第7話

 裕一と修と瑞穂が住んでいる街には小高い山がある。頂上まで整備された道があり革靴でも楽々登っていける。彼らは誕生日に頂上に登ってピクニックをするのを中学時代から続けてきた。これは3人の中で誰かが言い出したからそうなったのではなく、思春期の彼らの脆く繊細な心が安住の拠り所を求めた結果、無意識のうちに探り出した解決策である。

3人の中学の時に自然発生的にできた不思議な繋がりを、維持していくための解決策である。この繋がりを断ち切ってしまうと、修との繋がりを失ってしまうのではないかという恐れを瑞穂は抱いていた。修にとっても不思議なことにその繋がりを断ち切ってしまうと、裕一との関係が今までの関係と違うものになってしまうのではないかという一抹の不安を、いつのまにか抱くようになってしまった。裕一は中学時代から続いている微妙な関係から離れたいという思いがあると同時に、裕一がいることで修と瑞穂をつかず離れずの牽引力になっていると思わせるような無言の囁きを、いつの間にか感じるようになってしまった。しかし、何よりも今裕一にとって煩わしく思えることは、最近時々裕一の中に芽生え始めた思いである。以前は瑞穂のことを意識していなかったのに、意識し始めるようになってしまった。瑞穂に会うことがいつのまにか楽しみと思うようになってしまった。瑞穂と一緒にいる時間が楽しいと思うようになってしまった。以前の裕一は瑞穂に対して、そのような思いを抱くことはなかった。確かに中学の時瑞穂はクラスで、男子生徒の間で一番人気のある娘であった。だから彼女への思いとして、クラスの男子生徒の平均化された思いというものは裕一にもあった。しかしこれまでの年月の間に無意識のうちに、この思いは少しずつ芽生えていたのかも知れない。ただそれを最近気づくようになっていたのかもしれない。裕一はこの思いがこの繋がりを断ち切りたくない本当の理由ではないかと最近思うようになった。それと同時に何とも言い知れぬ罪悪感を感じるようになった。

 瑞穂は展望台に設置してある望遠鏡を覗いていた。展望台から数十メートル離れたところに裕一と修は並んで立ち、展望台のフェンス越しに街の風景を見ていた。

「最近ではここが人気スポットになったらしく、人が多くなったね」

頂上から見える街全体の風景を見ながら裕一が言った。

「今日は休日だから特に多いね。ここでピクニックをするのはちょっと無理かな」

裕一と同じように街全体を見ながら修が言った。

「それじゃあ、もう少し様子をみて無理そうな感じだったら、前に行ったことがある運動公園に場所を変えようか」

「それなら横川さんに一応聞いてみようか」

展望台の方を見ながら修は続けて言った。

「あれ・・さっきは望遠鏡を覗いていたんだけどなあ・・・どこへ行ったんだろう?」

「あ・・・あそこにいるけど・・・だれか女の娘と話しているよ」

レジャーシートに座っている女の娘と立ったまま話している瑞穂を指さしながら裕一が言った。

「あの娘知ってる?」

指さした方の腕をすぐに下ろして裕一が聞いた。

「いや、始めて見る娘だね」

 彼女たちを見ているのに気づいた瑞穂は、裕一と修に自分たちの方に来るように手招きした。

「こちらは会社の同僚の中島瑠美さんです。こちらは中学生の時同じクラスだった上野裕一君。そしてこちらも中学で同じクラスだった川辺修君です」

「はじめまして、よろしくお願いします」

レジャーシートに座っていた瑠美はすぐに立ち上がって言った。

「はじめまして、こちらこそよろしくお願いします」

瑠美が言い終わるやすぐに修が言った。

「はじめまして、よろしくお願いします」

ちょっと間をおいてから裕一が言った。

「あのね、よかったら一緒にここでお弁当を食べないって言ってくれてるのよ、どうする?」

 瑞穂が言った。

「でも後からお友達が来るのではないですか?」

修が言った。

「いいえ、そのような予定はないです」

留美が言った。 

「一人で、ここでお弁当を食べることはよくあるのですか?」

裕一が聞いた。

「ええ、会社が休みで天気が良い日にはよくここに来て、レジャーシートを敷いて、ゆっくりとお弁当を食べるのはわたしの趣味みたいなものです」

 レジャーシートの中央には瑠美が持ってきたランチボックスと、瑞穂が持ってきたランチボックスが並べて置いてあった。瑞穂と瑠美は展望台と街の風景を眺めることが出来る側に並んで座った。二人が座った後、裕一と修は展望台に背を向けて並んで座った。

「川辺さんは家電メーカーの開発部門で働いていて、今新製品の開発中なのよ」

瑞穂が言った。

「新製品ってどのようなものか伺ってもよろしいですか?」

瑠美が聞いた。

「はい大丈夫です。この製品はもうすでに完成して社内でのプレゼンもすでに終わって、ホームページでも紹介しているものなので全然問題ないですよ。今、ここで僕が口で説明するよりも、ホームページに動画での紹介がアップされているので、ぜひホームページを見てください。こちらがこのサイトへ直接行けるURLとQRコードです」

修は瑠美に小さめのチラシを渡した。

「わたしも瑞穂と一緒に出版会社の絵本部門で新製品の開発をしているんです」

「ええ、横川さんからその新製品のこと聞いたことがあります」

「上野さんは、どんな仕事をされているのか伺ってもよろしいですか?」

「僕は小さなIT企業で働いているんです。学校で使われているパソコンの設定や、修理やサーバー管理が主な仕事です」

「裕一は仕事でパソコンを扱っているからパソコンが得意なのは当然なんだけど、それ以上にギターが得意でとても上手なんだ」

「そうなんですか。機会があったら是非、上野さんの演奏を聞いてみたいです」

「では折角の機会ですから・・・これどうぞ・・・もし来られたら聴きに来てください。今回は始めての単独ライブなんです」

裕一は瑠美にチラシとチケットを手渡しながら言った。

「わたしと川辺さんも頂いているの。もしよかったら一緒に行きましょう」

「わあ・・・これではもうセミプロじゃないですか。すごいですね。是非聴きたいです。行ってみたいです。ありがとうございます」

瑠美はチラシを見ながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る