し首を捻る。


 他のゴミと一緒に転がっている真っ赤な赤い傘。


 その赤い傘は薄汚れても古ぼけても破れてもおらず、どうにも真新しく見える。

 捨てられているにしては新品そうだし、置いてある可能性も浮上したがこんなゴミの山と一緒に置くか?と自分で突っ込んで否定したので、結局捨てられている一択になった。

 一応手に持って見ても、どこにも不良そうなところは見受けられない。


 ……捨てられているっぽいし、これなら拾って帰っても大丈夫か?


 捨ててあるものを拾うことにいい気はしないが、振り返って大通りのざざぶりを確認して無いよりは、と判断する。

 それに拾ったからと言って誰に見咎められるでもないし。この雨の中を急いで帰る人間ばかりで、こんな狭い路地なんて誰も見ていない。

 俺はこっそりと路地を出て、手にした赤い傘をパッと開いた。


 見たところ外側にも、開いて内側やの部分を確認しても持ち主の名前はなかった。

 簡単に開けて骨組みを見ても錆びついているところなどない。本当に新品同様。


 先程はいい気はしないという思いを抱いていたのに、もう走らなくても濡れなくてもいいということで、現金にも良い拾い物をしたとほくそ笑む。

 そして俺は意気揚々と、ずっと変わらない雨足の中を悠々と帰って行ったのだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「ただいま」


 外で傘についた水滴を払って玄関をくぐる。

 湿った制服を脱いで早く風呂に入りたいとリビングに向かわず、帰ったことだけ告げて自室で着替えを取ってこようと二階の自室へと向かおうとしたところで、母親がリビングの扉から顔を出した。


「おかえり。アンタ傘持って行かなかったけど、帰り大丈夫だった?」

「ぜんっぜん大丈夫じゃねーよ。晴れつってたのに、マジで最悪。俺、先に風呂入りたいんだけど」

「そうだと思ってもう入れてるわよ」

「マジで? 母さんサンキュ!」


 その情報を聞くなり階段を駆け上がって荷物を放り、クローゼットから着替え一式を取り出して階段を駆け降りる。

 白い湯気の立つ風呂のことしか頭になかった俺は、階段を下りて浴室に向かう途中、傘立てに立てたあの赤い傘を母親が手にとって首を傾げていたことに気づかなかった。


 そうして風呂を存分に堪能した俺は、リビングで母親から当然の如く質問された。


「涼太。あの赤い傘、帰りにどこかで買ったの?」


 途端、ほんの少し後ろめたさが沸いた。


「あー……。そう、たまたま寄った店でちょっと」

「あれ不良品じゃないの?」

「え?」


 眉を潜められて言われたことに目を瞬かせる。


「あれでも、新品……」

「傘立て掛ける時に気づかなかった? 何か赤い塗料が流れていたわよ?」

「は?」

「だから床が汚れたら掃除が大変だから、今はビニールに入れているけど」

「え。ちょ、ちょっと見てくる!」


 慌てて玄関の傘立てのところに向かうと、母親が言っていたように先端から少しの部分が白いビニールに覆われている。

 傘とビニール袋を一緒に取り出して袋から抜けば、確かに水で薄まった赤い液体が袋の底を濡らしていた。


「何だよこれ」


 つか、雨で濡れて色が落ちる傘とかないだろ。

 何がどうしてこんな赤いものが出てくるのかと、今度は傘を持ちあげて原因を確かめようとしたら。


「……何だこの臭い?」


 持ちあげた時に微かに漂った、嗅ぎ慣れない臭い。

 鼻を近づけて嗅げば、何だかそれは……錆び臭いような。金属部分の骨組みが濡れたから臭うのだろうか?


 ポタッ


 先端から落ちて床を濡らしたのは、薄紅色の水。

 先端を見つめ、拾う前は気づかなかったそこに付着しているより赤い塊があることに気づいた。

 何だと思って触ると、ヌルリとしている。


「うわっ、気持ち悪!」


 変な感触にすぐ指を引っ込め、触るんじゃなかったと顔を顰めた。

 あー最悪。風呂から上がったばっかだっつーのに。

 指に付着した赤い液体を洗い流すために一旦離れて洗面所へ向かい流した後、再び戻って元のように傘をビニール袋に入れて傘立ての中に立て掛けた。


 ……まぁ、傘が乾いてから取っても別にいいよな。袋には入れているから、床は汚れないし。

 良い拾いものをしたと思ったのに、まさかあんな欠陥があったとは思わなかった。


 はぁ、と溜息を吐いて、リビングに戻った。




 ……イ…… ………………イ……


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